“開”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
あ64.0%
ひら26.6%
あけ2.0%
ひ0.6%
はだ0.6%
き0.5%
ひらき0.5%
あい0.4%
ひらい0.4%
ぴら0.4%
ひらか0.4%
ひらく0.4%
ひろ0.4%
ア0.4%
あか0.3%
かい0.3%
びら0.3%
あく0.2%
あら0.2%
さかせ0.2%
ま0.2%
びらき0.1%
あき0.1%
きい0.1%
けい0.1%
さ0.1%
ぱだ0.1%
ひらけ0.1%
ぴ0.1%
サ0.1%
ヒラ0.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「貸家ですか。そこはJさんが雇い婆さんに一週間一ポンドずつやって、窓の開(あ)け閉(た)てをさせていたんですがね。もういけませんよ」
寶鼎(はうてい)金虎(きんこ)を存(そん)し、芝田(しでん)白鴉(はくあ)を養(やしな)ふ。一瓢(いつぺう)に造化(ざうくわ)を藏(ざう)し、三尺(さんじやく)妖邪(えうじや)を斬(き)り、逡巡(しゆんじゆん)の酒(さけ)を造(つく)ることを解(かい)し、また能(よ)く頃刻(けいこく)の花(はな)を開(ひら)かしむ。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さう致すと磯貝さんが、お話をしますからこちらへお出なさいと仰やつて、診察所でない方の戸をお開(あけ)になつたのでございます。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
けれども私は、よしその時、そんなに素晴らしい前途が目の前に開(ひ)らけていても、私はそれからさきにすすむべきではなかったのです。
入院患者 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
むき身絞(しぼり)の襦袢(じゅばん)、大肌脱(おおはだぬぎ)になっていて、綿八丈の襟の左右へ開(はだ)けた毛だらけの胸の下から、紐(ひも)のついた大蝦蟇口(おおがまぐち)を溢出(はみだ)させて、揉んでいる。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
忘れるほど盲録(もうろく)はしません。余計なお世話だ。人の事よりか自分の事を考えてみるがいい。男の口からもう口も開(き)かないなンぞッて云ッて置きながら……
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
是(これ)は前(まへ)にも申(まう)しました通(とほ)り、狂歌師(きやうかし)が寄(よ)つて狂歌(きやうか)の開(ひらき)をいたす時、何(なに)かお互(たがひ)に可笑(をか)しい話でもして、ワツと笑ふ方(はう)が宜(よ)からうと云(い)ふので、二三囘(くわい)やつて見ると頓(とん)だ面白(おもしろ)いから
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
盜(ぬす)むなどと云卑劣(ひれつ)の武士(さふらひ)にあらず是にても疑ひは晴(はれ)ぬかと云ふに久兵衞は大口(おほぐち)開(あい)て打笑(うちわら)ひイヤサ盜人(ぬすびと)たけ/″\しいとは貴殿(きさま)の事なり此品々を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
開(ひらい)てみらるゝに小判にて金百兩あり大岡殿心中に甚(はなは)だ感じられ是は全く由緒(ゆゐしよ)ある武士なり兎角零落に及んでも萬一の時の爲(ため)にと先祖(せんぞ)の意を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
目の前の大戸が、あたかも雷車の如き音を立って、グワラッグワラッグワラッと一気に押ッ開(ぴら)かれたのです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
賀古氏は陸軍の依託学生なのでしたから、すぐに陸軍に出られて、日清日露(にっしんにちろ)の両役にも出征し、予備役へ編入されてから病院を開(ひらか)れたのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
○さて口上いひ出て寺へ寄進(きしん)の物、あるひは役者へ贈物(おくるもの)、餅酒のるゐ一々人の名を挙(あげ)、品(しな)を呼(よび)て披露(ひろう)し、此処忠臣蔵七段目はじまりといひて幕(まく)開(ひらく)。
年上なるは幼なき人の膝の上に金(きん)にて飾れる大きな書物を開(ひろ)げて、そのあけてある頁(ページ)の上に右の手を置く。象牙(ぞうげ)を揉(も)んで柔(やわら)かにしたるごとく美しい手である。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこを開(ア)けては。塚の通ひ路の、扉をこじるのはおよし。……よせ。よさないか。姉の馬鹿。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫、釈迢空(著)
晴(はら)すべしと其夜近所(きんじよ)合壁(がつぺき)の寢靜(ねしづま)りたる頃藤重が家に忍(しの)び行て見るに是は如何に何程(なにほど)開(ひら)かんとしても戸(と)は釘(くぎ)にて外(そと)より打(う)ち付(つけ)て有ば少しも開(あか)ず内の樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いま孔明の布(し)いた陣には八つの門がある。名づけて、休(きゅう)、生(せい)、傷(しょう)、杜、景(けい)、死(し)、驚(きょう)、開(かい)の八部とし、うち開と休と生の三門は吉。傷と杜と景と死と驚との五門は凶としてある。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「御城下の盛り場に唐人小路(とうじんこうじ)というところがある。そこで明日(あした)から小屋開(びら)きになる曲独楽(きょくごま)の嵐粂吉(あらしくめきち)という太夫さんから言伝(ことづか)って来たんだが……」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
破りて開(あけ)なば隨分容易に開(あく)べきなれど假令(たとへ)奉行職の者なりとも他人(ひと)の所持品の錠前(ぢやうまへ)を手込(てごみ)に破る事はならず因て故意々々(わざ/\)鐵物屋(かなものや)を呼出(よびいだ)して開(あけ)させられたるなり是奉行職を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
持統天皇はその御願を継いで即位二年無遮(むしゃ)の大会(だいえ)を設け給い、同十一年「癸亥(みづのとゐ)、公卿(くぎやう)百寮、仏眼(ほとけのまなこ)を開(あら)はしまつる。会(をがみ)を薬師寺に設く」(書紀)。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
若(もし)江戸にいださば朱門(しゆもん)に解語(かいご)の花を開(さかせ)、あるひは又青楼(せいろう)に揺泉樹(えうせんじゆ)の栄(さかえ)をなし、此隣国(りんごく)出羽に生(うま)れたる小野の小町が如く美人(びじん)の名をもなすべきに
と胡坐(あぐら)を整然(きちん)と直して、ここで十万軒が崖にごつごつをぶち開(ま)けたが、「そうでござんすとも、東京からいらしったんでは。」ために勢(いきおい)が挫(くじ)けたそうで、また胡坐で
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宝永七年に京都北山甚兵衛開(びらき)の内、紙屋川端(かべかわばた)の小屋者が、生活難から雪駄直しをなさんが為に、一札を入れて六条村の手下になった事があった。
エタ源流考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
しかし相変らずごく胸開(あき)の広い燕尾服で、その上、緑の刺繍をしたビロオドの小帽をかぶっている。ただし彼はひとりきりではなかった。
ソレ故一寸(ちょい)と一目(いちもく)見た所では——今までの話だけを開(きい)た所では、如何(いか)にも学問どころの事ではなく唯(ただ)ワイ/\して居たのかと人が思うでありましょうが、其処(そこ)の一段に至ては決して爾(そ)うでない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「佐竹の賭場(とば)で、夕方から曉方まで、張つて張つて張り通しましたよ。あんな勝目は開(けい)びやく以來で、一と晩に二十五兩と勝ちましたぜ。誰にでも訊いて下さい、小便に立つのが惜しかつたくらゐで」
結構の奇、事状の異、談話の妙、所謂三拍子揃い、柳の条(えだ)に桜の花を開(さ)かせ、梅の香(かお)りを有(も)たせ、毫(ごう)も間然する所なきものにて、曩(さき)に世に行われし牡丹灯籠、多助一代記等に勝(まさ)る事万々なり。
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
……そこで一頃(ひところ)は東京住居(ずまい)をしておりましたが、何でも一旦(いったん)微禄(びろく)した家を、故郷(ふるさと)に打(ぶ)っ開(ぱだ)けて、村中の面(つら)を見返すと申して、估券(こけん)潰(つぶ)れの古家を買いまして、両三年前(ぜん)から、その伜の学士先生の嫁御
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
是即ち我輩が今日國會の將さに開(ひらけ)んとするに當て、特に帝室の獨立を祈り、遙に政治の上に立て下界に降臨し、偏なく黨なく、以て其尊嚴神聖を無窮に傳へんことを願ふ由縁なり。
帝室論 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
その次にやり出すのは庶民族だ。こいつらには財産がねえ。あるものと云えば反逆性ばかりだ。この二族が同盟する。獣人族へよしみを通ずる。内から城門をおっ開(ぴ)らく。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は語尾を多くの場合単音節に見たいので、「ほ・さぐ」と言ふ様な形は考へにくいのだが、此方面で考へて見ると、「ほ開(サ)く」とでも語源が説かれさうである。
「此(コ)ノ築造(チクザウ)有(ア)ルハ都下(トカ)ノ繁昌(ハンジヤウ)ヲ増(マ)シテ人民(ジンミン)ノ知識(チシキ)ヲ開(ヒラ)ク所以(ユエン)ノ器械(キカイ)也(ナリ)」
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)