“後”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
あと29.5%
のち28.1%
うしろ15.6%
おく10.5%
ご7.9%
うし4.1%
しり1.0%
しりえ0.7%
の0.4%
しりへ0.3%
ノチ0.3%
アト0.3%
おくれ0.2%
あ0.2%
ウシロ0.1%
ゴ0.1%
おくる0.1%
おそ0.1%
さき0.1%
あた0.0%
いま0.0%
うら0.0%
こう0.0%
さが0.0%
し0.0%
しさ0.0%
じり0.0%
すぎ0.0%
ゆり0.0%
オト0.0%
サキ0.0%
シリ0.0%
シリヘ0.0%
セーサ0.0%
ノチニ0.0%
バック0.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
鐘(かね)が鳴(な)ると、生徒(せいと)らは、先(さき)を争(あらそ)って廊下(ろうか)から外(そと)へとかけ出(だ)しました。そのとき、良(りょう)一は、先生(せんせい)が教員室(きょういんしつ)へいかれる後(あと)を追(お)ったのです。
僕が大きくなるまで (新字新仮名) / 小川未明(著)
後(のち)に僕の死んでゐるのが、そこで見出されるだらう。長椅子に掛けてある近東製の氈(かも)を、流れ出る僕の血が汚(けが)さないやうにする積(つもり)だ。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
あひるさんが、ある日、お母様から頂いたおいしさうな、大きな桃を持つてゐますと後(うしろ)で、「あひるちやんや」といふ声がしました。
閏(うるう)のあった年で、旧暦の月が後(おく)れたせいか、陽気が不順か、梅雨の上りが長引いて、七月の末だというのに、畳も壁もじめじめする。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その後(ご)、彼女(かのじょ)は、いろいろの人(ひと)に、T町(ティーまち)にあるM病院(エムびょういん)の話(はなし)をして、はたして、それはほんとうのことかと、たしかめようとしました。
世の中のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼(かれ)は、この話(はなし)をきくと、なんとなく体(からだ)じゅうが、ぞっとしました。女(おんな)の姿(すがた)を見(み)ると、長(なが)い黒(くろ)い髪(かみ)は結(むす)ばずに、後(うし)ろに垂(た)れていました。
山へ帰りゆく父 (新字新仮名) / 小川未明(著)
も少し上つて茅戸の平(ひら)に出ると後(しり)へに女貌(によほう)、帝釋(たいしやく)、大眞名子(おゝまなこ)、太郎の山々がずらりと列ぶ。殊に女貌の美しさは表から見た比ではない。
黒岩山を探る (旧字旧仮名) / 沼井鉄太郎(著)
と、言葉少なに仰せられ、やおら茵(しとね)からお立ちになり、蓬生の案内に従って、後(しりえ)に八人の従者を連れ、戸野兵衛の寝室へ入られた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ソクラテスは鴆毒(ちんどく)を嚥(の)み了(おわ)った後(の)ち、暫時の間は、彼方此方(あちらこちら)と室内を歩みながら、平常の如くに、門弟子らと種々の物語をして
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
公子後(しりへ)より、汝等は我が夫人の手を拉(ひ)きて同じ戲をなすことを要(もと)むるにやといふとき、ジエンナロは直に歩を駐(とゞ)めたり。
朝から、姫の白い額の、故もなくひよめいた長い日の、後(ノチ)である。二上山の峰を包む雲の上に、中秋の日の爛熟した光が、くるめき出したのである。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫、釈迢空(著)
寛の「驢馬とその他」驢馬のところだけ、それから後(アト)一首、よろし。あとは首をそろえるため、のばして、のばしてある。よくない。
即(すなは)ち一日の後(おくれ)となるゆへ、四年目には一日増(ま)して其間(そのあひだ)に地球(ちきう)を走(はし)らしめ、丁度(ちやうど)本(もと)の處(ところ)に行付(ゆきつく)を待(ま)つなり。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
其故ハ此三十日計(ばかり)後(あ)ト、幕吏ら龍馬の京ニ入りしと謬伝(びゆうでん)して、邸江(土佐藩邸へ)もたずね来りし。されバ二本松薩邸(薩摩藩邸)ニ早〻入候よふとの事なり。
が、或は皇太子伝としての位置から見て、其後(ウシロ)み申した早良(サハラ)太子——或は、他の男女皇子——の為の指導書として上つたものとも、文学史的には考へられる。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
其すら、其後(ゴ)、人の世になつても、氏貴い家々の娘御(ゴ)の閨(ネヤ)の戸までも、忍びよると申しまする。世に言ふ「天若(アメワカ)みこ」と言ふのが、其でおざります。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫、釈迢空(著)
農夫は屡(しば/\)後(おくる)るゆゑ終(つひ)には棄(すて)て独(ひとり)先(さき)の村にいたり、しるべの家に入りて炉辺(ろへん)に身(み)を温(あたゝめ)て酒を酌(くみ)、始(はじめ)て蘇生(よみがへり)たるおもひをなしけり。
一時も一息吐く間も後(おそ)かれと希って居たのに、——けれ共後かれ早かれ一度は来なければならない事が只時を早めて来たと云うばかりであろう。
悲しめる心 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
熱き涙をはらはらと武男が膝(ひざ)に落としつつ「死んでも、わたしはあなたの妻ですわ! だれがどうしたッて、病気したッて、死んだッて、未来の未来の後(さき)までわたしはあなたの妻ですわ!」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
後(あた)あどうでもええようにすんがええや
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
だって、貴女、先生がお嬢さんのお酌で快く御酒を召食(めしあが)れば、それに越した事はありません。後(いま)にその筋から御褒美(ごほうび)が出ます。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
後(うら)さ行つて、川ば見てれば、秋味の野郎、背中ば出して、泳いでるのに、三ヶ月も魚ば喰はねえつてあるか。糞ツたれ。そつたら分らねえ話あるか。
防雪林 (旧字旧仮名) / 小林多喜二(著)
言ひ換(かへ)れば前印象派乃至(ないし)後(こう)印象派の芸術には僕等と共鳴する世界の多いに関(かゝは)らず、猶(なほ)越え難(がた)い距離のあるのを覚えて、ロダンの彫刻にしても、セザンヌ、ゴツホ、マチス諸家の絵にしても
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
正午(ひる)少し後(さが)った頃、公園の見晴しで、花の中から町中(まちなか)の桜を視(なが)めていると、向うが山で、居る処が高台の、両方から、谷のような、一ヶ所空の寂しい士町(さむらいまち)と思う所の、物干(ものほし)の上にあがって
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつも席順は後(し)りである。教師等も教員会議の時に時々は清吉の身の上に話が及ぶと、あれは、天性(てんせい)足らないから仕方がないと、殆(ほとん)ど問題にもしない人がある。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と勢い烈しく抗(むか)いましたから、丹三(たんざ)はこれに憶(おく)して後(あと)へ後(しさ)ると、おえいは嫁入姿の儘で駆出し、可愛い丹三さんに怪我をさせてはならないと思い
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
御機嫌(ごきげん)よろしゅうと言葉後(じり)力なく送られし時、跡ふりむきて今一言(ひとこと)交(かわ)したかりしを邪見に唇囓切(かみしめ)て女々(めめ)しからぬ風(ふり)誰(たが)為(ため)にか粧(よそお)い、急がでもよき足わざと早めながら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御茶漬後(すぎ)(昼飯後)は殊更温暖(あたゝか)く、日の光が裏庭の葱畠(ねぎばたけ)から南瓜(かぼちや)を乾し並べた縁側へ射し込んで、いかにも長閑(のどか)な思をさせる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「伊香保ろの傍(そひ)の榛原(はりはら)ねもころに奥をな兼ねそまさかし善かば」(巻十四・三四一〇)、「さ百合(ゆり)花後(ゆり)も逢はむと思へこそ今のまさかも愛(うるは)しみすれ」(巻十八・四〇八八)等の例がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
だから、民俗は研究せられても、古代生活を対象とする国学の補助とはならなかつた。むしろ、上ッ代ぶり・後(オト)ッ代(ヨ)ぶりの二つの区劃を、益明らかに感じさせる一方であつた。
古代研究 追ひ書き (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
併し、其も、今日から後(サキ)の私の為にも、早川さんや私より後の研究者の為にも、みじめな足場位には、役立つだらうと思ひまして、目を瞑つて、大方の前に暴す事としました。
神島の後(シリ)へに低き 答志 菅島
鵠が音:01 鵠が音 (新字旧仮名) / 折口春洋(著)
ソノ日義貞朝臣(アソン)ニハ、天下ノ士卒ノ将トシテ、降人(カウニン)数万ヲ後(シリヘ)ニ召シ具シ、花ノ都ニ帰リ給フ——と彼の凱旋をたたえた古記はそのまま義貞の風采と見てもよかろう。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これに相當する犯罪を普通に Samghādisesa(サングハーデイセーサ) と云ふのである、そしてこれを説明する南方の佛教學者は Samgha ādi sesa と分析して僧伽(僧團)の始(アーデイ)と後(セーサ)となし
婚姻の媒酌 (旧字旧仮名) / 榊亮三郎(著)
殊に諾册二神が天の御柱を𢌞りて美斗の目合をせさせ給ふ處に「伊耶那美命(イザナミノミコト)先(マヅ)言阿那迩夜志(アナニヤシ)愛袁登古(エヲトコ)袁(ヲトノリタマヒ、)、後(ノチニ)伊耶那岐命(イザナキノミコト)、言阿那迩夜志(アナニヤシ)愛袁登賣(エヲトメ)袁(ヲトノリタマヒキ)、各(オノ/\)言竟之後(ノリタマヒヲヘテノチニ)、告其妹曰(ソノイモニ)、女人先言不良(ヲミナヲトコニサキダチテフサハズトノリタマヒキ)」
倭女王卑弥呼考 (旧字旧仮名) / 白鳥庫吉(著)
出入口の後(バック)が、銀灰色地に赤や紫のトーンあるもの、その前に銀の甲冑の兵を立たせ、非常に奥ゆきある印象を与えた。