“と”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ト
語句割合
取6.5%
兎6.4%
飛6.2%
執4.7%
疾4.6%
止4.4%
解3.4%
奪3.4%
捕3.0%
問2.2%
扉2.2%
訪2.1%
留2.0%
遂1.8%
戸1.8%
研1.8%
磨1.8%
採1.7%
溶1.7%
把1.7%
賭1.7%
閉1.6%
除1.4%
盗1.4%
融1.4%
脱1.4%
跳1.3%
説1.3%
老1.3%
停1.3%
摂1.2%
撮1.0%
泊1.0%
獲0.9%
外0.7%
釈0.7%
綴0.7%
唯0.7%
漁0.6%
徒0.6%
捉0.6%
砥0.6%
瞑0.5%
途0.5%
夙0.5%
尖0.5%
熔0.4%
父0.4%
駐0.4%
富0.4%
斗0.4%
鋭0.3%
人0.3%
左0.3%
穫0.3%
十0.3%
鎖0.2%
禁0.2%
只0.2%
翔0.2%
鎔0.2%
門0.2%
音0.2%
秉0.2%
制0.2%
尋0.2%
猟0.2%
求0.1%
堵0.1%
惚0.1%
宿0.1%
度0.1%
盜0.1%
娶0.1%
梳0.1%
攬0.1%
突0.1%
恍0.1%
動0.1%
操0.1%
迅0.1%
采0.1%
択0.1%
躍0.1%
迚0.1%
吐0.1%
緘0.1%
訊0.1%
詢0.1%
礪0.1%
握0.1%
釋0.1%
利0.1%
占0.1%
収0.1%
寄0.1%
杜0.1%
都0.1%
就0.0%
籐0.0%
注0.0%
抑0.0%
援0.0%
爺0.0%
佇0.0%
土0.0%
察0.0%
敏0.0%
摘0.0%
兔0.0%
剥0.0%
右0.0%
撤0.0%
居0.0%
窃0.0%
覓0.0%
資0.0%
遣0.0%
闔0.0%
但0.0%
図0.0%
攝0.0%
炊0.0%
点0.0%
褫0.0%
買0.0%
敷0.0%
棲0.0%
蠹0.0%
住0.0%
蠧0.0%
介0.0%
去0.0%
和0.0%
囚0.0%
妬0.0%
将0.0%
憑0.0%
撈0.0%
擒0.0%
攫0.0%
数0.0%
早0.0%
歇0.0%
歴0.0%
照0.0%
硎0.0%
積0.0%
置0.0%
蕩0.0%
蜚0.0%
貪0.0%
購0.0%
逐0.0%
遏0.0%
遠0.0%
酌0.0%
領0.0%
飜0.0%
伝0.0%
屠0.0%
殺0.0%
渡0.0%
偸0.0%
弟0.0%
急0.0%
掠0.0%
收穫0.0%
繰0.0%
頓0.0%
一一除0.0%
与0.0%
交0.0%
享0.0%
仇0.0%
伐0.0%
伽0.0%
侘0.0%
保0.0%
保存0.0%
写0.0%
処0.0%
分0.0%
切0.0%
刺0.0%
則0.0%
剔0.0%
加0.0%
吸0.0%
呆0.0%
咄0.0%
塗0.0%
塞0.0%
壊0.0%
失0.0%
奏0.0%
奴0.0%
嫁0.0%
封0.0%
尊0.0%
屏0.0%
展0.0%
常0.0%
徴0.0%
徴集0.0%
徹0.0%
所0.0%
扛0.0%
承0.0%
拉0.0%
拿0.0%
持0.0%
捷0.0%
掏0.0%
揮0.0%
搴0.0%
搾0.0%
摂取0.0%
摭0.0%
摻0.0%
撃0.0%
撮影0.0%
撰0.0%
攘0.0%
放0.0%
既0.0%
時0.0%
束0.0%
東0.0%
棘0.0%
死0.0%
殆0.0%
毀0.0%
汲0.0%
海門0.0%
淀0.0%
溶解0.0%
滆0.0%
滞0.0%
澡0.0%
灯0.0%
熄0.0%
燈0.0%
狩0.0%
称0.0%
税0.0%
窒0.0%
篤0.0%
精0.0%
納0.0%
経0.0%
結0.0%
絶0.0%
綽0.0%
締0.0%
緩0.0%
縫0.0%
繍0.0%
翺0.0%
與0.0%
舶0.0%
荼0.0%
著0.0%
蓄0.0%
蔵0.0%
藏0.0%
親0.0%
言0.0%
記0.0%
許0.0%
訳0.0%
診0.0%
認0.0%
諮0.0%
讐0.0%
豊0.0%
貯0.0%
起0.0%
趾0.0%
跡0.0%
退0.0%
逃0.0%
速0.0%
選0.0%
釆0.0%
釣0.0%
鑚0.0%
阻0.0%
除去0.0%
食0.0%
饒0.0%
駿0.0%
魅0.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
私(わたし)は其時分(そのじぶん)は何(なん)にも知(し)らないで居(ゐ)たけれども、母様(おつかさん)と二人(ふたり)ぐらしは、この橋銭(はしせん)で立(た)つて行(い)つたので、一人前(ひとりまへ)幾于宛(いくらかづゝ)取(と)つて渡(わた)しました。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
妙子に質(ただ)してみないことには、彼女がどう云う考でそんなことを云っているのか諒解に苦しむ点が多いのであったが、それは兎(と)に角(かく)
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
流(なが)されるのは、たしかにやせたひばりの子供(こども)です。ホモイはいきなり水の中に飛(と)び込(こ)んで、前あしでしっかりそれをつかまえました。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
僧は上り框(かまち)に腰かけて、何の恥らう様子も無く、悪びれた態度もなく、大声をあげて食前の誦文を唱え、それから悠々と箸(はし)を執(と)った。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかしながらおそらく、アメリカ発見の結果生じた所の、金属の価値に対するあらゆる影響は、疾(と)うに終ってしまっているであろう。
小鳥(ことり)は、まず屋根(やね)の上(うえ)に止(と)まりました。そして、これからどっちへ向(む)かって逃(に)げていったらいいかと、しばし思案(しあん)にふけったのです。
めくら星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼(かれ)が薦(こも)つくこを擔(かつ)いで歸(かへ)つて來(き)た時(とき)は日向(ひなた)の霜(しも)が少(すこ)し解(と)けて粘(ねば)ついて居(ゐ)た。お品(しな)は勘次(かんじ)が一寸(ちよつと)の間(ま)居(ゐ)なく成(な)つたので酷(ひど)く寂(さび)しかつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
古田は証拠を消す為に、先生から奪(と)った原稿を焼こうとしている所でしたから、もう一足遅いと先生の研究は永久に葬られた訳です。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
其処(そこ)へ懸(か)けては我等(わしら)が鮒(ふな)ぢや。案山子(かゝし)が簑(みの)を捌(さば)いて捕(と)らうとするなら、ぴち/\刎(は)ねる、見事(みごと)に泳(およ)ぐぞ。老爺(ぢい)が広言(くわうげん)を吐(は)くではねえ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
同じ祝詞(のりと)の中には、また次のような語も見えます。曰く、「国中に荒振神等(あらぶるかみたち)を、神(かみ)問(と)はしに問はしたまひ神(かみ)掃(はら)ひに掃ひたまひて云々」
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
風雨に古びたまま、幾百年も手入れもしていない建物に、月の白い光が、扉(と)の朽ちた四方の破れから刃のように中へさしこんでいた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其説に拠ると小十郎は何等の言をも発せずに終ったので、政宗は其夜窃(ひそ)かに小十郎の家を訪(と)うた。小十郎は主人の成りを悦(よろこ)び迎えた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
背筋の虫に螫された痕(あと)、その痒さを留(と)める役目なので、蚊帳の中に入っても直ぐと後へ廻った為、顔を見られずに済んだのであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そしてその物置へは多少の手入(ていれ)を加えて、つまり肺結核の大学生を置いてやることにしたという。或る日この大学生は縊死(いし)を遂(と)げた。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
「其(その)代(かは)り小六(ころく)さん、憚(はゞか)り樣(さま)。座敷(ざしき)の戸(と)を閉(た)てて、洋燈(ランプ)を點(つ)けて頂戴(ちやうだい)。今(いま)私(わたし)も清(きよ)も手(て)が放(はな)せない所(ところ)だから」と依頼(たの)んだ。小六(ころく)は簡單(かんたん)に
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
また研(と)ぎすました短い刀が落ちている。尊氏に投げつけられたものであろう。隅には小さくなって、うずくまっている人影があった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……刃物はきょう、犀角散(さいかくさん)を、削(けず)ることになって居りましたので、磨(と)がしましたばかり。決して、血を落としたんじゃございません
慈悲深い男は、家外の寒さを思い遣り乍ら室内のストーヴの火に暖を採(と)り、椅子にふかふかと身を埋めて静に読書して居りました。
慈悲 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところが私は熱いんです、そして火は氷を溶(と)かしてしまひますわ。あの火はあなたの外套の雪をすつかり溶かしたぢやありませんか。
肩(かた)を掴(つか)んで、ぐいと引(ひ)っ張(ぱ)った。その手(て)で、顔(かお)を逆(さか)さに撫(な)でた八五郎(ろう)は、もう一度(ど)帯(おび)を把(と)って、藤吉(とうきち)を枝折戸(しおりど)の内(うち)へ引(ひ)きずり込(こ)んだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
第二十四条 日本国民は男女を問はず、国の独立自尊を維持するが為めには、生命財産を賭(と)して敵国と戦ふの義務あるを忘る可らず。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉、慶應義塾(著)
『たわ言も、よい程にせいっ。その明後日までに金が調う位なら、こうして、髀肉の嘆を洩(も)らしながら、閉(と)じ籠って居りはしない』
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次はそんな事は氣にも留めない樣子で、膝行(ゐざ)り寄ると死體に掛けた晒(さらし)木綿を除(と)り、丁寧に拜んで、暫らくその顏を見詰めて居ります。
「だって、いかにもあたしが意気地(いくじ)がないから柿を盗(と)られたんだって云うような口ぶりなんですもの。あの梵妻さんも随分(ずいぶん)だわ。」
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
しかもこの際読者の網目と前句作者の網目と付け句作者の網目とこの三つのものが最もよく必然的に重なり合い融(と)け合う場合において
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「新さん、マア大変なことが出来ちゃったんです。」女は菓子折の包みをそこに置くと、ショールを脱(と)って、コートの前を外(はず)した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まったく放心状態にあるように見えた母親ががばと高く跳(と)び上がり、両腕を大きく拡げ、手の指をみんな開いて、叫んだのだった。
変身 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
もちろん校長からこんこんと説(と)かれたこともあった。和尚さんからもそれとなく忠告された。けれどもそのためばかりではなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかも彼は姉や兄たちの孝行を一人で引き受けたかのように、肩揚げのおりないうちからよく働いて、年を老(と)った母を大切にした。
半七捕物帳:12 猫騒動 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あはははっ……。口で唱える念仏の声は禁じても、心のうちで唱える念仏を停(と)められようか。ばかなッ!」と、人も無げに罵(ののし)って
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼等の祖先と同じ形の食器から同じ黄色い食物を摂(と)り、野に同じ種を播き、身に同じ衣をまとひ、頭に同じ髷同じ冠を伝へてゐる。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
それから写真を二枚撮(と)って貰った。一枚は机の前に坐っている平生の姿、一枚は寒い庭前(にわさき)の霜(しも)の上に立っている普通の態度であった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぼくは運(うん)がよかったよ。こん夜は泊(と)めてもらいたいね。ひさしぶりにゆっくり眠(ねむ)りたいんだ。ベッドを血(ち)でよごしてすまなかったね。
宮城県遠田郡涌谷村字黄金迫の黄金神社附近から、黄金を獲(と)って朝廷に献じたのが、日本で黄金の発見された最初のようであります。
春はまだ浅き菜畠、白き鶏(とり)日向あさるを、水ぐるままはるかたへの、窻障子さみしくあけて、女(め)の童(わらべ)ひとり見やれり、外(と)の青き菜を。
篁 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
湖山はこれより先嘉永四年の冬褐(かつ)を釈(と)き、参河国(みかわのくに)吉田の城主松平伊豆守信古(のぶひさ)の儒臣となっていたので、海防に関する意見書を藩主に呈し
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、越前守はふと手を伸ばして、目安の机から一綴(と)じの書類を取って、膝の上でひらいた。与力の一名が、燭台をかれの横へ寄せた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、遙か向う岸に連る二階家の唯(と)ある欄干に、一面の日光を受けて、燃(もえ)るやうな赤いものが干してある。女の襦袢か。夜具の裏地か。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
漁(と)れるのは旧の三月から十月頃までであるが、そのころはもうまずくなるので、喰って味のよいのは、ちょうど今だと愛嬌をいう。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「へい、申しわけございません。といったって、こち徒(と)も、足を棒にして、そこらじゅうを、クルクル嗅(か)ぎ歩いちゃいるんですが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あれなりと捉(と)らずんば此降りに客の足とまるまじとお力かけ出して袂にすがり、何うでも遣りませぬと駄々をこねれば、容貌よき身の一徳
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
(七九)閭巷(りよかう)の人(ひと)、行(おこなひ)を砥(と)ぎ名(な)を立(た)てんと欲(ほつ)する者(もの)は、(八〇)青雲(せいうん)の士(し)に附(つ)くに非(あら)ずんば、惡(いづく)んぞ能(よ)く(名ヲ)後世(こうせい)に施(し)かん哉(や)。
その雨の音を聞きながら、半七は居眠りでもしたように目を瞑(と)じていたが、やがて手拭いと傘を持って町内の銭湯へ出て行った。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
桃太郎は意気揚々(ようよう)と鬼が島征伐の途(と)に上(のぼ)った。すると大きい野良犬(のらいぬ)が一匹、饑(う)えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで私はとうとう、二言、三言と話し合っているうちに、その青年を、夙(と)くから知り合っている友達かなんかのように思い出してきた。
赤い光りは、その大邸宅の右の端にタッタ一つ建っている、屋根の尖(と)んがった、奇妙な恰好の二階の窓から洩れて来るのであった。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まれに、きわめてまれに、天の焔(ほのお)を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔(と)かしてしまう人がある。(大正九年五月、渋柿)
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
義太郎 (不満な顔色にて)お父(と)う、どうしたから降すんや。今ちょうど俺を迎えに五色の雲が舞い下るところであったんやのに。
屋上の狂人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
此一行がセルギウス等を見て馬を駐(と)めた。フランス人らしい男に les(レエ) pèlerins(ペルレン)(巡礼)を見せようと云ふのである。
しかし本來(ほんらい)耐震性(たいしんせい)に富(と)む木造建築(もくざうけんちく)に、特別(とくべつ)に周到(しうたう)精巧(せいかう)なる工作(こうさく)を施(ほどこ)したのであるから、自然(しぜん)耐震的能率(たいしんてきのうりつ)を増(ま)すのは當然(たうぜん)である。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
それでも塩水選(せん)をかけたので恰度(ちょうど)六斗(と)あったから本田の一町一反(たん)分には充分(じゅうぶん)だろう。とにかく僕(ぼく)は今日半日で大丈夫(だいじょうぶ)五十円の仕事(しごと)はした訳(わけ)だ。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
薙刀の鋭(と)き刃のように、たとえば片鎌の月のように、銀光を帯び、水紅(とき)の羅(うすもの)して、あま翔(かけ)る鳥の翼を見よ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつて聞いたことのない、美しい詞(ことば)を朗かな声で歌うのに、その音調が好く整っていて、しろう人(と)とは思われぬ程である。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
左(と)に右(かく)、養家はそれから好い事ばかりが続いた。ちょいちょい町の人達へ金を貸つけたりして、夫婦は財産の殖えるのを楽んだ。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
沖で引っかかった鯖(さば)なら鯖、小鯛(こだい)なら小鯛をば、穫れたら穫(と)れただけ船に積んでエッサアエッサアと市場の下へ漕ぎ付けます。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ことに明日(あした)逢ふ時に、どんな態度で、どんな事を云ふだらうと其光景が十(と)通りにも廿(にじつ)通りにもなつて色々に出(で)て来(く)る。三四郎は本来から斯(こ)んな男である。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
趣(おもむ)きを如何(どう)いふ風(ふう)に畫(か)いたら、自分(じぶん)の心(こゝろ)を夢(ゆめ)のやうに鎖(と)ざして居(ゐ)る謎(なぞ)を解(と)くことが出來(でき)るかと、それのみに心(こゝろ)を奪(と)られて歩(ある)いた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「グリイリイ君、君にはお気の毒だが僕は今日限り君とこの新聞を禁(と)めたよ。どうも社説の議論が気に喰はないもんだから。」
何んだか生温(なまぬる)い湯にでも入ツてゐるやうな心地(こゝち)……、幻(うつゝ)から幻へと幻がはてしなく續いて、種々(さま/\)な影が眼前を過ぎる、……只(と)見(み)ると、自分は
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
この間ソ同盟の飛行機が北極を通過して一気に一万六百キロ翔(と)んでカリフォルニアのサンジャシント飛行場へ着陸し、六十二時間九分で
文芸時評 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
これはその山體(さんたい)を作(つく)つてゐる岩石(がんせき)(玄武岩(げんぶがん))の性質(せいしつ)に因(よ)るものであつて、その鎔(と)けてゐる際(さい)は比較的(ひかくてき)に流動(りゆうどう)し易(やす)いからである。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
これは松(まつ)の門(と)三艸子といって、大野定子と並んで歌よみといわれていた人でした。人あたりのよい方で、福羽氏ともお知合だったと見えます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
馬(うま)の音(と)のとどともすれば松蔭(まつかげ)に出(い)でてぞ見(み)つる蓋(けだ)し君かと 〔巻十一・二六五三〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
一天の景(かげ)は、寒く、こころを憑(の)り秉(と)つて、歎きの科(しぐさ)を強ひる。——わたしはその群る虫に、その虫の歌に、汎として泛(う)き流れるサモス派の船である。…
雪 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
と手真似で制(と)めて、かくしから取りだした一ルイの金貨を卓子(テーブル)の隅においた。それから彼は坐りこんで語りだした。声は少しふるえを帯びていた。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
尋(と)めゆきて死所と定めむ天竜の峡(かひ)ちかき村清水湧くところ(原君、飯田市より二三里を距てたる山本村の清水に疎開し来れと誘はるるにより、かかる夢あり)
枕上浮雲 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
「芝生にあった大鹿(ムース)の角も、貴方が猟(と)ったのですか」と恐る恐るきくと「あれはこの冬のだ。昨年の冬は二頭猟ったが」という。
アラスカ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「之乎路(しをぢ)から直越(ただこ)え来れば羽咋(はぐひ)の海朝なぎしたり船楫(ふねかぢ)もがも」(巻十七・四〇二五)、「直(ただ)に行かず此(こ)ゆ巨勢路(こせぢ)から石瀬(いはせ)踏み求(と)めぞ吾が来し恋ひて術(すべ)なみ」(巻十三・三三二〇)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
殊(こと)に成善(しげよし)が江戸でもまだ少かった蝙蝠傘(かわほりがさ)を差して出ると、看(み)るものが堵(と)の如くであった。成善は蝙蝠傘と、懐中時計とを持っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
敏(さと)くなければならない筈だが、今はまったく、一節切(ひとよぎり)の音色にしんから聞き惚(と)れていて、心は時雨(しぐれ)堂の、あの虚無僧のまぼろしへ凭(もた)れている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやたとえ一晩でも宿(と)めて貰って、腹の中とは云え悪くいうは気が咎(とが)める、もうつまらん事は考えぬ事と戸を締めた。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ただ一つ永久のお訣(わか)れに、わたくしがあのとき呼び得なかった心からのお願いを今、呼ばして頂き度(と)うございます。それでは呼ばせて頂きます。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
盜(と)ったんだよ。ヒュルスマイエルは、昔から村に住んでいる、ちゃんとした人だし、ユダヤ人はみんなわるい奴ばかりだからね。
「不愍(ふびん)な者じゃ。亡き右府様になり代って、秀吉が改めて、媒酌(ばいしゃく)してとらせる、生れかわった者として、山より迎え娶(と)るがよい」
いねは頭をさっぱりと梳(と)かしてもらい、実枝が奇麗だという、去年着ていった糸織の着物を着、半幅帯を貝の口に結んでもらった。
暦 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
園ノ西南厓(がい)ニ倚(よ)ツテコレヲ径ス。眺観豁如(かつじょ)タリ。筑波(つくば)二荒(ふたら)ノ諸峰コレヲ襟帯(きんたい)ニ攬(と)ルベシ。厓下ニ池アリ。倒(さかしま)ニ雲天ヲ涵(ひた)シ、芰荷菰葦叢然(きかこいそうぜん)トシテコレニ植ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし下町の目抜と山の手の突(と)っ端(ぱな)とは地価の桁(けた)が違う。新太郎君の家も、二百坪足らずだが、日本一の銀座の地主さんだ。悲観することはない。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
イワンは併し、娘の姿に見恍(と)れているうちに、だんだんせつなくなりました。
イワンとイワンの兄 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
寛一君はその晩返事を認(したた)めにかゝったが、動(と)もすると自分の苦情が先立つのに気がついた。彼方此方(あっちこっち)で叱られて、考えて見ると馬鹿々々しくなる。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
曰く、『天に潜(ふかく)しては天なり、地に潜しては地なり。天地は神明にして測られざるものなり。ないし人の心はそれ神なるか、操(と)るときはすなわち存し、捨つるときはすなわちなし、云云(うんぬん)』
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
仇敵に仕える汝ら二人、首打ち落とすが本来なれど上使と名乗る名に免じて一命だけは助けてくれよう。やあやあ主馬之介迅(と)く参って此奴(こやつ)らの髻(もとどり)を切り払え!
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
而(しか)るに伯夷(はくい)・叔齊(しゆくせい)之(これ)を恥(は)ぢ、義(ぎ)、周(しう)の(三四)粟(ぞく)を食(くら)はず、首陽山(しゆやうざん)に隱(かく)れ、薇(び)を采(と)つて之(これ)を食(くら)ふ。餓(う)ゑて且(まさ)に死(し)せんとするに及(およ)んで歌(うた)を作(つく)る。其(そ)の辭(じ)に曰(いは)く
「豪勢なピクニックだ、それにじつに何とも言えん晩だ」とほろ酔い機嫌のラエーフスキイが言う、「だが僕は、それにもかかわらず敢てよき冬を択(と)るね。 ...
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
かくて一生懸命に走って今一足で嶺に達するという刹那(せつな)蛙が野猪の頸からポイと躍(と)んで絶頂へ着いたので野猪我は蛙にして遣(や)られたと往生を唱うた
クヲテン怒て奸夫を殺さん迚(と)逐ひ廻るを見て、クヲテンの母パールデン、荊棘に鈎られて留まれと詛ふと、果して棘に留められた所をクヲテンが殺した。
詛言に就て (旧字旧仮名) / 南方熊楠(著)
「身内の欲虫、人の和合する時男虫は白精、涙の如くにして出で、女虫は赤精、吐(と)の如くにして出づ、骨髄の膏(あぶら)流れて此の二虫をして吐涙の如くに出でしむ」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
甲野さんは返事を見合せて口を緘(と)じた。会話はまた途切れる。汽車は例によって轟(ごう)と走る。二人の世界はしばらく闇(やみ)の中に揺られながら消えて行く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蹈海(とうかい)の蹉跌(さてつ)は、乍(たちま)ち徳川政府の訊(と)う所となり、江戸伝馬町の獄に繋がれ、延いて佐久間象山に及び
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
もししからばすなわち張公が言非なるか、因って挙似して以てその所以(ゆえん)を詢(と)う、僧いう晨を司る鶏は必ず童を以てす。
故(ことさ)らに迹(あと)を滅(け)さんと、きりこみし人々、皆其刀を礪(と)がせし中に、一瀬が刀の刃(は)二個処いちじるしくこぼれたるが、臼井が短刀のはのこぼれに吻合(ふんごう)したるより露(あら)われにき。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
子供は、早速考えついて、後方(うしろ)に居並んでいたベンチを一つ引摺って来て黒板の下に置いて、それを足場としてその上に立って、白墨を握(と)って用意した。
点 (新字新仮名) / 小川未明(著)
誤れること二つ——第一は何事をも文字通りに釋(と)いてしまふこと、第二は何事をも意味ありげに釋いてしまふこと。
パスカルの言葉 (旧字旧仮名) / ブレーズ・パスカル(著)
彼は刃(は)さへ利(と)しとみえしその言(ことば)の鋩(きつさき)を我にむけつゝ、たゞちに續いてまた斯くいひぬ 四—六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
其(その)引(いん)の中(うち)に記して曰く、細(つまび)らかに其の進修の功を占(と)うに、日々に異(こと)なるありて、月々に同じからず、僅(わずか)に四春秋を越ゆるのみにして而して英発光著(えいはつこうちょ)や斯(かく)の如し、後(のち)四春秋ならしめば
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
主人(しゆじん)の細君(さいくん)の説明(せつめい)によると、此(この)織屋(おりや)の住(す)んでゐる村(むら)は燒石(やけいし)ばかりで、米(こめ)も粟(あは)も収(と)れないから、已(やむ)を得(え)ず桑(くは)を植(う)ゑて蠶(かひこ)を飼(か)ふんださうであるが、餘程(よほど)貧(まづ)しい所(ところ)と見(み)えて
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そのうちに子供がだんだん大きくなったので、とうとう花城の家の子供と許嫁(いいなずけ)をした。羅はいつも叔父が年を寄(と)って困っているだろうと思って気にしていた。翩翩はいった。
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
それより門を杜(と)じて、天井より糸で毬(まり)をつるし、それを突くこと三年間、ついに天下無敵の突きの一手を発明してしまった。
「あの邸を都(と)へ寄附して、博物館にでもしてもらうわけにはいかないのでしょうか」
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
力の日本がかかる和合を齎(もた)らし得ない事を私は知っている。しかし情の日本はそれを成し就(と)げ得ないであろうか。力強い威圧ではない。涙もろい人情のみがこの世に平和を齎らすのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
宗近君は籐(と)の椅子(いす)に横平(おうへい)な腰を据えてさっきから隣りの琴(こと)を聴いている。御室(おむろ)の御所(ごしょ)の春寒(はるさむ)に、銘(めい)をたまわる琵琶(びわ)の風流は知るはずがない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
イエスは富める真面目な青年に愛(いつく)しみの目をそそぎ給うたごとく、これらの貧しき素朴なる青年弟子にも愛しみの目を注(と)めて
祖父は歿(な)くなる、親は追出す、もう誰一人その我儘(わがまゝ)を抑(と)めるものが無くなつたので、初めの中は自分の家の財産を抵当に、彼方(あつち)此方(こつち)から金を工面して、猶(なほ)その放蕩(はうたう)を続けて居た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
故(ゆゑ)に幾日の後に待ちて又かく聞えしを、この文にもなほ験(しるし)あらずば、彼は弥増(いやま)す悲(かなしみ)の中に定めて三度(みたび)の筆を援(と)るなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
森「分らねえ爺(と)っさんだ、旦那が声が小せいから尚お分らねえのだ、最(もっ)と大きな声でお話なせえ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
降りて来る蟻達はゆつくりとした様子で小さな足どりで来ます。そして自分から足を佇(と)めて休んだり、上つて来る蟻に忠告をしてやつたりします。
日本太古(にほんたいこ)の原始的家屋(げんしてきかをく)はともかくも、既(すで)に三韓(かん)支那(しな)と交通(かうつう)して、彼(か)の土(と)の建築(けんちく)が輸入(ゆにふ)されるに當(あた)つて、日本人(にほんじん)は何(なに)ゆゑに彼(か)の土(と)において賞用(しやうよう)せられた石(いし)や甎(せん)の構造(こうざう)を避(さ)けて
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
嶋田の髷のなつかしさに振かへり見る人たちをば我れを蔑む眼つきと察(と)られて、正太さん私は自宅(うち)へ歸るよと言ふに、何故今日は遊ばないのだらう、お前何か小言を言はれたのか
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
(十四) 子曰く、君子は食飽(あ)かんことを求むるなく、居(きょ)安からんことを求むるなく、事(わざ)に敏(と)くして言(こと)を慎み、有道に就(つ)いて正す。学を好むというべきなり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
だれかまだ手に力のある者がゐるならば、はやくその花を摘(と)るがよからう。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
景色(けしき)は大(おほき)いが變化(へんくわ)に乏(とぼ)しいから初(はじ)めての人(ひと)なら兔(と)も角(かく)、自分(じぶん)は既(すで)に幾度(いくたび)か此海(このうみ)と此(この)棧道(さんだう)に慣(な)れて居(ゐ)るから強(しひ)て眺(なが)めたくもない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
少しは頭脳(あたま)がはっきりし、悲しみも剥(と)れて行ったが、請地(うけじ)ではもう早起きの父が起きている時分だなぞと考えてみたりした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
突止(つきとめ)て後(のち)右(と)も左(かく)も取計(はか)らはんと富右衞門は其儘(まゝ)入牢申渡されける是より大岡殿組下(くみした)の同心へ申付られ在方(ざいかた)の樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
治外の法権撤(と)れしはやや心安きに似たれど、今もかの水色眼鏡の顔見るごとに、髣髴(ほうふつ)墓中の人の出(い)で来たりてわれと良人(おっと)を争い、主婦の権力を争い
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
(若(わか)い坊様(ばうさま)連(つ)れて川(かは)へ落(お)つこちさつさるな。おら此処(こゝ)に眼張(がんば)つて待(ま)つ居(と)るに、)と横様(よこさま)に椽(えん)にのさり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
自分はこの時始めて、何を窃(と)られたかを明瞭(めいりょう)に知った。失(な)くなったものは十点、ことごとく帯である。昨夜(ゆうべ)這入ったのは帯泥棒であった。御正月を眼前に控(ひか)えた妻は異(い)な顔をしている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
世の中に知られぬ宿も菜の花の香を覓(と)めてこそ蝶の飛ぶらめ
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
〔譯〕凡そ生物は皆養(やう)を資(と)る。天生じて地之を養(やしな)ふ。人は則ち地の氣の精英(せいえい)なり。吾れ靜坐して以て氣を養ひ、動行(どうかう)して以て體を養ひ、氣と體と相資(と)つて以て此の生を養はんと欲す。
と腰の刀(もの)など遣(と)らせて帰したということが——この春にはあった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
押し強くも帝釈宮の門まで往ったが堅く闔(と)ざされてヤモリが一疋番しおり、この金剛石門は秘密の呪言で閉じられいるから入る事は叶(かな)わぬと語る。
立出て音羽の町へ至りつゝ路地へは入しが何處で聞んと其所等(そこら)迂路々々(うろ/\)爲しゝ末(すゑ)但(と)見れば大藤が隣(となり)の家にて老婆一個(にん)膳(ぜん)に向ひ夜食(やしよく)と云へど未だ暮ぬ長日の頃の飯急(めしいそ)ぎ和吉は見やりて打點頭(うちうなづき)會釋(ゑしやく)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「鳳(ほう)鳥も飛んで来なくなった。河からは図(と)も出なくなった。これでは私も生きている力がない。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
だが、幸にして、彼女の攝(と)つた多量の夕食は、催眠の効をあらはした。私が着物を脱(ぬ)いでしまはないうちに、もう彼女は、鼾(いびき)をかいてゐた。蝋燭は、まだ一吋(インチ)ばかし殘つてゐた。
其傍では船頭の上(かみ)さんが、釜に米を入れたのを出して、川から水を汲んで、せつせとそれを炊(と)いで居たが、やがて其処(そこ)から細い紫の煙(けぶり)が絵のやうに川に靡(なび)いた。夕照(せきせう)が赤く水を染めて居た。
朝 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ほつほつと点(と)もれゆく水(みづ)の面(も)のなやみの燈(ともし)
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
頭脳(あたま)が三方四方へ褫(と)られているようで、この一月ばかりの新吉の胸の悩ましさというものは、口にも辞(ことば)にも出せぬほどであった。その苦しい思いが、何でお作に解ろう。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「は、私は。——兄さん召上るなら麦酒(ビール)を買(と)つて参りませう。」
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
「いつか、夜も更けたようだ。そろそろ床を敷(と)らせようか?」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
『漢書(かんじょ)』には「蘭ハ香シキヲ以テ自ラ焼クナリ」と書き、『西京雑記』には「漢ノ時池苑ニ蘭ヲ種ヱテ以テ神ヲ降シ或ハ粉ニ雑ヘテ衣書ニ蔵メ蠹(と)ヲ辟ク」
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
口上は狼狽(ろうばい)して走り寄りぬ。見物はその為損(しそん)じをどっと囃(はや)しぬ。太夫は受け住(と)めたる扇を手にしたるまま、その瞳(ひとみ)をなお外の方に凝らしつつ、つかつかと土間に下りたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
米穀に俵の虫あり糞尿に蛆あり獅子に身中の虫あり書に蠧(と)あり国に賊あり世に新聞記者あり芸界に楽屋鳶ありお客に油虫あり妓に毛虱あり皆除きがたし。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
途中は長い廊下、真闇(まっくら)の中(なか)で何やら摺違(すれちが)つたやうな物の気息(けはい)がする、之(これ)と同時に何とは無しに後(あと)へ引戻されるやうな心地がした。けれども、別に意にも介(と)めず、用を済(すま)して寝床へ帰つた。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
林檎でも桃でもそれに似た物は皮を剥(む)いて心(しん)を去(と)って四つ位に切って直ぐ水の中へ放します。これはアクを抜くので色の赤くならないためです。アク出しをしないと煮てから色が赤くなります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
この壁土が唾液(つばき)に和(と)けて、口いっぱいに広がった時の心持は云うに云われなかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
囚(と)られて泣くや、わかうど。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
一體(いつたい)、此(こ)の若旦那(わかだんな)は、邸(やしき)の河下三里(かはしもさんり)ばかりの處(ところ)に、流(ながれ)に臨(のぞ)んだ別業(べつげふ)があるのを、元來(ぐわんらい)色(いろ)好(この)める男子(をとこ)、婦人(ふじん)の張氏(ちやうし)美而(びにして)妬(と)なりと云(い)ふので、浮氣(うはき)をする隱場處(かくればしよ)にして、其(そ)の別業(べつげふ)へ
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
とある書窓の奥にはまた、あわれ今後の半生をかけて、一大哲理の研究に身を投じ尽さんものと、世故の煩を将(と)って塵塚(ちりづか)のただ中へ投げ捨てたる人あり。その人は誰なるらん。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
水をいっぺえ恵んでおくんなせえまし——ああありがてえ、畜生めッ、これでくたばりゃ七たび生れ代っても野郎四人を憑(と)り殺してやるぞッ——だからね、どうぞして観音像の正体を見届け
しかしそれにも劣らなかったのは、斃れた土人が手に持っていた人骨製の短槍を、岩の蔭から手を伸ばし、素早く攫(と)ったホーキン氏の動作で、槍を握るとその槍で二番手の土人の胸を突いた。
そうして、日を数(と)り初めて、ちょうど、今日と言う日。彼岸中日、春分の空が、朝から晴れて、雲雀(ひばり)は天に翔(かけ)り過ぎて、帰ることの出来ぬほど、青雲が深々とたなびいて居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
無礼(ぶれい)ものめと肩(かた)をつきたるゆゑ俵(たわら)を脊負(せおひ)ていかでたまるべき、雪の中へよこさまに転(まろ)び倒(たふ)れしに、武士も又人に投(なげ)られし如(ごと)く倒(たふ)れければ、田中の者は早(と)く起(おき)て后(あと)も見ずしていそぎゆきけり。
峠は嶮(けわ)しく、口を開くのも臆劫(おっくう)で、話も途切れた。驢馬はすべりがちで、許生員は喘(あえ)ぎ喘ぎ幾度も脚を歇(と)めなければならなかった。そこを越える毎に、はっきりと老(おい)が感じられた。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
背は低いが肩幅の広い身体に作り附けたように大きな赭(あか)ら顔が載っていて、ちょっと奈良の一刀彫(いっとうぼり)のようです。老けて見える割に歳は歴(と)ってないらしく、太い眉と頭の髪は気味の悪いほど真っ黒です。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けれども多くの人のごとくに判然(はっきり)した目的は有(も)っていなかった。そのうち店に灯(ひ)が点(つ)いた。電車も灯火(あかり)を照(と)もした。宗助はある牛肉店に上がって酒を呑(の)み出した。一本は夢中に呑んだ。
門 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悠々然と鑿(のみ)を硎(と)ぐ衣服(なり)の垢穢(きたな)き爺(じじ)もあり、道具捜しにまごつく小童(わっぱ)、しきりに木を挽(ひ)く日傭取り、人さまざまの骨折り気遣い、汗かき息張るその中に、総棟梁ののっそり十兵衛
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お負けに年を積(と)ると顔へ汚点(しみ)が出来たりソバカスが出来たりする。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
手足(てあし)へ貼(は)ッ置(と)いた膏藥(こうやく)の所爲(せゐ)で——
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
私は、喉に唾液を嚥(か)みながら、御手洗邸の玄関へ駆け込んだのである。このたびの羮も、往年の味に少しの変わりもない。美漿(びしょう)融然として舌端に蕩(と)け、胃に降ってゆく感覚は、これを何に例えよう。
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「ええ。蜚(と)ばず鳴かずです」と、純一は鴉を見ながら答えた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
奈何(どう)だらうな、重兵衛さん。三国屋に居ると何の彼ので日に十五銭宛貪(と)られるがな。そすると月に積つて四円五十銭で、私(わし)は五十銭しか小遣が残らなくなるでな。些(すこ)し困るのぢや。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「今夜は少しゆっくりしてもいいように、同宿の者へも頼んできた。晩(おそ)くなったら、ここで泊ってもいいのだ。これでひとつお酒を購(と)ってきてくれ」と、小平太は懐中(かいちゅう)から小粒を一つ出して渡した。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
變りし世は隨意(まゝ)ならで、指(さ)せる都には得も行き給はず、心にもあらぬ落髮を逐(と)げてだに、相見んと焦(こが)れ給ふ妻子の恩愛は如何に深かるべきぞ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それは婢が女を伴(つ)れにいっているところであった。婢は女を推(お)し入れるようにして伴れて来た。女は口に袖を当ててその笑いを遏(と)めようとしていたが遏まらなかった。老婆はちょと睨(にら)んで
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
それには仔細(しさい)があって、今当分は、わざと遠(と)お遠(ど)おとなされた方が、のちのちのためによいとおもわれての事かも知れない——あのお方には世間がある、芸がある——それを、一途(いちず)に、女気で
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
混雑する旅人の群に紛(まぎ)れて、先方(さき)の二人も亦た時々盗むやうに是方(こちら)の様子を注意するらしい——まあ、思做(おもひなし)の故(せゐ)かして、すくなくとも丑松には左様(さう)酌(と)れたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
是は私(わたくし)の功かと存じます、此の功によってお引立を願いとう存じます、只出世を致したいばかりではないが、拙者前(ぜん)に津山に於(おい)て親父は二百四十石領(と)りました、松蔭大之進の家に生れた侍の胤(たね)
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
天平勝宝二年三月一日、大伴家持が、「飜(と)び翔(かけ)る鴫(しぎ)を見て」作った歌である。一首の意は、春になって何となく憂愁をおぼえるのに、この夜更(よふけ)に羽ばたきをしながら鴫が一羽鳴いて行った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そのお春どんいう仲居さんに帯上げ借って、「お客さん階下(した)の部屋い通して待っててもろて」いうて、その間に私が手ッ伝(と)うて身ごしらいしてましたら、またお春どん上って来て
卍 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「そうか、光子さん腹ぽてになったんか」いうて、夫はすっかり真アに受けて、さすがに気の毒そうな顔しますのんで、「そいでもあんた、そんな悪いこと手(て)ッ伝(と)たらいかんいうたやろ。 ...
卍 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
当局のみならず、市民の有志も協力して、この街上の女の屠(と)殺者、暗黒を縫(ぬ)う夜獣を捕獲しようと狂奔(きょうほん)し、ありとあらゆる方策が案出され実行された。徹夜の自警団も組織された。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
はたしてニカラガの犯人がロンドンの屠(と)殺者ジャックであったかどうか——それは、ニカラガでも犯人は捕まっていないのだから、肯定するも否定するも、ようするに純粋の想像を一歩も出ない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ここに言擧して二詔りたまひしく、「この白猪になれるは、その神の使者(つかひ)にあらむ。今殺(と)らずとも、還らむ時に殺(と)りて還りなむ」
曾婆訶里答へて白さく「命のまにま」と白しき。ここにその隼人に物多(さは)に賜ひてのりたまはく、「然らば汝の王を殺(と)りまつれ」とのりたまひき。
西の渡(と)の簇々(むら/\)とした人家を崖の上に仰いで、船を着けた、満島からこゝまで九里の間を、三時間半。
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
深谷の怖ろしい姿が見られるのであるから、その距離だけを、別に船を仕立て、西の渡(と)から鹿島までは、毎日客船が出るさうであるから、それに乗り換へることにしたのである。
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
それも急性胃加答児(いカタル)で偸(と)られたのだと云うから、事に寄ると祖母が可愛がりごかしに口を慎ませなかった祟(たたり)かも知れぬ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
俊坊というのは私の兄で、私も虚弱だったが、矢張(やっぱり)虚弱で、六ツの時偸(と)られたのだそうだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
たとえばある特定の地方である「水の兄(え)」の年に偶然水害があった場合に、それから十一年後の「水の弟(と)」の年に同じような水害の起こる確率が相当多いという事もあるかもしれない。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
去年が「甲戌(きのえいぬ)」すなわち「木(き)の兄(え)の犬(いぬ)の年」であったからことしは「乙亥(きのとい)」で「木(き)の弟(と)の猪(い)の年」になる勘定である。こういう昔ふうな年の数え方は今ではてんで相手にしない人が多い。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ここにすなはちその海邊の波限(なぎさ)に、鵜の羽を葺草(かや)にして、産殿(うぶや)を造りき。ここにその産殿(うぶや)、いまだ葺き合へねば、御腹の急(と)きに忍(あ)へざりければ、産殿に入りましき。
「今急(と)くこの水門(みなと)に往きて、水もちて汝が身を洗ひて、すなはちその水門の蒲(かま)の黄(はな)七を取りて、敷き散して、その上に輾(こ)い轉(まろ)びなば、汝が身本の膚(はだ)のごと、かならず差(い)えなむ」
「我は宝剣と玉を掠(と)った。」
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「鏡を掠(と)りに。」
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「どうしたつけ、昨日(きのふ)の豆(まめ)はそんでもたんと收穫(と)れた割合(わりえゝ)だつけが」おつたが謎(なぞ)のやうにいつても勘次(かんじ)は更(さら)にはき/\といはなかつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
うむ、畑(はたき)や深(ふか)くなくつちや收穫(と)んねえものよそら、俺(お)らあ壯(さかり)の頃(ころ)にや此間(こねえだ)のやうに淺(あさ)く耕(うな)あもんだた思(ま)あねえのがんだから、現在(いま)ぢやはあ、悉皆(みんな)利口(りこう)んなつてつから俺(お)らがにや分(わか)んねえが
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
姉は織物をしたり糸を繰(と)ったりして隙(すき)はございませんが、少し閑(ひま)が有れば大滝村の不動様へ親父(おやじ)の生死(いきしに)行方が知れますようにと信心して、姉弟二人中ようして暮して居ります。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
傳「ないので、伯父さんの厄介になって機(はた)を織ったり糸を繰(と)ったり、彼(あ)のくらい稼ぐ者は有りませんが、柔(やさ)しくって人柄が宜(い)い、いやに生(なま)っ世辞(せじ)を云うのではないから、あれが宜(よ)うございます」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
稽古襦袢(けいこじゅばん)に袴(はかま)の腿(もも)立ちとった一同、頓(と)みには入りかね、手に手に抜刀をひっさげて、敷居のそとに立ちすくんでいる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
悄然(しょうぜん)たる丹波の言葉も、誰の耳にもはいらないらしく、一同、刀をさげ、頭(こうべ)をたれて、黙々とその無残きわまる同志の死体を、見おろすばかり、頓(と)みには声も出ません。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
うっかりしているとすぐに夥(おびただ)しく繁殖する、果樹につく天狗虫(てんぐむし)、赤虫、綿虫や、それから薔薇や他の草花やの茎にとかくつきたがる油虫やの類(たぐい)を見つけ次第に一一除(と)り去ってやった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
『罪与(と)罰』に感激すると同時にステップニャツクを想い起し、かつ二葉亭をも憶い浮べた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その顔には何(なん)という合図(あいず)の表情も見えなかった。彼女は仕方なしにお秀を送って階子段(はしごだん)を降りた。二人は玄関先で尋常の挨拶(あいさつ)を交(と)り換(かわ)せて別れた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
生来の倹約家(しまつや)だが、実際、僅の手間では、食って行くのが、関の山で、稀(たま)に活動か寄席へ出かけるより外、娯楽(たのしみ)は享(と)れ無い。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
予備門(よびもん)に入学して一年(いちねん)許(ばかり)過(す)ぎての事であるが、山田(やまだ)は彼(か)の第二中学に居(ゐ)る時分から早く業(すで)に那様(こんな)了見(りやうけん)が有つたらしいのです、一年(いちねん)前(ぜん)に其志(そのこゝろざし)を抱(いだ)いた私(わたし)は未(ま)だ小説の筆(ふで)は仇(と)つて見なかつたのであるが
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
此(こ)の粒(つぶ)でがすから、わしがに相違(さうゐ)ありあんせん、彼等(あつら)がな此(こ)んなに出來(でき)つこねえんですから、それ證據(しようこ)にや屹度(きつと)自分(じぶん)の畑(はたけ)のがな一(ひと)つ穗(ぽ)でも伐(と)つちやねえから見(み)さつせ
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「いわずと知れた、親のうちへよ——公方さまのお伽(と)ぎをしたという人を、こんなあばら家から、とむれえも出せねえじゃあねえか——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
……されば、逐々(ありありて)戻り来しか。来る年も来る年も待ち侘(と)ったが、冥土の便宜(びんぎ)が覚束(いぶせし)ないか、いっこう、すがたをお見されぬ。今もいま、婆(ばば)刀自(とじ)と愚痴(かごと)いうていた。……ああ、ようまあ戻り来しぞ。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これは林檎(りんご)の皮からゼラチンと同様な膠質(にかわしつ)が出るからで上等の林檎など良く出来ます。このまま保(と)っておけば林檎のシロップで何時(いつ)でも温めて溶かせば用いられます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
外(ほか)の事で玉子を割りますとその殻(から)をそっくり保存(と)っておきます。殻の中へいくらかずつ白みが残っていますから空気に触れないようにしておくと固まりません。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
絵図に写(と)っているにちがいなかった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
アトは丸山に行(い)て貴様の狃除(なじみ)をば喜ばしょうと思う居(と)る処(と)に、要らん事に全快(よう)なったりして俺達をば非道(ひど)い眼に合わせる。捕らぬ狸の皮算用。夜中三天のコッケコーコーたあ貴様(ぬし)が事タイ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「一番、最初に読んだ分(と)は何じゃったろうかいね」
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
西洋料理にしますと一つはシチューで先ず頭を切(と)って皮を剥(む)いて長さ一寸五分位にブツブツ切ってバターでジリジリといためて一旦(いったん)鰻を揚(あげ)て
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「——騒ぐのはおよしなさい。わたしの側には手頃な小刀(こづか)がありますからね、じたばたすると掌(てのひら)を窓板へ、鰻(うなぎ)の首を刺(と)めるように、プツンと縫ってしまいますよ……」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飲食店の硝子(ガラス)窓に飲食物の模型を並べ、之に価格をつけて置くようになったのも、蓋(けだ)し已(や)むことを得ざる結果で、これまた其(その)範(はん)を大阪に則(と)ったものだという事である。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手の爪を剔(と)りかけると思ふと、半途で戸外(そと)へ出たりなんどする。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
『これから先(さき)决(けつ)して最(も)う今(いま)より齡(とし)を加(と)らないのかしら?』と思(おも)つて愛(あい)ちやんは
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
私は初めて人間の生血を吸(と)る、恐ろしい野獣(けもの)の所為をまのあたり見た。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
「親のすがたを見て、逃げ出すとはなんの芸じゃ。汝(われ)は、木の股から生れくさったか、わしが子ではなかったかよ。——こ、これッ、ここな呆(と)ぼけ者奴(め)が」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恋愛慕情のたてぬきにからまれて身うごきもとれぬとは! 咄(と)ッ! なんたるざまだッ!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
商賈(しょうこ)みな王の市に蔵(おさ)めんと欲し、行旅みな王の塗(と)に出でんと欲し、たちまちにして太平洋中の一埠頭(ふとう)となり、東洋の大都となり、万国商業の問屋となり
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
三「死んだのじゃアねえ今塞(と)じて来たのだが、アヽこれっ切りに成るかしら、あゝもうとても助かるまい」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あの裏山の土蔵は壊(と)けてアトカタも御座いませんので、途方に暮れておりまするところへ、コチラ様の前を通りかかって、御厄介になりに来たのではないかと、こう思いますが……
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たちまち進み来たれる紳士は帽を脱して、ボタンの二所失(と)れたる茶羅紗(ちゃらしゃ)のチョッキに、水晶の小印(こいん)を垂下(ぶらさ)げたるニッケル鍍(めっき)の鏁(くさり)を繋(か)けて、柱に靠(もた)れたる役員の前に頭(かしら)を下げぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あやしき調(しらべ)奏(と)る神こそ知らめ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
『ナニ。生きとるかも知れん。馬鹿吐(こ)け。見てんやい。眼球ア白うなっとるし、睾丸(きんたま)も真黒う固まっとる。浅蜊(あさり)貝の腐ったゴト口開けとる奴(と)ばドウするケエ』
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
男というのは当時某会社に出勤していたが、何しろこんなにまで望んで嫁(と)った妻(かない)のことでもあるから、若夫婦の一家は近所の者も羨(うら)やむほど睦(むつま)じかった。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
〔凝リテ花ヲ成サザルハ霿淞ニ異ナリ/著来シテ物物各(おの)オノ容ヲ異ニス/柳条ハ脆滑ニシテ蓴油ノゴトク膩(なめ)ラカナリ/松葉ハ晶瑩ニシテ蛛網ノゴトク封(と)ヅ/氷柱四檐繖角ニ垂レ/真珠万点裘茸ニ結ブ/詩人何ゾ管セン休徴ノ事/奇景看(ま)ノアタリニ驚ク老イニ至リテ逢フトハ〕按(あん)ズルニ曾南豊(そうなんほう)ノ集中ニ霿淞(むしょう)ノ詩アリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私達は、先生の周囲を、円陣を作って、歌い踊りながら、戦争というものが、どんなに尊(と)うといものか、人間と生れて戦争にゆかないものは、不具者に劣る者だと教え込まれた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
かのロダンの大理石塊を前にしてまさに鑿(のみ)を揮(ふる)わんとして息を屏(と)め目を凝らすがごとくに、ベルグソンは与えられたる「人性」を最高の傑作たらしめんがためにじっとライフを見つめているのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
と少し憤(いきどお)った気味で受合いましたから、大きにお竹も力に思って、床を展(と)って臥(ふせ)りました、和尚さまは枕に就(つ)くと其の儘旅疲れと見え、ぐう/\と高鼾(たかいびき)で正体なく寝てしまいました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
時劫(じごふ)のすすみ老いせぬ愛の常(と)かげ。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
幸三郎さんといふのは、四条のお雪伯母の養子にしてあつた、大阪の新町の芸妓屋の息子で、その頃兵隊に徴(と)られて伏見の聯隊に行つて居た。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
ところが、明治七年の九月に突然今年は子歳(ねどし)のものを徴集(と)るのだといって、扱所といったと思う、今日の区役所のようなものが町内々々にあって、其所(そこ)から達(たっ)しが私の処へもあったのです。
少し甘(あま)ツたるいやうな點はあツたけれども、調子に響があツて、好く徹(と)ほる、そして優(やさ)しい聲であツた「恰(まる)で小鳥が囀(さへづ)ツてゐるやうだ。」と思ツて、周三は、お房の饒舌(しやべ)ツてゐるのを聞いてゐると
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「ゆんべ遊びに出て褞袍なくしつちやたんだ。おすがら内の土藏ん所(と)け置いたの今朝盜まつたんだか何んだかねえんだ。それからおらうちへ歸れねえ」
芋掘り (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
捕卒は銀錠を扛(と)って臨安府の堂上へ搬んできた。許宣はそこで盗賊の嫌疑は晴れたが、素性の判らない者から私(ひそか)に金をもらったというかどで、蘇州へ配流(ついほう)せられることになった。
雷峯塔物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
貢さん、お前さんが心配をすればどうにかなるとでもいうような事を、継母が知ってて言うようにも承(と)れるがねえ。一体どうしたというんだろうね。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ああ誰かわが産土神(うぶすながみ)をかかる遠方へ拉(と)り去れるぞと嘆くを見かねて、一里半ばかりその女児を負い送り届けやりし人ありと聞く。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
禅師見給ひて、やがて禅杖を拿(と)りなほし、一五三作麼生(そもさん)一五四何所為(なんのしよゐ)ぞと、一喝(かつ)して他(かれ)が頭(かうべ)を撃(う)ち給へば、忽(たちま)ち氷の朝日にあふがごとくきえうせて、かの青頭巾と骨(ほね)のみぞ草葉にとどまりける。
あんたお嬢様(さん)が莫大のお金を持(と)って逃げやはった、それ故何うも私(わたい)の思うには粂之助がお嬢様(さま)を殺して金子(かね)を取って、其の死骸を池ン中へ投(ほう)り込んだに違いないと斯(こ)う考えるのでおす
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この御世に、兔寸(うき)河一の西の方に、高樹(たかき)あり。その樹の影、朝日に當れば、淡道(あはぢ)島におよび、夕日に當れば、高安山二を越えき。かれこの樹を切りて、船に作れるに、いと捷(と)く行く船なりけり。
誰か、お前から俺があの栓を受取るのを見ていて、人込みを利用して、俺の衣嚢(ポケット)から掏(と)ったに違いない。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
邯鄲淳はこのとき年歯(とし)わずかに十三歳で、筆を揮(と)ってこの文を作し、一字も訂正しなかったと申します。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曰ふ、將(しやう)を斬(き)り旗(はた)を搴(と)るは、氣盛なる者之を能くす、而かも眞勇(しんゆう)に非ざるなり。孤城(こじやう)を援(えん)なきに守り、孱(せん)主を衆睽(そむ)くに保(たも)つ、律義者(りちぎもの)に非ざれば能はず、故に眞勇は必ず律義者(りちぎもの)に出づと。
して来たぜよ。——何だと思う? 分るめえが、牛だよ、しかもすばらしい牝牛だ。畑にも使えるし、乳も搾(と)れる
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出帆時間の事を考えると、愚図愚図しておられないので、すぐ附近のカフェへいって軽い朝食を摂取(と)った。丁度六時半である。それからソーホー街へ出掛ければいい時間である。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
姦言(かんげん)を文(かざ)り、近事(きんじ)を摭(と)り、時勢を窺伺(きし)し、便(べん)に趨(はし)り隙(げき)に投じ、冨貴(ふうき)を以て、志と為(な)す。此(これ)を利禄(りろく)の蠹(と)と謂(い)う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
某(それ)の年の元日に佐竹は山内へ廻礼に来て、庭に立っていた五百の手を摻(と)ろうとすると、五百はその手を強く引いて放した。佐竹は庭の池に墜(お)ちた。山内では佐竹に栄次郎の衣服を著(き)せて帰した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
天皇既に吾を死ねと思ほせか、何ぞ、西の方の惡(あら)ぶる人(ひと)どもを撃(と)りに遣して、返りまゐ上り來し間(ほど)、幾時(いくだ)もあらねば、軍衆(いくさびとども)をも賜はずて、今更に東の方の十二道の惡ぶる人どもを平(ことむ)けに遣す。
その時八百五十倍の鏡の底に映ったものは、まるで図に撮影(と)ったように鮮(あざ)やかに見える着色の葡萄状(ぶどうじょう)の細菌であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弥平爺は、五銭白銅貨を二三枚お婆さんの枕元へ撰(と)り出した。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
蒲生源左衛門は須田等を糺(きゅう)した。二人は証拠文書を攘(と)って来たのだから、それに合せて逐一に述立てた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
能(よ)く女郎(じょうろ)を買って銭が欲しい所から泥坊に成る者も有るからのう婆様(ばあさま)、と云われる度(たび)に胸が痛くて寧(いっ)そ放(と)ん出さないば宜かったと思ってなア
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
紛(まご)う方もないはぎ野だったのだ、経之は、あれほどの驚きを数刻の前に知った女が、執拗(しつよう)にしかも既(と)うに何も彼(か)も打っちゃって男にあいに行くために
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
戦の時(と)きあ、夏と冬の入りまじった時があるかんない、夏になったとて、衣裳換え出来ねえ時はあるし。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「母さん、前髪を束(と)って頂戴な」
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
されば「都伝摸(とても)年増東(と)夷辺伐(いえば)広夷(い)様」その広夷(ひろい)野(の)に飽き果て散播都天門(さわっても)呉弩(くれぬ)と嘆(かこ)ちて自害した。
だが、お民の母性的注意深さも、それには敗けて居ず、今日も京子の後からついて来た。京子はそれに反撥する弾条(ばね)仕掛けのような棘(と)げ棘(と)げしい早足で歩きながらお民を振り返った。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はい、旦那さま、一年のうちに女房(かかあ)と、娘と、男の子を二人死(と)られました。
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
仰向(あおむい)て瞻(み)る蒼空(あおぞら)には、余残(なごり)の色も何時しか消え失(う)せて、今は一面の青海原、星さえ所斑(ところまだら)に燦(きらめ)き出(い)でて殆(と)んと交睫(まばたき)をするような真似(まね)をしている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
正面に駄菓子(だがし)を載(の)せる台があって、縁(ふち)の毀(と)れた菓子箱の傍(そば)に、大きな皿がある。上に青い布巾(ふきん)がかかっている下から、丸い揚饅頭(あげまんじゅう)が食(は)み出している。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
出て来ると楊枝箱(ようじばこ)に真鍮(しんちゅう)の大きな金盥(かなだらい)にお湯を汲(と)って輪形(りんなり)の大きな嗽(うが)い茶碗、これも錦手(にしきで)か何かで微温(ぬるま)の頃合の湯を取り、焼塩が少し入れてあります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
万葉集に『沖つ国知らさむ君が染(し)め棺(やかた)、黄染(きじ)めの棺神の海門(と)渡る』
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
平次は足も淀(と)めず、両国橋の夕陽の中を、明神下へ急ぐのです。その後から八五郎は、首を振ったり顎(あご)を撫でたり、腑(ふ)に落ちない顔で、ついて行きます。
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「一思いに殺さばこそ、一日々々体を腐らせ骨を溶解(と)かして殺そうというのもお父様の怨みが晴らしたいからさ」
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
聞きながらこの曲の構想を得たのである手事の旋律(せんりつ)は鶯の凍(こお)れる涙今やとくらんと云う深山(みやま)の雪の滆(と)けそめる春の始めから
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
実は自分は梅子嬢(さん)を貰(もら)いたいと兼ねて思っていたのであるから、井下伯に頼んで梅子嬢(さん)だけ滞(と)めて置いて後(あと)から交渉して貰う積りでいた
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
浴を澡(と)らなかったものだが、今は立派な温泉宿が出来た、それにしても客の来るのは、夏から秋だけで、冬は雪が二尺もつもる、風が勁(つよ)くて、山々谷々から吹き颺(あ)げ、吹き下すので
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
途端に頭の上の電燈が眩しく紫色に灯(と)もった。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
案を払ひ香を拈(ひね)つては謹んで無量義経の其中に両眼の熱光を注ぎ、兀坐寂寞(こつざじやくまく)たる或夜は、灯火(ともしび)のかゝげ力も無くなりて熄(と)まる光りを待つ我身と観じ、徐歩(じよほ)逍遥(せうえう)せる或時は
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
明るく燈火(ともしび)が燈(と)もってい、食べ散らし飲み散らした盃盤が、その燈火(ひ)に照らされて乱雑に見え、二人ながらいい加減酔っているらしい。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「もうすぐ蕨の時候になるね。浪さん、早くよくなッて、また蕨狩(と)りの競争しようじゃないか」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
風の西に吹くを能く見るものを達識者と呼び、風の東に転ずるを看破するものあれば、卓見家と称(と)なへんとす。勇者はその風に御して高く飛び、智者はその風を袋に蓄はへて後の用を為す。
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
税(と)キテ今自(よ)リ庶政ヲ親(と)ル/小儒私(ひそ)カニ擬ス昇平ヲ頌(たた)ヘント〕
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
砂の中へ顔の滅込(めりこ)むようにして、上から與右衞門が乗掛って、砂で息を窒(と)めて殺したと云うが本説だと申す事、また祐天和尚(ゆうてんおしょう)が其の頃脩行中(しゅぎょうちゅう)の事でございますから、頼まれて
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その者等が様子を篤(と)くと見極めてもしも変化のものなら、なんの年こそとっていれ狐狸(こり)に誑(たぶら)かされる気遣いはないと、御決心あそばしましたから
母親は手元の薄暗い流し元にしゃがみ込んで、ゴシゴシ米を精(と)いでいた。水をしたむ間、ぶすぶす愚痴を零(こぼ)している声が奥の方へも聞えた。お庄はまた母親のお株が始まったのだと思った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
柳「これは少いが、内儀さんを貰うにはもう些(ちっ)と広い好(い)い家(うち)へ引越さなけりゃアいけないから、納(と)ってお置きなさい、内儀さんが決ったなら、又要るだけ上げますから」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
橋本では、先代からの例として、仏式でなく家の「御霊(みたま)」を祭った。お種は序(ついで)に小泉の母の二年をも記念する積りであった。年を経(と)るにつれて、余計に彼女はこういうことを大切にするように成った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大たぶさに結(と)り上げ、赫(あか)ぐろい、酒やけのした顔で、長身の——清水狂太郎なのだ。
口笛を吹く武士 (新字新仮名) / 林不忘(著)
真夜中の二時頃……電車の絶(と)まる頃になるとあのホテルの屋上庭園のマン中に在る旗竿の処へフロッキコートを着た日本人の幽霊が出るんです。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
局に臨み交〻争ひ、雌雄未だ決せずば、毫釐も以て差(たが)ふ可からず。局勢已に羸(つか)れなば、精を専にして生を求めよ。局勢已に弱くば、意を鋭くして侵し綽(と)けよ。
囲碁雑考 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
すぐにガラガラと扉を締(と)じる。
一斉(いっとき)に湧(わ)き動揺(どよめ)いて、都大路を八方へ溢(あふ)れる時、揚出しの鍋は百人の湯気を立て、隣近(となりぢか)な汁粉屋、その氷月の小座敷には、閨秀二人が、雪も消えて、衣紋(えもん)も、褄(つま)も、春の色にやや緩(と)けたであろう。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時がたちさえすれば、罅(ひび)の入ったお今の心が、それなりに綺麗に縫(と)じ合わされたり熨(の)されたりして行くとしか思えなかった。
爛 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
モールで縁(ふち)を繍(と)った草色の制服は総督府(そうとくふ)の従兵と一ト目でわかる。施恩が出て用向きを聞いてみると
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
翼(は)うち翺(と)ばず。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
元祿九年因幡國與(と)朝鮮國與(と)之間竹嶋與(と)唱(となへ)候嶋有レ之、此島兩國入合(いりあひ)之如く相成居不レ宜よろしからず候に付、朝鮮之人此邊え參候事を被レ禁候段從
他計甚麽(竹島)雑誌 (旧字旧仮名) / 松浦武四郎(著)
結局、いつもの通り、湖の岐入とS川との境の台地下へボートを引戻(ひきもど)し、蘆洲の外の馴染(なじみ)の場所に舶(と)めて、復一は湖の夕暮に孤独(こどく)を楽しもうとした。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
『風俗通』八に黄帝書を引いていわく、上古の時、荼(と)と鬱てふ昆弟(こんてい)二人、能く鬼を執らう。
その男は炉の側(はた)に自分のためにとて蓄(と)って置かれてあった御馳走の前に腰を下ろした。
「されど両親は其語れる事を暁(さと)らず」と云ふのも恐らくは事実に近かつたであらう。けれども我々を動かすのは「其母これらの凡(すべて)の事を心に蔵(と)めぬ」
続西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つまりそれは、戀文にぞくする古反古を手許に藏(と)っておくという奴ですな。
税(と)キテ今自(よ)リ庶政ヲ親(と)ル/小儒私(ひそ)カニ擬ス昇平ヲ頌(たた)ヘント〕
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
(二) 子曰く、夏礼は吾能(よ)く之(これ)を言(と)かんとせるも、杞徴(あきらかに)するに足らざるなり。殷礼も吾能(よ)く之を言(と)かんとせるも、宋徴(あきらかに)するに足らざるなり。文と献(賢)と足らざるが故なり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
さてかれらは七の五倍の母字子字となりて顯はれ、我はまた一部一部を、その言顯はしゝ次第に從ひて、心に記(と)めたり 八八—九〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
斯(かく)て傳吉は小娘に誘引(いざなは)れ許(と)ある家に入て見れば柱(はしら)は曲(まが)りて倒(たふ)れ軒(のき)は傾(かたぶ)き屋根落(おち)ていかにも貧家(ひんか)の有樣なれば傳吉は跡先(あとさき)見回し今更立ち出んも如何と見合ける中に小娘は盥(たらひ)へ温湯(ぬるゆ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二度とふたたびお逢いできぬだろう心もとなさ、謂(い)わば私のゴルゴタ、訳(と)けば髑髏(されこうべ)、ああ、この荒涼の心象風景への明確なる認定が言わせた老いの繰りごと。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
開(ひら)けん時分の事で、此の宿(しゅく)では第一等の医者だというのを宿(やど)の主人(あるじ)が頼んでくれましたが、まるで虚空蔵様(こくうぞうさま)の化物(ばけもの)見たようなお医者さまで、脉(みゃく)を診(と)って薬と云っても、漢家(かんか)の事だから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
老「いやさ御姓名(ごせいめい)を一寸(ちょっと)認(と)めて置きたいから」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
故に文学を評論するには、少くとも其本能本性に立ち入りて、然る後に功用、結果、目的等の陪審官に諮(と)はざるべからず。
「いや、奥さんの敵は、もうすぐ讐(と)ってあげますよ。犯人が屍体を湖水の中に投じたことは判明しました。この上は、犯人がどうして屍体を灰のように細かくしたかと云うことが判ればいいのです」
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
角膜の献納せむと乞ひて得し養母(はは)なり養母は優しさに豊(と)む
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
林「其の時使った糠(のか)を貯(と)って置きたいと思って糠袋(のかぶくろ)をあけて、ちゃんと天日(てんぴ)にかけて、乾かして紙袋(かんぶくろ)に入れて貯っておいて、炊立(たきたて)の飯の上へかけて喰(く)うだ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
仕損(しそん)じなば御二人の御命にも關(かゝ)はるならんと起(と)つ臥(おひ)つ氣を揉(もむ)機(をり)しもゴウゴウと耳元近く聞ゆるは東叡山(とうえいざん)の寅刻(なゝつ)の鐘(かね)コリヤ斯うして居られぬと物に縋(すが)りて立上り蹌踉(ひよろめく)足(あし)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あやまちを再びそこにあらせじと幣はもおくか駒の足(あ)の趾(と)に
長塚節歌集:1 上 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
關(せき)の跡(と)舊(ふ)りし東路(あづまぢ)の
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
竹「はい、私は大きに熱が退(と)れましたかして少し落着きました」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……そうと知ったら、仁義などをケッつけずに、サッサと逃(と)ばしてやるんだった。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
悔(くや)しかも、速(と)く來まさず。吾は黄泉戸喫(よもつへぐひ)一一しつ。然れども愛しき我が汝兄(なせ)の命、入り來ませること恐(かしこ)し。かれ還りなむを。しまらく黄泉神(よもつかみ)と論(あげつら)はむ。
そしてあなたの箪笥(たんす)を調べるのを手傳つて頂戴。直ぐにあなたの荷作(にづく)りをしなくちやならないのよ。奧さんはもう一日か二日の中に送り出すつもりよ。あなたの持つて行きたい玩具(おもちや)を選(と)つていゝわ。
大君、我が大君、現(あき)つ神(かみ)、神ゆゑに、雲の上(へ)の照る日の光 釆(と)りてますかも。
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
頼(たよ)りなく思(おも)うと、じきに寒(さむ)さが骨肉(ほねみ)にしみこんできました。しかし、彼(かれ)は、一匹(ぴき)でいいから魚(さかな)が釣(と)れたときのことを空想(くうそう)して、もうそんな寒(さむ)さなどは身(み)に感(かん)じなかったのであります。
北の国のはなし (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし、より深く視覚を鑚(と)ぐとき、自然は刻々に変容する。すでにそこでは事物存在は実存在の中に等値的関連をもって射影され覆(うつ)されている。あるいは実存在が事物存在に移(うつ)されてもいる。
芸術の人間学的考察 (新字新仮名) / 中井正一(著)
阻(と)めるわけにもゆかないが、油断ならぬぞという目顔で通すのである。そして必ずその後から早馬がすれちがって先へ駆けて行った。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
燭台の皿へ、丁字(ちょうじ)が立ったらしく、燈火(ひのひかり)が暗くなった。それを一人が、箸を返して除去(と)った。明るくなった燈に照らされ、床の間に置いてある矢筒の矢羽根が、雪のように白く見えた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宮部戯(たわむ)れて曰く、「君何ぞそれ商骨に饒(と)む、一にここに到る」と。彼れ艴然(ふつぜん)刀柄(とうへい)を擬(ぎ)して曰く、「何ぞ我を侮辱するや」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
兵部尚書(ひょうぶしょうしょ)斉泰の白馬極めて駿(と)し、靖難(せいなん)の役この馬人の目に立つとて墨を塗って遁げたが、馬の汗で墨が脱(お)ちて露顕し捕われたとある通り、白馬は至って人眼を惹く。
小さな私が一心を魅(と)られてしまっている時にこの二人の閑人——老婆がどんな話をしていたのか、思出すことも出来ない。