“遊”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
あそ84.2%
あそび4.9%
あす3.3%
あそば3.1%
いう0.7%
あそん0.7%
ゆ0.7%
ゆう0.4%
アソバ0.2%
あ0.2%
あし0.2%
あぞ0.2%
いで0.2%
すさ0.2%
たわむ0.2%
や0.2%
航0.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「兄(にい)さん、この金魚(きんぎょ)は、ほんとうに強(つよ)い金魚(きんぎょ)ですこと。たった一つになっても、元気(げんき)よく遊(あそ)んでいますのね。」と、妹(いもうと)がいいました。
水盤の王さま (新字新仮名) / 小川未明(著)
この時司の禿(かぶろ)であった娘が、浜照(はまてる)という名で、来月突出(つきだし)になることになっていた。栄次郎は浜照の客になって、前よりも盛(さかん)な遊(あそび)をしはじめた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
成程左様(さう)言はれて見ると、少許(すこし)も人を懼(おそ)れない。白昼(ひるま)ですら出て遊(あす)んで居る。はゝゝゝゝ、寺の内(なか)の光景(けしき)は違つたものだと思つたよ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
髭(ひげ)むしやの鳥居(とりゐ)さまが口(くち)から、逢(あ)ふた初手(しよて)から可愛(かわい)さがと恐(おそ)れ入(い)るやうな御詞(おことば)をうかゞふのも、例(れい)の澤木(さわぎ)さまが落人(おちうど)の梅川(うめがは)を遊(あそば)して
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
狭斜(けふしや)の遊(いう)あるを疑はれしとて、「家有縞衣待吾返(いへにかういありわがかへるをまつ)、孤衾如水已三年(こきんみづのごとくすでにさんねん)」など云へる詩を作りしは、聊(いささか)眉に唾すべきものなれど、竹田(ちくでん)が同じく長崎より
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
道で遊(あそん)でいる小さな児が茱萸を食いながら余の方を不思議そうに見ておるなども時々あった。木曾路へ這入って贄川(にえかわ)まで来た。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
遊(ゆ)く水は再び還(かえ)らず、魯陽(ろよう)の戈(ほこ)は落日を招き還(かえ)しぬと聞きたれど、何人も死者を泉下より呼起(よびおこ)すべき術(すべ)を知らぬ限(かぎり)は、われも徒爾(いたずら)に帰らぬ人を慕うの女々(めめ)しく愚痴なるを知る
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
留まりたもうこと三日、杭州(こうしゅう)、天台(てんだい)、雁蕩(がんとう)の遊(ゆう)をなして、又雲南に帰りたもう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もう/\、軽はずみな咒術(オコナヒ)は思ひとまることにしよう。かうして、魂(タマ)の游離(アクガ)れ出た処の近くにさへ居れば、やがては、元のお身になり戻り遊(アソバ)されることだらう。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
「まあ、御めん遊(あ)せや」
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「遊(あし)びみ、そーれー、たい。」
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
父(とう)さんはお前達(まへたち)のやうに、竹馬(たけうま)に乘(の)つて遊(あぞ)び廻(まは)ることも好(す)きでした。雪(ゆき)の日(ひ)には殊(こと)にそれが樂(たのし)みでした。大黒屋(だいこくや)の鐵(てつ)さん、問屋(とひや)の三郎(らう)さんなどゝといふ近所(きんじよ)の子供(こども)が、竹馬(たけうま)で一緒(しよ)になるお友達(ともだち)でした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
真の極楽はそんなものでない事を暗にいったものです。親鸞上人(しんらんしょうにん)は「煩悩(ぼんのう)の林に遊(いで)て神通を現ずる」(遊煩悩林現神通(ゆうぼんのうりんげんじんつう))
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
摺竹(すりだけ)の振り面白い江戸の遊(すさ)びであった。
護法堂の布袋(ほてい)、囲りに唐児(からこ)が遊(たわむ)れて居る巨大な金色の布袋なのだが、其が彫塑であるという専門的穿鑿をおいても、この位心持よい布袋を私は初めて見た。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「八十三郎がいないから、なお、いいじゃないか。兄貴の君とはちがって、あれは、通人だぞ。なかなか、蔭(かげ)にまわって、遊(や)っとるらしい」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは/\何とも云はれない話で、その次第は其時に私が認めて置た此西遊(航)記の中にも一寸書てある。