“あ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ア
語句割合
開10.0%
上6.9%
逢6.8%
合5.5%
明4.9%
在4.0%
飽3.5%
遇3.4%
空3.3%
彼3.3%
或3.2%
遭3.1%
褪3.0%
有2.8%
挙2.5%
悪2.5%
当2.2%
揚2.0%
宛1.8%
厭1.6%
浴1.5%
倦1.4%
敢1.4%
荒1.3%
中1.2%
呀1.2%
暴1.1%
充1.0%
会0.7%
編0.7%
擧0.6%
豈0.6%
當0.6%
歩0.5%
昂0.5%
生0.4%
呆0.4%
暁0.4%
吾0.3%
擡0.3%
進0.3%
啓0.3%
會0.2%
穿0.2%
非0.2%
適0.2%
阿0.2%
饜0.2%
和0.2%
惡0.2%
翌0.2%
熱0.2%
那0.1%
値0.1%
颺0.1%
焦0.1%
献0.1%
足0.1%
我0.1%
扛0.1%
存0.1%
曙0.1%
吁0.1%
兄0.1%
後0.1%
新0.1%
供0.1%
呈0.1%
捧0.1%
飲0.1%
騰0.1%
仰0.1%
披0.1%
協0.1%
苦0.1%
僕0.0%
抗0.0%
婚0.0%
温0.0%
何0.0%
奇0.0%
排0.0%
覆0.0%
送0.0%
霽0.0%
余0.0%
勝0.0%
唖0.0%
喘0.0%
天0.0%
慊0.0%
掲0.0%
的0.0%
誦0.0%
遭遇0.0%
食0.0%
併0.0%
放0.0%
昇0.0%
産0.0%
畔0.0%
加0.0%
危0.0%
召0.0%
喰0.0%
嘔0.0%
射0.0%
居0.0%
展0.0%
并0.0%
徹0.0%
暖0.0%
曉0.0%
相0.0%
粗0.0%
結0.0%
触0.0%
諷0.0%
逅0.0%
進上0.0%
邂0.0%
娶0.0%
忍0.0%
嫁0.0%
廃0.0%
朕0.0%
沿0.0%
矯0.0%
上荷0.0%
乾0.0%
交0.0%
仕0.0%
住0.0%
保0.0%
偶0.0%
傾0.0%
凶0.0%
剃0.0%
吐0.0%
否0.0%
呵0.0%
唱0.0%
嗋0.0%
噫0.0%
堪0.0%
夫0.0%
契0.0%
妾0.0%
媾0.0%
存在0.0%
対0.0%
属0.0%
屬0.0%
得0.0%
急0.0%
抬0.0%
抵0.0%
拠0.0%
拳0.0%
挑0.0%
捕0.0%
掀0.0%
接0.0%
掩0.0%
搴0.0%
擬0.0%
散在0.0%
敷0.0%
方0.0%
於0.0%
日在0.0%
旦0.0%
昴0.0%
暑0.0%
果0.0%
検挙0.0%
注0.0%
涸0.0%
溢0.0%
灯0.0%
炙0.0%
点0.0%
焙0.0%
煠0.0%
煽0.0%
燻0.0%
猟0.0%
獻0.0%
皆開0.0%
目開0.0%
睜0.0%
示0.0%
称0.0%
糙0.0%
紅0.0%
纂0.0%
罹0.0%
聘0.0%
與0.0%
荒廃0.0%
薦0.0%
行0.0%
被0.0%
裸0.0%
見上0.0%
見合0.0%
証0.0%
誉0.0%
貴0.0%
赤0.0%
起0.0%
蹻0.0%
軒0.0%
辮0.0%
迕0.0%
逮0.0%
遊0.0%
過0.0%
遘0.0%
邂逅0.0%
配0.0%
間0.0%
降0.0%
隙0.0%
集0.0%
青0.0%
鞋0.0%
餘0.0%
驤0.0%
鴉0.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「井戸辺(いどばた)に出ていたのを、女中が屋後(うら)に干物に往(い)ったぽっちりの間(ま)に盗(や)られたのだとサ。矢張(やっぱり)木戸が少しばかし開(あ)いていたのだとサ」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
はて、何(なん)の菜(な)だ、と思(おも)ひながら、聲(こゑ)を掛(か)けようとして、一(ひと)つ咳(しはぶき)をすると、此(これ)は始(はじ)めて心着(こゝろづ)いたらしく、菜(な)を洗(あら)ふ其(そ)の婦(をんな)が顏(かほ)を上(あ)げた。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「私はどんな罪を前生で犯してこうした悲しい目に逢(あ)うのだろう。親たちにも逢えずかわいい妻子の顔も見ずに死なねばならぬとは」
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
火事(くわじ)をみて、火事(くわじ)のことを、あゝ火事(くわじ)が行(ゆ)く、火事(くわじ)が行(ゆ)く、と叫(さけ)ぶなり。彌次馬(やじうま)が駈(か)けながら、互(たがひ)に聲(こゑ)を合(あ)はせて、左(ひだり)、左(ひだり)、左(ひだり)、左(ひだり)。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
見込み「明(あ)けつ放(ぱな)してだれも居ねえのか、この開帳で人の出るのに」とかます烟草入(たばこいれ)と真鍮(しんちゅう)の煙管(きせる)を出し「何だ火もねえや」といひ
つとに祖父の風ありといわれた騎射(きしゃ)の名手で、数年前から騎都尉(きとい)として西辺の酒泉(しゅせん)・張掖(ちょうえき)に在(あ)って射(しゃ)を教え兵を練っていたのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ひるがへつて歐米(おうべい)を見(み)れば、さすがに母語(ぼご)は飽(あ)くまでもこれを尊重(そんてう)し、英米(えいべい)の如(ごと)きは至(いた)るところに母語(ぼご)を振(ふ)りまはしてゐるのである。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
私(わたし)はつい四五日前(まえ)、西国(さいこく)の海辺(うみべ)に上陸した、希臘(ギリシャ)の船乗りに遇(あ)いました。その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
少女は自働車のまん中にある真鍮(しんちゅう)の柱につかまったまま、両側の席を見まわした。が、生憎(あいにく)どちら側にも空(あ)いている席は一つもない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「家には何も心配のことはないのや。彼(あ)の子さへどうかなると淡然(あつさり)とするのやれど、ほんとに困つた。一寸も手を放されんさかい。」
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
どうでしょう、お手間は取らせない積りですが少し付き合って戴けますまいか。私の方は、或(あ)る個人の身元に就いて立ち入ったことを
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
青笹村大字糠前(ぬかのまえ)の長者の娘、ふと物に取り隠されて年久しくなりしに、同じ村の何某という猟師(りょうし)、或(あ)る日山に入りて一人の女に遭(あ)う。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
美しきものは命短しというをモットーとするように豪奢(ごうしゃ)と絢爛(けんらん)が極まると直ぐ色褪(あ)せてあの世の星の色と清涼に消え流れて行きます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
然(しか)し是(これ)は活(い)きた話(はなし)とか、交際(かうさい)とかと云(い)ふものとは又(また)別(べつ)で、餘(あま)り適切(てきせつ)な例(れい)では有(あ)りませんが、例(たと)へば書物(しよもつ)はノタで、談話(だんわ)は唱歌(しやうか)でせう。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
日本のそういった文学だけを挙(あ)げて、中国や西洋の文芸を挙げないで論ずるのはやはり井の中の蛙の譏(そし)りを免れないことになります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
(予美と申すは地下の根底にありて、根の国、底の国とも申して、はなはだきたなく悪(あ)しき国にて、死せる人の罷(まか)り往くところなり)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
其(そ)の口(くち)へ、——忽(たちま)ちがつちりと音(おと)のするまで、丼(どんぶり)を当(あ)てると、舌(した)なめずりをした前歯(まへば)が、穴(あな)に抜(ぬ)けて、上下(うへした)おはぐろの兀(はげ)まだら。……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
片(かた)ッ方(ぽう)でもいけなけりゃ、せめて半分(はんぶん)だけでも揚(あ)げてやったら、通(とお)りがかりの人達(ひとたち)が、どんなに喜(よろこ)ぶか知(し)れたもんじゃねえんで。……
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
窓外は勿論(もちろん)何にも見えなかった。鷲尾はやがて手帳を出して、二三枚ちぎりながら別れてきた末弟へ宛(あ)てて、手紙を書き始めた——。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
が、彼(かれ)は年月(としつき)の經(た)つと共(とも)に、此事業(このじげふ)の單調(たんてう)なのと、明瞭(あきらか)に益(えき)の無(な)いのとを認(みと)めるに從(したが)つて、段々(だん/\)と厭(あ)きて來(き)た。彼(かれ)は思(おも)ふたのである。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
人々のすがたはみな、紅葉(もみじ)を浴(あ)びたように、点々の血汐(ちしお)を染(そ)めていた。勇壮といわんか凄美(せいび)といわんか、あらわすべきことばもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はいつも、頭というものが、彼自身よりも賢いことを知って、感心するのであった。又、彼は何をやってもすぐ倦(あ)いてしまった。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
俺は伍長の不幸な話を聞いたから敢(あ)えて云うんだ。貴様ア避難民の住宅や、工場の為に一家を離散させられたと思ったら間違いだぞ。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
それがこのごろになって、この湖(みずうみ)を時々(ときどき)荒(あ)らしにまいりまして、そのたんびにわたくしどもの子供(こども)を一人(ひとり)ずつさらって行くのです。
田原藤太 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
王子珍考えて、玄石が言うたところの白衣は白鶏の毛、紫巾を戴くとは鶏冠、跣足とは鶏の足、左の眼潰(つぶ)れたるは我が射中(あ)てたのだ。
しかも予期したことながらあまりにも醜怪なる現実に直面して「呀(あ)ッ!」と思わず、私は顔を掩(おお)わずにはいられなかったのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
海が幾日も暴(あ)れて、山中の食料がつきた場合には、対岸の牡鹿(おじか)半島にむかって合図の鐘を撞(つ)くと、半島の南端、鮎川(あゆかわ)村の忠実なる漁民は
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
殊に大新嘗には国中の公田(くでん)を悠紀(ゆき)・主基(すき)に卜定(ぼくてい)して、その所産をもって祭儀の中心たるべき御飯(おんいい)の料に充(あ)てられることになっていた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
旅(たび)の途中(とちゅう)で、煙草畑(たばこばたけ)に葉をつんでいる少女に会(あ)った。少女はついこのあいだ、緋(ひ)おどし谷(だに)から里(さと)へ帰ってきた胡蝶陣(こちょうじん)のなかのひとり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木曾(きそ)は檜木(ひのき)の名所(めいしよ)ですから、あの木(き)を薄(うす)い板(いた)に削(けづ)りまして、笠(かさ)に編(あ)んで冠(かぶ)ります。その笠(かさ)の新(あたら)しいのは、好(い)い檜木(ひのき)の香氣(にほひ)がします。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
是(ここ)に於(おい)て齊(せい)の軍(ぐん)の善(よ)く射(い)る者(もの)をして、(五三)萬弩(ばんど)、道(みち)を夾(はさ)んで伏(ふく)せしめ、(五四)期(き)して曰(いは)く、『暮(くれ)に火(ひ)の擧(あ)がるを見(み)ば倶(とも)に發(はつ)せよ』
彼はあたかも難産したる母の如し。自(みず)から死せりといえども、その赤児は成育せり、長大となれり。彼れ豈(あ)に伝うべからざらんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「先刻(さつき)土手(どて)さ行(え)く時(とき)、堀(ほり)つ子(こ)ん處(とこ)へ辷(すべ)つたんですが、其(そ)ん時(とき)かうえに汚(よご)したんでせうよ」とおつぎは泥(どろ)に成(な)つた腰(こし)のあたりへ手(て)を當(あ)てた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
愛宕町(あたごちやう)は七八丁の距離しかないので銀之助は静(しづ)のこと、今の妻(さい)の元子(もとこ)のことを考へながら、歩(あゆ)むともなく、徐々(のろ/\)歩(あ)るいた。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
多津吉は、盥(たらい)のごとき鉄鉢を片手に、片手を雲に印象(いんぞう)した、銅像の大きな顔の、でっぷりした頤(あご)の真下(まっした)に、屹(きっ)と瞳を昂(あ)げて言った。
東の京に住む君は、西なる京なつかしと思(おぼ)さぬにてはあらざりき。父の帝の眠ります西の京、其処(そこ)に生(あ)れまし十六まで育(そだ)ち玉ひし西の京、君に忘られぬ西の京。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
新子は、夫人が更に何を云い出すのかと、呆(あ)っ気に取られて、夫人の顔を、ぼんやり見上げていると
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夜暁(あ)ければ颯々(さっさつ)の秋風ばかり哭(な)いて、所々の水辺に、寒げに啼く牛の仔と、灰色の空をかすめる鴻(こう)の影を時たまに仰ぐくらいなものであった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吾(あ)は老い、吾(あ)は嘆けり。吾(あ)は白し、早や輝けり。吾(あ)は消えむ、ああ早や、吾(あ)が妻、吾(あ)が子、吾(あ)が弟(いろと)、吾(あ)が族(ぞう)の、残れる者、ことごとく滅(めつ)せん。
篁 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かくて曲者は間近の横町に入(い)りぬ。辛(から)うじて面(おもて)を擡(あ)げ得たりし貫一は、一時に発せる全身の疼通(いたみ)に、精神漸(やうや)く乱れて、屡(しばし)ば前後を覚えざらんとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「叔父さん、風邪(かぜ)を引くといけませんよ——シャツでも進(あ)げましょう」と言って、正太は豊世の方を見て、「股引(ももひき)も出して進げな」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は殆(ほとん)ど我家に帰り来(きた)れると見ゆる態度にて、傱々(つかつか)と寄りて戸を啓(あ)けんとしたれど、啓かざりければ、かの雍(しとやか)に緩(ゆる)しと謂ふ声して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「來年(らいねん)また歸(かへ)つて來(く)る迄(まで)は會(あ)はないから、隨分(ずゐぶん)氣(き)を付(つ)けて」と云(い)つた。其(その)歸(かへ)つて來(く)る時節(じせつ)には、宗助(そうすけ)はもう歸(かへ)れなくなつてゐたのである。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ペツポ怒りて、頑(かたくな)なる女かな、この木履もてそちが頭に、ピアツツア、デル、ポヽロの通衢(おほぢ)のやうなる穴を穿(あ)けんと叫びぬ。
坦々たる古道の尽くるあたり、荊棘(けいきよく)路を塞(ふさ)ぎたる原野に対(むかひ)て、これが開拓を勤むる勇猛の徒を貶(けな)す者は怯(きよう)に非(あ)らずむば惰なり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
「外国の土に善く適(あ)ふからと云つてその木をすぐ日本へ持つて来て植ゑると云ふ事は間違つてゐる。日本には日本の桜がある。」
だから、坊さんが、お經を讀むのを聞いてゐると、隨所で、「阿(あ)、阿(あ)、阿(あ)ア‥‥」と引つぱツては又、朗々と、續けてゆく。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
母子の為には幾許(いかばかり)の幸(さいはひ)なりけん。彼は貫一に就いて半点の疑ひをも容(い)れず、唯饜(あ)くまでも娧(いとし)き宮に心を遺(のこ)して行けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と自分は答えたが、まだ余っている餌を、いつもなら土に和(あ)えて投げ込むのだけれど、今日はこの児に遺(のこ)そうかと思って
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
次なる者は、牧者に讓らんとて(その志善かりしかど結べる果(み)惡(あ)しかりき)律法(おきて)及び我とともに己をギリシアのものとなせり 五五—五七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ひとことでいえば、わたしは翌(あ)くる朝レスリーに会ったとき、心配でならなかったのだ。彼はすでに細君に話をしてきたのだ。
妻 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
失敬な奴だ。嘘(うそ)をつきゃあがった。それから下女が膳(ぜん)を持って来た。部屋は熱(あ)つかったが、飯は下宿のよりも大分旨(うま)かった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『僕は貴女に然う言はれると、心苦しいです。誰だつて那(あ)の際那(あ)の場処に居たら、那麽(あれ)位の事をするのは普通(あたりまへ)ぢやありませんか?』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
弟子の心得となるべき禅門の教訓をもいろいろと認(したた)めて、仏世の値(あ)いがたく、正法の聞きがたく、善心の起こしがたく、人身の得がたく
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
秋らしい光線が、枝葉のやや萎(な)えかかった銀杏(いちょう)の街路樹のうえに降り灑(そそ)ぎ、円タクの颺(あ)げて行く軽い埃(ほこり)も目につくほどだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しまいにはボンヤリしてしまって、ワケのワカラナイ泪(なみだ)ばかりがボロボロ落ちて来るんだ。コンナ事ではいけないと思って、焦(あ)せれば焦せるほど筆がいう事を聞かなくなるんだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
聖天様(しょうでんさま)には油揚(あぶらあげ)のお饅頭(まんじゅう)をあげ、大黒様(だいこくさま)には二股大根(ふたまただいこん)、お稲荷様(いなりさま)には油揚を献(あ)げるのは誰も皆知っている処である。
「串(じょう)、串戯(じょうだん)をするな、誰(だ)、誰だよ、御串戯もんですぜ。藪(やぶ)から棒に土足を突込みやがって、人、人の裾を引張るなんて、土、土足でよ、足(あ)、足ですよ、失礼じゃねえか、何(な)、何だな、誰(だ)、誰だな。」
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
稲(いね)舂(つ)けば皹(かが)る我(あ)が手(て)を今宵(こよひ)もか殿(との)の稚子(わくご)が取(と)りて嘆(なげ)かむ 〔巻十四・三四五九〕 東歌
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
土手(どて)の篠(しの)の高(たか)さに見(み)える蜀黍(もろこし)は南風(なんぷう)を受(う)けて、さし扛(あ)げた手(て)の如(ごと)き形(かたち)をなしては先(さき)から先(さき)へと動(うご)いて、其(そ)の手(て)が溯(さかのぼ)る白帆(しらほ)を靜(しづ)かに上流(じやうりう)へ押(お)し進(すゝ)めて居(ゐ)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
算盤(そろばん)ずくで遊山する了見にはなりたくないもの、江戸ッ児の憧憬はここらにこそ存(あ)っておるはずであるのに……。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
家ごとの炊煙(すいえん)は、曙(あ)けたばかりの町の上へ、戦(いくさ)のように立ちのぼっていた。大津の宿駅は、湖北から石山までぼかしている朝がすみと、その熾(さかん)な煙の下に見えてきた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常人(つねなみのひと)ならば吁(あ)といひて逃(にぐ)べきに、さはなくてその方に身を対(むけ)てつら/\見るに、斯(かう)闇(くら)くなりしにかゝるものゝあり/\と見ゆるもたゞ人ならじと猶よく見れば
あら、やに無愛想(ぶあいそう)だね。またあの兄(あ)んちゃんのことでも考えてるんだろ。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
是れはたしか黒澤翁麿(おきなまろ)あたりの工夫でありませうか、少數のむつかしい假名から教へて行くと云ふと、後(あ)との容易(やさ)しいのは自然に分ると云ふ方法があります。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
朝(あさ)はいよ/\新(あ)たらしく
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そこで私(わし)がいた蓮光寺へ葬りました、他に誰も寺参りをするものがないから、主人が七日までは墓参りに来たが、七日後は打棄(うっちゃ)りぱなしで、花一本供(あ)げず
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『其様(そん)な、君のやうな——』と丑松は省吾の顔を眺めて、『人が呈(あ)げるツて言ふものは、貰ふもんですよ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
奥さん達は観音堂で御祈祷を捧(あ)げた。田鶴子さんが社交振りを発揮して一緒に坐り込んでしまったものだから、僕達は待っていなければならなかった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「私が、側にいるようになったら、そんな毒なものは、もう飲(あ)げない。そして可愛がってばかりあげる」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
米(こめ)の不作(ふさく)のときは、米(こめ)の価(あたい)が騰(あ)がるように、くわの葉(は)の価(あたい)が騰(あ)がって、広(ひろ)いくわ圃(ばたけ)を所有(しょゆう)している、信吉(しんきち)の叔父(おじ)さんは、大(おお)いに喜(よろこ)んでいました。
銀河の下の町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ここに少憩して付近の勝(しょう)を探ぐり、はるかに左方春日山(かすがやま)の城跡(じょうせき)を仰(あ)おいで、曠世(こうせい)の英傑上杉輝虎(てるとら)の雄図を偲(しの)び、夕陽(せきよう)斜めに北海の怒濤(どとう)を照(てら)すの夕闇に、潮(うしお)鳴(な)りの物凄き響きをききつつ
何か書いたものを持って来て何(なん)と云っても帰らないから、五十銭も遣(や)って、後(あと)で披(あ)けて見ると、子供の書いたような反故(ほご)であることなどが度々(たび/\)ありますから
鯛(たい)は無(なく)とも玉味噌(たまみそ)の豆腐汁、心協(あ)う同志(どし)安らかに団坐(まどい)して食う甘(うま)さ、或(あるい)は山茶(やまちゃ)も一時(いっとき)の出花(でばな)に、長き夜の徒然(つれづれ)を慰めて囲い栗(ぐり)の、皮剥(むい)てやる一顆(いっか)のなさけ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
買いたるは手品師にて、観世物(みせもの)の磔(はりつけ)にするなりき。身体(からだ)は利かでも可(よ)し、槍(やり)にて突く時、手と足掙(もが)きて、苦(あ)と苦痛の声絞らするまでなれば。これにぞ銀六の泣きしなる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕(あ)は恋(こほ)し、罷(まか)りゆかずば
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
奴のいまだ答えざるに先だちて、御者はきと面を抗(あ)げ、かすかになれる車の影を見送りて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
葉染(はぞめ)の姫(ひめ)に見(み)ぞ婚(あ)ひて、生(あ)れにし汝(いまし)
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
ただようてくる温(あ)ったかい三平汁(さんぺいじる)の香(におい)
サガレンの浮浪者 (新字新仮名) / 広海大治(著)
云う事うにもことう欠(け)えて、まあ何(あ)んたらことう吐(こ)くだ!
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
常によく見る夢ながら、奇(あ)やし、懐(なつ)かし、身にぞ染む。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
凄じい地響をさせて突進して來た列車が停ると、信吾は手づから二等室の扉(ドア)を排(あ)けて身輕に降り立つた。乘降の客や驛員が、慌しく四邊(あたり)を驅ける。汽笛が澄んだ空氣を振はして、汽車は直ぐ發(た)つた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
盃洗の水をザンブリと覆(あ)け、鬼小僧はひどく上機嫌、ニヤリニヤリと笑ったが
柳営秘録かつえ蔵 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
明日、何時頃に使ひを送(あ)げうぞ!
文章その他 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
夕立が霽(あ)がったばかりである。崖土(がけつち)はすべる。女童(めわらべ)の二人は、ようやく河原へ降りて行った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「うん、そんなら云ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余(あ)まされているんだ。いくら下宿の女房だって、下女たあ違うぜ。足を出して拭(ふ)かせるなんて、威張(いば)り過ぎるさ」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或(あるひ)は地(ち)を擇(えら)んで之(これ)を蹈(ふ)み、時(とき)にして然(しか)る後(のち)言(こと)を出(いだ)し、行(ゆ)くに(五六)徑(こみち)に由(よ)らず、(五七)公正(こうせい)に非(あら)ざれば憤(いきどほり)を發(はつ)せず、而(しか)も禍災(くわさい)に遇(あ)ふ者(もの)、勝(あ)げて數(かぞ)ふ可(べ)からざる也(なり)。余(よ)甚(はなは)だ惑(まど)ふ。
と、道場で彼と槍を合せた鉄舟は、殆ど、唖(あ)然たるばかりな驚きに打たれた。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この自分を、誰かどうにかしてくれんか——喘(あ)えぐようにそう心の底に叫んで、彼はぎょろぎょろと周囲を見まわした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
緩やかに道糸に送りをくれておいて、水から抜き上げる手際(てぎわ)は、我が子ながら天(あ)っ晴れと感じたのであった。
小伜の釣り (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
商賣女の白粉臭いのに慊(あ)きると、素人(しろうと)娘に眼をつけて、今から七八年前から、江戸で名うての處女(むすめ)を漁(あさ)り始めた
切て勘當(かんだう)せしに渠(かれ)方々(はう/″\)を彷徨(さまよふ)うち少く醫師の道を覺え町内へ來て山田元益と表札(へうさつ)を掲(あ)げ門戸(もんこ)を張れども素(もと)より拙(つたな)き庸醫(ようい)なれば病家は最(いと)も稀々(まれ/\)にて生計(くらし)の立つほど有らざれば内實(ないじつ)賭博(とばく)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そういう先の的(あ)てがどことなく心を急がしているので、せっかくN君の東道に立ってくれた鷹ヶ峰の門前町の跡も、光悦寺から見た光悦蒔絵そのままな野趣も、鷹ヶ峰だけにできて他にはできない
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新「何(なん)だな其様(そん)な事をして兄い困るよ、藪を突付(つっつ)いて蛇を出す様な事をいっちゃア困らアな、今お経を誦(あ)げてるから、エーおい兄い、それはそれにして埋めて仕舞おう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
曾(かつ)て私が亜弗利加のサハラの沙漠を探検した時、次のような不思議な又哀れな事件に遭遇(あ)ったことがございます。
「君がお食(あ)がりなさるなら、下宿を出ると二三軒先にありますよ。行つてさう言つたらいいでせう。」
蒼白き巣窟 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
勝家も、山路正国を説かすに香餌(こうじ)をもってした。——即ち越前坂井郡の丸岡城と、その近地併(あ)わせて十二万石を与えようという約束なのだ。正国はそれに目が眩(くら)んだ。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
市場とばかりぢぢむさい匂ひを放(あ)げる着物の下に
その代り月給も昇(あ)げてくれないが、いくら月給を昇げてくれてもこういう取扱を変じて万事営業本位だけで作物の性質や分量を指定されてはそれこそ大いに困るのであります。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寒真中(まなか)高々として産(あ)れし声
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「勝ちさびに天照大御神(あまてらすおおみかみ)の営田(みつくだ)の畔(あ)離(はな)ち溝(みぞ)埋(う)め、また大嘗(おおにえ)きこしめす殿に屎(くそ)まり散らしき」
神話と地球物理学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ロミオ 鞭(むち)を加(あ)てい、鞭(むち)を、もっと/\。さうで無(な)いと「勝(か)った」と呼(よ)ぶぞよ。
勇気ばかりでなく、智恵(ちゑ)もすぐれてゐるニナール姫は、そんな危(あ)ぶないことをする代りに、別に安全な方法を考へ出して、アルライや、馬賊たちのすることをこつそりと見てゐました。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「お煙草は、召(あ)がりません?」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「旅のお方。先ほどから、気づいてはおりましたが、女一人、父が戻るまでは、お上げ申すわけには参りませぬが、この雪に、そんな所においでなされては、凍え死にまする。——土間へ這入って、芋粥(いもがゆ)なと召し喰(あ)がりませ」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は苦しげにものを嘔(あ)げていた。早く帰れとは云わずに、瞳をうるませた女であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
『漢書』に漢武守宮(やもり)を盆で匿し、東方朔(とうぼうさく)に射(あ)てしめると、竜にしては角なく蛇にしては足あり、守宮か蜥蜴だろうと中(あ)てたので、帛(きぬ)十疋を賜うたとある。蜥蜴を竜に似て角なきものと見立てたのだ。
そして四辺(あたり)にはとても枝(えだ)ぶりのよい、見上(みあ)げるような杉(すぎ)の大木(たいぼく)がぎッしりと立(た)ち並(なら)んで居(あ)りましたが、その中(なか)の一番(ばん)大(おお)きい老木(ろうぼく)には注連縄(しめなわ)が張(は)ってあり、そしてその傍(かたわら)に白木造(しらきづく)りの
前夜訪ねて来て書式を聞いて行つたのだから、展(あ)けて見なくても解職願な事は解つてゐる。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
日浮びて暉(ひかり)を重ね、雲散りて烟(かす)まず。柯(えだ)を連ね穗を并(あ)はす瑞(しるし)、史(ふみひと)は書(しる)すことを絶たず、烽(とぶひ)を列ね、譯(をさ)を重ぬる貢(みつき)、府(みくら)に空しき月無し。名は文命よりも高く、徳は天乙に冠(まさ)れりと謂ひつべし。
ただこの一夜を語り徹(あ)かした時の二葉亭の緊張した相貌や言語だけが今だに耳目の底に残ってる。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
大庭 そこは暖(あ)つたかいかい?
五月晴れ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
もう吐(は)く息が白く見えます。品川の海が曉(あ)け始めて、驛馬の鈴の音。
相逢無語翻多恨 相(あ)い逢(あ)いて語(ことば)無(な)く翻(かえ)って多恨(なごりお)し
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この批評家の人格の野鄙(やひ)さ粗(あ)らさ、こせこせした誹謗(ひぼう)と毒舌、思いあがった冷酷な機智、一口にいえばその発散する「検事みたいな悪臭」に、チェーホフは嘔吐(おうと)をもよおしたのである。
「もとどりを結(あ)げてくれい」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひっつめ鬢(びん)の昔も子供臭く、髱(たぼ)は出し、前髪は幅広にとり、鏡も暇々に眺め、剃刀(かみそり)も内証で触(あ)て、長湯をしても叱られず、思うさま磨(みが)き、爪の垢(あか)も奇麗に取って、すこしは見よげに成ました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
暗に私に諷(あ)てつけて散三(さんざ)に当り散らした。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ところがその後、予備門(今の高等学校)の生徒控室でゆくりなくもこの五分刈の巨頭君に邂(で)逅(あ)って、喫驚(びっくり)して窃(ひそか)に傍人に訊(き)いて、初めてこれが石橋助三郎という人であると教えられた。
失礼でございますけれど差上げとうございます、ねえお父様、進上(あ)げたっていいでしょう、と取りなしてくれた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
船へ乗ろうとすると、又重さんが首を縊ろうとしてえたから、また助けて船へ入れると、オヤお嬢さん、オヤ番頭かと云って主従(しゅうじゅう)邂(あ)うというは妙な事ではないか、そこで己の考えには
大長谷の若建(わかたけ)の命一、長谷(はつせ)の朝倉(あさくら)の宮二にましまして、天の下治らしめしき。天皇、大日下の王が妹、若日下部の王に娶(あ)ひましき。
この御子は、高木の神の女萬幡豐秋津師比賣(よろづはたとよあきつしひめ)の命に娶(あ)ひて生みませる子、天の火明(ほあかり)の命、次に日子番(ひこほ)の邇邇藝(ににぎ)の命二柱にます。
ここにすなはちその海邊の波限(なぎさ)に、鵜の羽を葺草(かや)にして、産殿(うぶや)を造りき。ここにその産殿(うぶや)、いまだ葺き合へねば、御腹の急(と)きに忍(あ)へざりければ、産殿に入りましき。
然れども後には、その伺見(かきまみ)たまひし御心を恨みつつも、戀(こ)ふる心にえ忍(あ)へずして、その御子を養(ひた)しまつる縁(よし)に因りて、その弟(いろと)玉依毘賣に附けて、歌獻りたまひき。その歌
ここに八上(やがみ)比賣、八十神に答へて言はく、「吾は汝たちの言を聞かじ、大穴牟遲の神に嫁(あ)はむ」といひき。
次に倭(やまと)比賣の命は、伊勢の大神の宮を拜(いつ)き祭りたまひき。次に伊許婆夜和氣(いこばやわけ)の王は、沙本の穴本(あなほ)部の別が祖なり。次に阿耶美都(あざみつ)比賣の命は、稻瀬毘古の王に嫁(あ)ひましき。
三方にある廃(あ)れた庭には、夏草が繁って、家も勝手の方は古い板戸が破(こわ)れていたり、根太板(ねだいた)が凹(へこ)んでいたりした。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いよいよ住むとなると、廃(あ)れたようなその家にも不足があった。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
朕(あ)れ内典(ほとけのみのり)を興隆(おこ)さむと欲(おも)ふ。方将(まさ)に寺刹(てら)を建てむときに、肇(はじ)めて舎利を求めき、時に、汝が祖父司馬達等(しばたちと)便(すなわ)ち舎利を献(たてまつ)りき。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
乙酉(きのととり)、天皇皇后及び草壁皇子尊(くさかべのみこのみこと)、大津皇子(おほつのみこ)、高市皇子(たけちのみこ)、河島皇子(かはしまのみこ)、忍壁皇子(おさかべのみこ)、芝基皇子(しきのみこ)に詔(みことのり)して曰(のたまは)く、朕(あ)れ今日汝(なんぢ)等と倶(とも)に庭(おほば)に盟(ちか)ひて、千歳の後に事無からむと欲(ほり)す。奈之何(いかに)。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
土塊(どくわい)の如(ごと)く動(うご)かぬ彼(かれ)の身體(からだ)からは憐(あはれ)に微(かす)かな煙(けぶり)が立(た)つて地(ち)を偃(は)うて消(き)えた。藁(わら)の火(ひ)を沿(あ)びた時(とき)其(そ)の火(ひ)が襤褸(ぼろ)な彼(かれ)の衣物(きもの)を焦(こが)したのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おつぎは當面(まとも)に埃(ほこり)を受(う)けるのには遠(とほ)く吹(ふ)きつける土砂(どしや)が頬(ほゝ)を走(はし)つて不快(ふくわい)であつた。手拭(てぬぐひ)の端(はし)を捲(ま)くつて沿(あ)びせる埃(ほこり)の爲(ため)に髮(かみ)の毛(け)の荒(あ)れるのを酷(ひど)く嫌(きら)つた。それでも其(その)手(て)もとは疎略(そりやく)ではなかつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ふと轟(とどろ)いたお政の声に、怖気(おじけ)の附いた文三ゆえ、吃驚(びっくり)して首を矯(あ)げてみて、安心した※お勢が誤まッて茶を膝(ひざ)に滴(こぼ)したので有ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と云わして置いて、お勢は漸く重そうに首を矯(あ)げて、世にも落着いた声で、さもにべなく
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
魚市場に上荷(あ)げてあつた葢(ふた)もない黒砂糖の桶に腰をかけて
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
乾(あ)さずをせ七。ささ八。 (歌謠番號四〇)
巻八(一四六五)に、藤原夫人(ふじわらのぶにん)の、「霍公鳥(ほととぎす)いたくな鳴きそ汝が声を五月(さつき)の玉に交(あ)へ貫(ぬ)くまでに」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
まだ幾(いく)らも刈(か)られてない田(た)は、黄褐色(くわうかつしよく)の明(あか)るい光(ひかり)を反射(はんしや)して、處々(しよ/\)の畑(はたけ)に仕(あ)る桑(くは)も、霜(しも)に逢(あ)ふまではと梢(こずゑ)の小(ちひ)さな軟(やはら)かな葉(は)の四五枚(まい)が潤(うるほ)ひを有(も)つて居(ゐ)るのみである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その後この付近は復興も遅々として進まず、寺はいよいよ荒れていくばかりですが、今は三ヶ寺とも、相当な住職と寺男とが住(あ)って、檀家の評判もよいということであります。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
炭を買うから少(すこし)ばかり貸せといったら一俵位なら俺家(おれんとこ)の酒屋で取って往けと大(おおき)なこと言うから直ぐ其家(そこうち)で初公の名前で持て来たのだ。それだけあれば四五日は保(あ)るだろう
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
孔子、王道を行なわんと欲して東西南北し、七十たび説(ぜい)したれども、偶(あ)う所なかりき。故に衛の夫人と弥子瑕とに因りて、その道を通ぜんと欲せり。(『淮南子(えなんじ)』、泰族訓)
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
不意に呼びかけられて、右手に編笠を傾(あ)げるうちにも、左手は一刀の鯉口を、こう栂指(おやゆび)で押えていようといった嗜(たしな)みは、敵(かたき)持ちか、要心深さがさせる業(わざ)か、とに角(かく)容易ならぬ心掛の若者です。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「だって、吉(よ)かれ凶(あ)しかれ事件(こと)さえ起れば、あなたの懐中(ふところ)へお宝は流れ込むんで」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
脊の高い、血色のよい、綺麗に剃(あ)てられた紳士で、その澄んだ目、輝く頬、——と、ベーカー街の霧の中からは遥に離れた処に生活している人に相違ないと思われた。
照ちやんはげえ/\吐(あ)げ乍ら一日苦しんで居た。
この寄宿舎は食事だけは藩命の者と否(あ)らざる者とを問わず、藩より支給せられて、多くは賄方が請負で仕出をしていたが、あるいは小使をして拵えさせた時もあった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
對手の心事、酒代にありと見て取つた若紳士は、事の組し易きを喜んで、手早く握つた銀貨、二枚、三枚、光る物手をすべつて男の掌に移るよと見る間に「呵(あ)」と叫んで紳士は身を轉換(かは)した。
二十三夜 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
もし君が僕の言うことを聞く気があるなら、一つ働いて通る量見になりたまえ。何か君は出来ることがあるだろう——まあ、歌を唄うとか、御経を唱(あ)げるとか、または尺八を吹くとかサ。
朝飯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
予(われ)口張って嗋(あ)う能わず、また何ぞ老耼を規さんや(『荘子』)。
噫(ああ)、噫(あ)、世も許し、人も許し、何よりも自分も許して、今時も河岸をぞめいているのであったら、ここでぷッつりと数珠を切る処だ!……思えば、むかし、夥間(なかま)の飲友達の、遊び呆(ほう)けて
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、恋なればこそ止(や)ん事(ごと)なき身を屈して平生(ひごろ)の恩顧を思ふて夫(あ)の美くしき姫を麿に周旋(とりもち)せいと荒尾先生に仰せられた。荒尾先生ほとほと閉口した。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
少女は又俯(うつむ)きて坐せり。前(さき)にアヌンチヤタの我に語りし希臘の神女も、石彫の像なれば瞻視(せんし)をば闕(か)きたるべし。今我が見るところは殆ど全くこれに契(あ)へりとやいふべき。
かれ後に木(こ)の花(はな)の佐久夜(さくや)毘賣、まゐ出て白さく、「妾(あ)は妊(はら)みて、今産(こう)む時になりぬ。こは天つ神の御子、私(ひそか)に産みまつるべきにあらず。かれ請(まを)す」
そして、第一に媾(あ)はれるのが、此紐をといた女である。さうして、其人が后になるのである。だが此事は、もう奈良の頃は忘れられて了ひ、此行事以後、御子を育てる所の、乳母の役になつた。
大嘗祭の本義 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
撲られる苦痛で、典膳とお浦とは身悶えし、身悶えするごとに、二人の体は、宙で、縒(よ)じれたり捻(ね)じれたりし、額や頤をぶっつけ合わせた。そういう二人の顔は、窓の高さに存在(あ)った。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人は、こう言い対(あ)うと、童子を真中にして庭後へ出た。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まだ蒙(くら)し、遥(はる)けきは鴻荒(あらき)に属(あ)へり。
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まだ蒙(くら)し、遙(はる)けきは鴻荒(あらき)に屬(あ)へり。
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
内儀は白糸の懐に出刃を裹(つつ)みし片袖を撈(さぐ)り得(あ)てて、引っ掴(つか)みたるまま遁(のが)れんとするを、畳み懸けてその頭(かしら)に斫(き)り着けたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
然し、急(あ)せれば急(あ)せる程、私は最早やどうしても二十歳(はたち)の時のやう、他愛なく夢見るやうに遊ぶ事は出來ないらしく思はれた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
お今はふと想い出したように頭を抬(あ)げた。
爛 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼を喝(かつ)せし怒(いかり)に任せて、半(なかば)起したりし体(たい)を投倒せば、腰部(ようぶ)の創所(きずしよ)を強く抵(あ)てて、得堪(えた)へず呻(うめ)き苦むを、不意なりければ満枝は殊(こと)に惑(まど)ひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
拠(あ)げるが、徳富蘇峰氏の「近世日本国民史」元禄時代中篇
寺坂吉右衛門の逃亡 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
内(うち)我が国外交の状態につき、近く儂(のう)の感ずる処を拳(あ)ぐれば、曩日(さき)に朝鮮変乱よりして、日清の関係となり、その談判は果して、儂ら人民を満足せしむる結果を得しや。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
しばらくして、浦子は玉(ぎょく)ぼやの洋燈(ランプ)の心を挑(あ)げて、明(あかる)くなった燈(ともし)に、宝石輝く指の尖(さき)を、ちょっと髯(びん)に触ったが、あらためてまた掻上(かきあ)げる。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お目にかかったついでに、重松様に、一日も早く下手人が捕(あ)げられるように、よくあっしからも頼んでおこう」
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
簾(すだれ)を掀(あ)げて姐娥(そが)と共に語らんと欲す
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人を以て蟹に及(し)かざるべけんやと、独り合点これを久しゅうせし内、かの親切な蟹の歩み余りに遅く、時々立ち留まりもするを訝(いぶか)り熟視すると何の事だ、半死の蟹の傷口に自分の口を接(あ)て
今は堪(た)へ難くて声も立ちぬべきに、始めて人目あるを暁(さと)りて失(しな)したりと思ひたれど、所為無(せんな)くハンカチイフを緊(きびし)く目に掩(あ)てたり。静緒の驚駭(おどろき)は謂ふばかり無く
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
阿宝は車の中から孫を見つけて、しんなりした手で簾(すだれ)を搴(あ)げて、目もはなさずに見つめた。孫はますます心を動かされて後から従いて往った。阿宝はとうとう侍女に言いつけて孫に尋ねさした。
阿宝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
紅蓮(ぐれん)大紅蓮という雪の地獄に、俎(まないた)に縛られて、胸に庖丁を擬(あ)てられながら、救(すくい)を求めて悶(もだ)えるとも見える。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして二人の周囲に散在(あ)る物といえば、五郎蔵の乾児たちの死骸であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『大学様、おしとねを、お敷(あ)て遊ばしませ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鈎をおろすに方(あ)りて、大事とること総て此の如くなれば、一旦懸りたる魚は、必ず挙げざる無く、大利根の王と推称せらるるも理(ことわ)りなり。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
その一方、筆頭与力の蓑賀殿はその役所に於(あ)って一人の客と対談していた。まぎれもない、かの大阪のさる富商の手代である。
御幣担(ごへいかつ)ぎの多い関西(かんさい)、特(こと)に美しいローマンチックな迷信に富む京都(きょうと)地方では、四季に空に日在(あ)って雨降る夕立を呼んで、これを狐の嫁入(よめいり)と言う
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
『淮南子(えなんじ)』またいう、〈鶏はまさに旦(あ)けんとするを知り、鶴は夜半を知る、その鳴高亮(こうりょう)、八、九里に聞ゆ、雌は声やや下る、今呉人園囿(えんゆう)中および士大夫家の皆これを養う
「でも、狂人(きちがい)になるには何か仔細(わけ)があるでしょう。」と、冬子は目眦(まなじり)を昴(あ)げて追窮(ついきゅう)した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「大將だらうが兵隊だらうが御酒のよう飮めんやうな男は一人前とはいはれへん。さ、三田公、飮まん人はほつといて、こちらはこちらで飮みまほ。おゝ暑(あ)つ。足袋脱がして貰ひまつせ。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
夢の市郎兵衛も町の英雄なら、船河原町の兵二郎も町の英雄だったかも知れません。それが果(あ)えなくも殺されて死んでいたというのです。
やがて地下に潜って検挙(あ)げられた人だ。死刑廃止論の古典であるベッカリヤを訳して詳しい研究をつけて出版したことは、記憶されねばならぬ。
社会時評 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
主婦さんは例の冷し藥の土鍋に藥を注(あ)けるらしく
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
大徳のさすがに、此の毒ある流をば、九八など涸(あ)せては果し給はぬや。いぶかしき事を九九足下(そこ)にはいかに弁(わきま)へ給ふ。
遂(つひ)に溢(あ)ふれて漲(みなぎ)りて
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
◯いつも夜中、警報中に「おい、灯(あ)かりついとるぞ!」「灯かり消せ!」とどなり立てている丘の下の町に、きょうはどっと歓声があがるのを聞いた。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
導者は我等一行を引きて此火殼(くわかく)を踐(ふ)ましめたるに、足跡炙(あ)ぶるが如く、我等の靴の黒き地に赤き痕(あと)を印するさま、橋上の霜を踏むに似たり。處々に斷文ありて、底なる火を透し見るべし。
一一一看(み)る看る日は入り果てて、一一二宵闇(よひやみ)の夜のいとくらきに、灯(ひ)を一一三点(あ)げざればまのあたりさへわかぬに、只澗(たに)水の音ぞちかく聞ゆ。あるじの僧も又眠蔵(めんざう)に入りて音なし。
物(もの)焙(あ)ぶる炉(ゐろり)のほとり頸(うなじ)垂れ愁(うれ)ひしづめば
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その名を商家の帳簿に題し、家を立つる時祀り、油を像にかけ、餅や大根を供うるなどよく大黒祭に似る。また乳脂で煠(あ)げた餅を奉るは本邦の聖天供(ぐ)の油煠げ餅に酷似す。
燃え上った火炎は折からの突風に煽(あ)おられ煽おられて、それこそ扇を広げた様な型になって末ひろがりに広がって行った。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
無尽蔵にいる兎や狐を狩り取ることもいと容易(や)すければ、その肉を燻(あ)ぶることも焼くことも大して手間は取らなかったが、私の目指す森林の奥まで持ち運ぶ方法に苦しんだ。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
同胞新聞の楼上なる、編輯室(へんしふしつ)の暖炉(ストウブ)の辺(ほとり)には、四五の記者の立ちて新聞を猟(あ)さるあり、椅子に凭(よ)りて手帳を翻(ひるが)へすあり、今日の勤務の打ち合はせやすらん
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ヂュリ 有(あ)る限(かぎ)りを改(あらた)めて獻(あ)げうために。とはいへ、それも、畢竟(ひっきゃう)は、戀(こひ)しいからのこと、献(あ)げたいと思(おも)ふ心(こゝろ)も海(うみ)、戀(こひ)しいと思(おも)ふ心(こゝろ)も海(うみ)の、其(その)底(そこ)は測(はか)り知(し)られぬ。
そしてギヤルソンは隣の化粧部屋へ通ふ戸、談話室との間に垂れた帳(とばり)などを皆開(あ)けた。バルコンもある。棕櫚竹(しゆろちく)の大きい鉢が二つ置いてあつた。わたしはバルコンへ出た。目の下が水である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
 絵本ども病める枕を囲むとも母を見ぬ日は寂しからまし 人形は目開(あ)きてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
眠(ねむ)くはないので、ぱちくり/\目(め)を睜(あ)いて居(ゐ)ても、物(もの)は幻(まぼろし)に見(み)える樣(やう)になつて、天井(てんじやう)も壁(かべ)も卓子(テエブル)の脚(あし)も段々(だん/\)消(き)えて行(ゆ)く心細(こゝろぼそ)さ。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、それは、示(あ)かせない……
武「名乗って出てお上の御処刑を受けた跡でお題目の一遍も称(あ)げてお呉れ」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山地向陽の草間に生じて一株に一条ないし三条許(ばかり)の茎が出て直立し斜めに縦脈のある狭長葉を互生し茎と共に手ざわり糙(あ)らき毛を生ずる。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「剛さん、マ、何を貴郎(あなた)」と梅子はサツと、面(かほ)を紅(あ)かめぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ギゾーの古い事は言うまでもないが。ギゾーがかの錯雑(さくざつ)した欧羅巴の歴史の事実を巧(うま)く綾に纂(あ)んで概括した、あの力というものは非常なものである。
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
開戦に前(さき)だって、火災に罹(あ)ったのは、ともすれば他を恃みたくなる雑念を焼き払って、一層、われわれの信念を強固にしてくれたようなものだ。その意味で祝杯を
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嘗(かつ)て父の通夜過ぎの晩に不忍池(しのばずのいけ)の中之島の蓮中庵で、お雛妓かの子に番(つが)えた言葉を思い出し、わたくしの方から逸作を誘い出すようにして、かの女を聘(あ)げてやりに行った。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
『若(も)し誰(だれ)でも其(そ)の説明(せつめい)の出來(でき)たものに』と愛(あい)ちやんが云(い)ひました、(此所(こゝ)少時(しばらく)の間(あひだ)に大變(たいへん)大(おほ)きくなつたので、誰(た)れ憚(はゞか)る所(ところ)もなく大膽(だいたん)に喙(くち)を容(い)れて)、私(わたし)は十錢(せん)與(あ)げてよ。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
海の底かのように、庭は薄蒼く月光に浸っていた。庭は、まことに広く、荒廃(あ)れていた。庭の一所に、頼母の眼を疑がわせるような、物象(もののかたち)が出来ていた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鍾繇(しょうよう)は、魏の大老である。野に隠れたる大人物とは、いったい誰をさしていうのか。叡帝(えいてい)は忌憚(きたん)なくそれを薦(あ)げよといった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
問屋の方をすっかり封ぜられた磯野は、前のように外を遊び行(あ)るいていてばかりもいられなかった。碁敵(ごがたき)や話し相手に渇(かつ)えている叔父も、磯野の寄りついて来るのを、結句悦(よろこ)んでいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
我(わ)れは知(し)らねど胸(むね)にや刻(きざ)まれし學士(がくし)が言(い)ひし詞(ことば)一言(ごん)半句(はんく)も忘(わす)れず、歸(かへ)り際(ぎは)は此袖(このそで)をかく捉(と)らへて待(ま)つとし聞(き)かば今(いま)かへり來(こ)んと笑(わら)ひながらに仰(おほ)せられし被(あ)のお聲(こゑ)も最(も)う聞(き)くことは出來(でき)ず
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
濤声松林を洩れて襲ひ、海風清砂を渡つて来る。童子の背は渋を引きたる紙の如く黒く、少娘の嬌は半躰を裸(あ)らわして外出するによりて損せず。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
勇吉(ゆうきち)は、太陽(たいよう)がきらきらする、森(もり)の方(ほう)を見上(あ)げて、笑(わら)いました。白(しろ)い雲(くも)が、帆(ほ)のように、青(あお)い空(そら)を走(はし)っていきました。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
三人(にん)は、思(おも)いがけない反対(はんたい)に出(で)あって、たがいに顔(かお)を見合(あ)わせました。
眼鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
アンドラダは、立場を証(あ)かしてくれる人を失い、それゆえセシル(バアリイ)もだんだんアンドラダをスペインに買収された男と睨むにいたったのである。
其の流れのきよきを誉(あ)げしなるを思へば、ここの玉川も毒ある流れにはあらで、歌の意(こころ)も、一〇八かばかり名に負(お)ふ河の此の山にあるを、ここに詣(まう)づる人は一〇九忘る忘るも
「およしだって、貴(あ)んたは私になんでも御よしと云う事は出来ないと思ってらっしゃい。エエそうだ私は世の中の男をおどしてビックリさせて頓死させるために生れて来たんですもの——」
お女郎蜘蛛 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
赤(あ)アカい壁(か)アべにぶつかったア
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
四肢(し)を弛(ゆる)めて地(つち)に領伏(ひれふ)し、身動きもせでしばらく横たわりたりしが、ようよう枕(まくら)を返して、がっくりと頭(かしら)を俛(た)れ、やがて草の根を力におぼつかなくも立ち起(あ)がりて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
石原の踏み込んだ処を見ると、泥は膝(ひざ)の上までしか無い。鷺(さぎ)のように足を蹻(あ)げては踏み込んで、ごぼりごぼりと遣って行く。少し深くなるかと思うと、又浅くなる。
雁 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
言い棄(す)てて、部屋のなかに、ごろりと寝転んだ、碌さんの去ったあとに、圭さんは、黙然(もくねん)と、眉(まゆ)を軒(あ)げて、奈落(ならく)から半空に向って、真直(まっすぐ)に立つ火の柱を見詰めていた。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
義人の妝飾(そうしょく)は「髪を辮(あ)み金を掛けまた衣〔を着〕るがごとき外面の妝飾にあらず、ただ心の内の隠(かくれ)たる人すなわち壊(やぶ)ることなき柔和(にゅうわ)恬静(おだやか)なる霊」
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
甚しきは且つ一臂袒(ひたん)せざれば、輒(すなわ)ち鹿馬の奸に迕(あ)いて、遠く豺狼(ひょうろう)の地に竄(ざん)せられ、朝士之がために寒心す。また且つ平民の膏腴(こうゆ)、肆(ほしいまま)に貪食するに任す。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして犯行後数時間目に逮(あ)げられたのだが、警官から肩を押えられると同時に、何等悪びれた風もなく、自分が犯人であることをまっすぐに自白してしまって、しかしそれ以来
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「まあ、御めん遊(あ)せや」
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一歩を過(あ)やまれば涙であるきわまれる明朗、直截は現代人の同感されたる微笑である。
燕王の言に曰く、予(よ)始め難に遘(あ)う、已(や)むを得ずして兵を以て禍(わざわい)を救い、誓って奸悪(かんあく)を除き、宗社を安んじ、周公(しゅうこう)の勲を庶幾(しょき)せんとす。意(おも)わざりき少主予が心を亮(まこと)とせず、みずから天に絶てりと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彷徨(さまよ)ってそこ迄行ったのであった。詐欺師と邂逅(あ)ったロハ台へ、私は一人で腰をかけていた。生暖かい夜風、咽るような花の香、春蘭の咲く季節であった。噴水はすでに眠っていた。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
贔屓にして五六度呼びました………すると美代吉はあなた様と深く云い交してある事を他(た)の芸者から聞きましたゆえ、何うぞして配(あ)わして遣りたいと
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
糸子(いとこ)も間(あ)ひの襖(ふすま)の際(きは)にぴつたりと身(み)を寄(よ)せつあやしのことよと耳(みゝ)そばだつれば、松野(まつの)例(れい)に似(に)ぬ高調子(たかてうし)に然(さ)らば聞(き)かし參(まゐ)らせん御歸邸(ごきてい)のうへ御主君(ごしゆくん)、殊(こと)に緑君(みどりくん)に御傳(おつた)へ願(ねが)ひたし、糸子(いとこ)が契約(けいやく)の良人(をつと)とは
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
検(あらた)め見れば、鈎※(はりす)、沈(おもり)、綸など、紊(みだ)れに紊れ、処々に泥土さへ着きて、前回の出遊に、雪交りの急雨に降(あ)ひ、手の指亀(かじか)みて自由利かず、其のまゝ引きくるめ、這々(ほうほう)の体にて戻りし時の
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
と、彼の左側に居たレオは、突然ぬつくと立ち上つたが、煙を出すために少しばかり隙(あ)けて置いた戸の隙間からすり抜けて外の方へ出て行つた。それから急にけたたましい短い声で吠え出した。
そして、今夜にも火事が打始(ぶつぱじま)らねえ者でも無(ね)えといふので、若い者が午(ひる)から学校へ寄り集(あ)つて、喞筒の稽古を為(し)て居るんでごわす。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
青(あ)アオい空(そ)オラを見イたら
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
華美の戰鞋(あ)を耀ける其双脚に穿ちつゝ
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
それとも、餘(あ)まり手輕(てがる)う手(て)に入(い)ったとお思(おも)ひなさるやうならば、故(わざ)と怖(こは)い貌(かほ)をして、憎(にく)さうに否(いや)と言(い)はう、たとひお言寄(いひよ)りなされても。さもなくば、世界(せかい)かけて否(いや)とは言(い)はぬ。
また鄒陽(すうよう)の書に、〈蛟竜(こうりょう)首を驤(あ)げ、翼を奮えばすなわち浮雲出流し、雲霧咸(みな)集まる〉とあれば、漢の世まで、常の竜も往々有翼としたので、『山海経』に、〈泰華山蛇あり肥遺と名づく
「二十九日。微雨。午ニ近ク霽(せい)ヲ放ツ。八丁目ニ抵(いた)ル。民舎ノ機杼伊(きじょい)鴉(あ)トシテ相響ク。コノ間古昔信夫(しのぶ)文字摺(もじずり)ヲ出セシ所。今ニ至ルモ蚕桑ヲ業トシ多ク細絹ヲ産ス。(中略)桑折ノ駅ニ宿ス。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)