“都”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
みやこ71.9%
すべ20.9%
と2.6%
す2.0%
まち0.5%
つ0.5%
みやこつく0.5%
スベテ0.5%
ミヤコ0.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
かもめは、都(みやこ)では、はとがみんなにかわいがられて、子供(こども)らから豆(まめ)をもらって、平和(へいわ)にその日(ひ)を遊(あそ)び暮(く)らしていることを話(はな)しました。
馬を殺したからす (新字新仮名) / 小川未明(著)
一般に馬来(マレイ)全島が非常な低地であつて最高の山が纔(わづか)に海抜五百十九尺しか無いのだから、山と云つても都(すべ)て丘陵の様なものであるが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
余(よ)六十一還暦(くわんれき)の時年賀の書画(しよぐわ)を集(あつ)む。吾国(わがくに)はさらなり、諸国の文人(ぶんじん)三都(と)の名家(めいか)妓女(きぢよ)俳優(はいいう)来舶清人(らいはくせいひと)の一絶(ぜつ)をも得(え)たり。
都(す)べて斯様いうもので、親切は却って仇(あだ)となり、助けは却って障りとなって、正基は愈々(いよいよ)妻を疎み、妻は愈々夫を恨み、無言の冷眼と嫉妬(しっと)のひぞり言とは、日に戦ったが
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
明日まで待ってみてはという夫人のすすめには耳も借さずに、彼はすぐさま都(まち)へ出かけて行った。
久々都の名義を考ふるに、日本紀に木祖(きのそや)久久能智とある久々は茎にて、草木の幹をいふ。智(ち)は男を尊む称なり。智(ち)と都(つ)と通音なり。
抑又(はたまた)塩土老翁(しほつちのをぢ)に聞きしに曰く、東に美地(よきくに)有り、青山四周(よもにめぐれり)、……余(われ)謂(おも)ふに、彼地(そのくに)は必ず当(まさ)に以て天業(あまつひつぎのわざ)を恢弘(ひろめのべ)て天下(あめのした)に光宅(みちを)るに足りぬべし、蓋(けだ)し六合(くに)の中心(もなか)か。……何ぞ就(ゆ)きて都(みやこつく)らざらむや。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
出二入死生之間一、掣二曳波濤之上一、都(スベテ)卅四箇日。
大師の入唐 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
都(ミヤコ)では、既に平安朝の中期に此が人形(ニンギヤウ)になつて居た文献がある。紫式部日記・枕草紙などで見ると、ひゝなはお館(ヤカタ)を作つて祭つた事が記されて居る。