“ま”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:マ
語句割合
間19.7%
先8.5%
撒6.9%
真6.7%
待6.1%
捲5.1%
未3.6%
蒔3.5%
俟2.5%
目2.4%
交2.2%
舞2.2%
眼2.0%
枉1.9%
負1.8%
室1.7%
曲1.6%
巻1.5%
増1.4%
播1.4%
況1.2%
復1.2%
優1.0%
敗0.9%
混0.9%
稀0.8%
卷0.7%
魔0.7%
廻0.6%
亦0.5%
摩0.5%
又0.4%
眞0.4%
雑0.4%
眩0.3%
須0.3%
抂0.3%
竢0.3%
任0.3%
坐0.2%
屈0.2%
再0.2%
尚0.2%
勝0.2%
面0.2%
前0.1%
磨0.1%
在0.1%
円0.1%
眉0.1%
参0.1%
委0.1%
擬0.1%
迷0.1%
纏0.1%
益0.1%
将0.1%
撤0.1%
歪0.1%
猶0.1%
模0.1%
枕0.1%
驀0.1%
丸0.1%
全0.1%
回0.1%
塗0.1%
摸0.1%
晦0.1%
傾0.1%
况0.1%
応0.1%
老0.1%
覓0.1%
馬0.1%
際0.0%
当0.0%
希0.0%
雜0.0%
求0.0%
繞0.0%
設0.0%
還0.0%
且0.0%
惑0.0%
澗0.0%
遅0.0%
今0.0%
俣0.0%
倍0.0%
劣0.0%
參0.0%
囲0.0%
完0.0%
彎0.0%
散0.0%
暇0.0%
淆0.0%
熟0.0%
竣0.0%
紛0.0%
罷0.0%
迄0.0%
開0.0%
和0.0%
思0.0%
拙0.0%
方0.0%
秒0.0%
と0.0%
な0.0%
乍0.0%
也0.0%
仕舞0.0%
侯0.0%
候0.0%
倦0.0%
傚0.0%
充0.0%
其0.0%
凶0.0%
剰0.0%
名0.0%
周0.0%
囘0.0%
圓0.0%
守0.0%
巡0.0%
忍0.0%
愈0.0%
招0.0%
振0.0%
損0.0%
撓0.0%
播種0.0%
旋0.0%
時0.0%
更0.0%
有0.0%
松0.0%
正0.0%
泄0.0%
減0.0%
渦0.0%
滋0.0%
灑0.0%
爪0.0%
看0.0%
真実0.0%
稼0.0%
絡0.0%
纒0.0%
罕0.0%
翔0.0%
老成0.0%
聞0.0%
蟠0.0%
蠱0.0%
覆0.0%
退0.0%
遘0.0%
長0.0%
隙0.0%
馳0.0%
髷0.0%
𢌞0.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「それは、ともかく、こんなところでマゴマゴしていると、また客にとっつかまる。この間(ま)に提灯を消して急いで逃げ出しましょう」
「何が無くとも、熱い雑炊でも進ぜよう。先(ま)ず先ず炉端へくつろがれるが宜(よ)い、夜が明けたら、早速麓の村まで送り届けて進ぜよう」
それじゃあ砂を撒(ま)いて置いたらどうでしょう。その男が空でも飛んで来れば別ですが、歩いて来るのなら足跡はのこる筈ですからね。
青年と死 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やがて大きなつめでひっかくような音(おと)がすると思(おも)うと、はじめ真(ま)っ黒(くろ)な雲(くも)と思(おも)われていたものが急(きゅう)に恐(おそ)ろしい化(ば)けものの形(かたち)になって
鵺 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
おじいさんは、来年(らいねん)の春(はる)になるのを待(ま)ったのです。ついに、その春(はる)がきました。すると、常夏(とこなつ)の芽(め)は、ぐんぐんと大(おお)きくなりました。
花と人間の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
紐(ひも)も、紙鳶に相応(ふさは)しい太い緒(いと)だし、それが捲(ま)かれてある枠(わく)も、子供では両手で抱へてゐなければならぬ程、大きな立派なものである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「ああ、いい事があらあ」釈迦(しゃか)の十蔵と云う未(ま)だ二十二三の男が叫んだ。彼は忠次の盃(さかずき)を貰ってから未だ二年にもなっていなかった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
相接する機会が多く、じっさい、何だかんだとしじゅう一しょに噂の種を蒔(ま)いて世間の脚下灯(きゃっかとう)に立っているんだから、止(や)むを得ない。
必ず坐して守り以てその醒(さ)むるを俟(ま)つ、その醒むるを俟つにあらず、その懼るるを俟つなり〉とある、自分を懼れぬ者を食わぬのだ。
この意見は、本来はなんの根拠もないものではあるが、目(ま)のあたり眺めたときには私の想像力がすぐなるほどと思ったものであった。
光秀は恩を謝して、それを持つと、歩卒に交(ま)じって、前線に出、乱軍となると、敵地へふかく駈けこんだまま姿をかくしてしまった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風(かぜ)がきますと、いままでの、美(うつく)しい赤(あか)い葉(は)は、ぱたりと枝(えだ)から空(そら)に離(はな)れて、ひらひらと舞(ま)って、下(した)の川(かわ)の中(なか)に落(お)ちてしまいました。
三匹のあり (新字新仮名) / 小川未明(著)
眼玉を剥(む)いて、眼(ま)ばたきを怺(こら)えて見せる。目や鼻や口を、皺苦茶(しわくちゃ)に寄せて見せる。長いベロを伸ばして、鼻の頭まで届かせて見せる——
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしまもるところのものは、権利、自然の大法、一歩も枉(ま)ぐることのできない各人の自己に対する主権、正義、真理、などである。
そんな素直(すなお)な考(かんが)えも心(こころ)のどこかに囁(ささや)かないでもなかったのですが、次(つ)ぎの瞬間(しゅんかん)には例(れい)の負(ま)けぎらいが私(わたくし)の全身(ぜんしん)を包(つつ)んで了(しま)うのでした。
で、旅宿(やどや)の一室(ま)で出来るだけ小さくなつて、溜息ばかり吐(つ)いてゐると、次の日曜日の朝、夫人は金糸雀(かなりや)のやうな声ではしやぎ出した。
草がからだを曲(ま)げて、パチパチ云(い)ったり、さらさら鳴ったりしました。霧が殊(こと)に滋(しげ)くなって、着物(きもの)はすっかりしめってしまいました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
朝霧(あさぎり)がうすらいでくる。庭の槐(えんじゅ)からかすかに日光がもれる。主人(しゅじん)は巻(ま)きたばこをくゆらしながら、障子(しょうじ)をあけ放(はな)して庭をながめている。
箸 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「なんの、ばかばかしい。なんとか名を付けて重(おも)た増(ま)しでも取ろうとするのは駕籠屋の癖だ」と、外記は直ぐに思い直して笑った。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
教会へは及ばずながら多少の金を取られて居(を)る、而(さう)して家庭(かない)へ禍殃(わざはひ)の種子(たね)を播(ま)かれでも仕(し)ようものなら、我慢が出来るか如何(どう)だらう
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
況(ま)してお金の事など、どうして頼む事が出来よう。意気地のない私はお金を儲ける事などは無論のこと、借りに行く所さえないのだ。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「叔母さん、どんなに私は是方(こっち)へ参るのが楽みだか知れませんでしたよ。お近う御座いますから、復(ま)たこれから度々(たびたび)寄せて頂きます」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、俺は、悟空の(力と調和された)智慧(ちえ)と判断の高さとを何ものにも優(ま)して高く買う。悟空は教養が高いとさえ思うこともある。
いまさら、敗(ま)けツこはないでせう……。こゝまで来て敗けたりしちやア眼もあてられない。私は、敗けるなンざア考へてもみない。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
行くゆく沿道の村落で聞く風説などにも、ずいぶん戒心(かいしん)を要するものがある。その中には多分に、敵の流言も混(ま)じっているからだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次第に日はかたむいて、寺院のあたりを徘徊(はいかい)する人の遠い足音はいよいよ稀(ま)れになってきた。美しい音色の鐘が夕べの祈祷(きとう)を告げた。
「御蔭(おかげ)で取(と)られた品物(しなもの)が又(また)戻(もど)りましたよ」と云(い)ひながら、白縮緬(しろちりめん)の兵兒帶(へこおび)に卷(ま)き付(つ)けた金鎖(きんぐさり)を外(はづ)して、兩葢(りやうぶた)の金時計(きんどけい)を出(だ)して見(み)せた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と魔(ま)もののように吼(ほ)えた呂宋兵衛は、すでに、味方(みかた)の半(なか)ばはきずつき、半ばはどこかへ逃げうせたのを見て、いよいよ狼狽(ろうばい)したようす。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傍(かたわら)の卓子(テーブル)にウイスキーの壜(びん)が上(のっ)ていてこっぷの飲み干したるもあり、注(つ)いだままのもあり、人々は可(い)い加減に酒が廻(ま)わっていたのである。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
男も亦(ま)た余り我儘(わがまゝ)過ぎると思ひますの——梅子さん、是れは世界の男に普通のでせうか、其れとも日本の男の特性なのでせうか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
あの人の塁(るい)を摩(ま)そうと目標にされるような、大女優にして残したかった。こういうのも貞奴の舞台の美を愛惜するからである。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
其後(そのご)雲飛(うんぴ)は壮健(さうけん)にして八十九歳に達(たつ)した。我が死期(しき)來(きた)れりと自分で葬儀(さうぎ)の仕度(したく)などを整(とゝの)へ又(ま)た子(こ)に遺言(ゆゐごん)して石を棺(くわん)に收(おさ)むることを命(めい)じた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
『十八丁だすて、東光院まで。……この道を眞(ま)ツ直(す)ぐに行きますと、駐在所(ちうざいしよ)があつて、其處(そこ)から北へ曲るんやさうだす。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
甲州小判大判取り雑(ま)ぜ、数万両、他に、刀剣、名画等を幾何(いくばく)ともなく強奪したのを最後に、世の中から姿を消してしまったそうじゃ
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
眼が眩(ま)う。隣歩きで全然(すっかり)力が脱けた。それにこの恐(おッそ)ろしい臭気は! 随分と土気色になったなア! ……これで明日(あす)明後日(あさって)となったら——ええ思遣られる。
本草経の所謂神農本草経であることは論を須(ま)たない。しかし当時此名の下に行はれてゐて信頼すべき書は存在してゐなかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「何があるもんか、少しのお賽銭で自然法を自分の都合の好い方へ抂(ま)げようという横着な料簡があるばかりさ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
何らかの意味において基底的なるものが考えられるかぎり、それは自ら働くものではない。自己否定を他に竢(ま)たなければならない。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
『ボズさん!』と僕(ぼく)は思(おも)はず涙聲(なみだごゑ)で呼(よ)んだ。君(きみ)、狂氣(きちがひ)の眞似(まね)をすると言(い)ひ玉(たま)ふか。僕(ぼく)は實(じつ)に滿眼(まんがん)の涙(なんだ)を落(お)つるに任(ま)かした。(畧)
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
かれ出雲(いづも)に到りまして、大神(おほかみ)を拜み訖(を)へて、還り上ります時に、肥(ひ)の河一八の中に黒樔(くろす)の橋一九を作り、假宮を仕へ奉(まつ)りて、坐(ま)さしめき。
下(さ)げての詫(わび)ごと何(なん)としてするべきならずよしや膝(ひざ)を屈(ま)げればとて我親(わがおや)決(けつ)して肯(きゝい)れはなすまじく乞食(こつじき)非人(ひにん)と落魄(おちぶ)るとも新田如(につたごと)きに此口(このくち)腐(くさ)れても助(たす)けを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
而も、手を挙げて合図した彼の胸のポケットには、幼い英司君の写真が収められてゐたのだと思ふと、再(ま)たしても、涙を誘はれるのである。
旧友の死 (新字旧仮名) / 辰野隆(著)
心の隅(すみ)の何処(どこ)かに尚(ま)だ残ってる政治的野心の余燼(よじん)等の不平やら未練やら慚愧やら悔恨やら疑惑やらが三方四方から押寄せて来て
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
他力易行と教えて来たが、思いに勝(ま)さる事実の応験。愛慾泥裏の誑惑(きょうわく)の男と女がそのままに、登る仏果の安養浄土、恐ろしき法力ではあるなあ。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
忘れんとして躊躇(ちゅうちょ)する毛筋の末を引いて、細い縁(えにし)に、絶えるほどにつながるる今と昔を、面(ま)のあたりに結び合わす香(におい)である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「お前(ま)はんも何かないと、お困りだろうからね、若(わー)さんなら、堅くてさっぱりしていて、世話の焼けない方だから、よかろうと思ってね。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あるいは例の消極的修養に必要な道具かも知れない。昔(むか)し或る学者が何とかいう智識を訪(と)うたら、和尚(おしょう)両肌を抜いで甎(かわら)を磨(ま)しておられた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われは身の既に死して無際空間の氣海に漂へるを覺えたり。我身は將(まさ)に昇りて天に在(ま)せる父の許(もと)に往かんとす。然るに一物の重く我頭上を壓するあり。是れ我罪障なるべし。
乳が止まることのあるものだと聞くと、乳母は、胸へ手を当て、眼を円(ま)るくした。「ともかく明日わたしが又来るから、そのとき模様を見てあげよう。」
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
何者であるか更に想像は附かぬけれど確かに帽子を眉(ま)深に冠り、目には大きな目鏡を掛けて居た様に思われる、通例の人ではなく、他人に認められるを厭う人だと云う事は是だけで分って居る。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そうすると嫁に参(ま)いって三日目にたった一人の下女が急に病気になって宿へ下がりました。良人(やど)は社へ出て不在(るす)ですし、晩になっても御飯の副食物(おかず)を拵(こし)らえる事が出来ません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
こう極端になってはもう物頭(ものがしら)たちの抑(おさ)えもきかない。帷幕(いばく)からの厳命も、部将に委(ま)かせておいたのでは、到底収拾(しゅうしゅう)はつくまいと、勝家は思い極めたものとみえる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私もいつかその口擬(ま)ねを覚えて、天幕の店へ坐っていた。
雨の回想 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
よくも案内を知らないので半分は迷(ま)ひ子になりながら、この騒ぎのなかを怪我(けが)もしないで見てあるくうち、とう/\宮城へ入り込んでしまひました。
拾うた冠 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
次に右の御髮の輪に纏(ま)かれていた珠をお請けになつて囓みに囓んで吹き棄てる息の霧の中からあらわれた神はアメノホヒの命
女にしてみると、こうして見出されるよりは、いままでのように誰にも気づかれずに婢としてはかなく埋もれていた方がどんなに益(ま)しか知れなかった。……
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
哀(かなし)む者は福(さいわい)なり、其故如何? 将(ま)さに現われんとする天国に於て其人は安慰(なぐさめ)を得べければ也とのことである。
看板の宣伝かたがた札びらを切って歓を交し、多勢の女中にも余分の祝儀(しゅうぎ)をばら撤(ま)き、お母さんお母さんと煽(あお)りたてられて、気をよくしているのであったが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
歪(ま)げて、自分一存の計らいを取りおきましたことは罪万死に値(あたい)いたしまする。法は紊(みだ)すべからずです。今日参上いたしましたのも、まったくは唯、そのご処分を
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何か知らぬが猶(ま)だ/\金ピカ/\の本が大きな西洋書棚に一杯あるさうで、大抵な者は見たばかりで烟(けむ)に巻かれるさうだ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
寛畝さんのものはわりによく模(ま)ねてあると思いますが、真物はまだまだずっと筆に勁烈(けいれつ)なところがあります。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
かれ天皇、その謀を知(し)らしめさずて、その后の御膝を枕(ま)きて、御寢したまひき。
「須磨口から驀(ま)しぐらに、街道をすすんでくる一軍こそ、足利直義(ただよし)の主力。だが、あわてるなと申せ」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はむしろ懸崖(けんがい)の中途が陥落して草原の上に伏しかかったような容貌(ようぼう)であった。細君は上出来の辣韮(らっきょう)のように見受けらるる。今余の案内をしている婆さんはあんぱんのごとく丸(ま)るい。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも裁判長の態度には、その教養あるものに対するのとは全(ま)るでちがつた同情があるのですから、その点でも当然もう少しの理解はあつてもいゝものだと私は考へたのです。
ある女の裁判 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
それから私の手の下で、小さな咽喉仏(のどぼとけ)を二三度グルグルと回(ま)わして、唾液(つばき)をのみ込むと、頬を真赤にしてニコニコ笑いながら、いかにも楽しそうに眼をつむった。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ホコリに塗(ま)みれた素跣足(すはだし)の上に、背縫(せぬい)の開いた囚人服を引っかけて、太い、新しい荒縄をグルグルと胸の上まで巻き立てている彼の姿を見たら、大抵の者が震え上がったであろう。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しどろの足を摸(ま)ねされて、飛行(ひぎやう)の空に憧(あこ)がるゝ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
正面は群集で身動きもならないので、甘(うま)く晦(ま)いたのだ。
アリゾナの女虎 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
彼(かれ)は只(たゞ)自分(じぶん)の心配(しんぱい)だけを底(そこ)から蓋(ふた)から打(ぶ)ち傾(ま)けて畢(しま)はねば堪(た)へられなかつたのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
况(ま)して初めより、如何あらんと疑弐(ぎじ)する日に出でゝ、興趣を感ずべき筈なし、徒(ただ)に時間と金銭を費すに過ぎず。
研堂釣規 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
聡明にして感情を有したる地下の故人、応(ま)さに余の依然として呉下蒙(ごかもう)たるを笑ふなるべし。地下の故人よ、嗚呼(あゝ)余は依然として呉下蒙たるなり。
透谷全集を読む (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
鷲尾が畳みかけると、微笑(わら)っている無邪気そうな眼の中を、おそろしく老(ま)せたものが一瞬キラリとよぎったと思われた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
『かしこきやすめら御國(みくに)はうまし國うら安の國くにのまほくに』『百八十(ももやそ)と國はあれども日の本のこれの倭(やまと)にます國はあらず』『天地のそきへのきはみ覓(ま)ぎぬとも御國(みくに)にましてよき國あらめや』
愛国歌小観 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
馬(ま)ぐさ小屋(ごや)の中の高いびきは、定(さだ)めし心地(ここち)よい熟睡(うまい)におちているだろう。お長屋(ながや)の灯(ひ)もみんな消(き)えて、卜斎(ぼくさい)の家のなかも、主(あるじ)のこえなく、客(きゃく)の笑(わら)いもたえて、シンとしてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
己酉(つちのととり)(二十八日)……さらに日本(やまと)の乱伍(らんご)、中軍(ちゅうぐん)の卒を率いて進みて大唐の軍を伐(う)つ。大唐、便(すなわ)ち左右より船を夾(はさ)みて繞(めぐ)り戦う。須臾(とき)の際(ま)に官軍(みいくさ)敗績(やぶ)れぬ。水に赴(おもむ)きて溺死(しぬ)る者衆(おお)し。
金将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
また竹は勢よく割れるものであるから人間たるものの気性も当(ま)さにそうあるべきものだとそれに比較せられます。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
上に述べた通り、古エジプトや西アジアや古欧州の竜は、あるいは無足の大蛇、あるいは四足二翼のものだったが、中世より二足二翼のもの多く、また希(ま)れに無足有角のものもある。
やぶれた床の下を水だけがもとの儘せせらぎの音を立てて流れてゐるやうなのも雜(ま)じつてゐた。
ふるさとびと (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
哭きつつ求(ま)ぎしかば、すなはち見得て、その木を拆(さ)きて、取り出で活して、その子に告りて言はく、「汝ここにあらば、遂に八十神に滅(ころ)さえなむ」
知らせに驚いて出先から、兄が飛んで来ますし、ひっそりとした田舎の家が、たちまち人の大群に取り繞(ま)かれて、破(わ)れるような騒ぎになりました。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
汝(な)が身は汝(な)が設(ま)けし
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
黄昏(たそがれ)家を出で、暫らく水際に歩して還(ま)た田辺に迷ふ。螢火漸く薄くして稲苗将(まさ)に長ぜんとす。涼風葉を揺(うご)かして湲水(くわんすゐ)音を和し、村歌起るところに機杼(きじよ)を聴く。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
夫れ大人(ひじり)の制(のり)を立つる、義(ことわり)必ず時に随ふ。苟(いやしく)も民に利(くぼさ)有らば、何ぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)はむ。且(ま)た当(まさ)に山林(やま)を披払(ひらきはら)ひ宮室(おほみや)を経営(をさめつく)りて、恭(つゝし)みて宝位(たかみくらゐ)に臨み、以て元元(おほみたから)を鎮むべし。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
すなわちこの様に解釈してこそこの歌、すなわち、「妹(いも)が為(た)め菅(すが)の実(み)採(と)りに行(ゆ)きし吾(あ)れ山路(やまぢ)に惑(ま)どひ此(こ)の日(ひ)暮(くら)しつ」
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
半島の東側面には方言に澗(ま)と称する大小の入江が多く、西海岸は反対にほとんと一続きの砂浜であるが、その砂浜に尻を塞がれて今も小さな潟が残り
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
往反ノ者此(こ)ノ路ニ率(したが)ヒ由(よ)ラザルハナシ矣、其(そ)ノ俗天下ニ女色ヲ衒(てら)ヒ売ル者、老少提結シ、邑里(ゆうり)相望ミ、舟ヲ門前に維(つな)ギ、客ヲ河中ニ遅(ま)チ、少(わか)キ者ハ脂粉謌咲(かしょう)シテ以テ人心ヲ蕩(まど)ハシ
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何とも思わんな。さ、おとっさまの前で今(ま)一度言って見なさい、さ言って見なさい。御先祖代々のお位牌も見ておいでじゃ。さ、今(ま)一度言って見なさい、不孝者めが‼
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
菊五郎の松王丸、「やれ俣(ま)たれよ玄蕃殿」と声かけ駕籠(かご)より出で、左手に刀を杖(つ)き、下手の床几(しょうぎ)にかかり「助けて返す」にて咳入り「つら改めて」にて右手を懐に入れ、後へ体をのしてきまる。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
お附の者に連れられて自分の室(へや)に帰って、昨日にも倍(ま)して結構な朝御飯を済ました。ところがその御飯が済むと、やがて一人の立派な軍人が這入って来て藍丸王に最敬礼を為(し)ながら——
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作、杉山萠円(著)
彼は、女に劣(ま)けない程度に冷静を装ったつもりだけれど、その文束を持った指先が無残にふるえていた。
ふみたば (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
秩父宮召したまふなりあなかしこ麻布第三聯隊に參(ま)ゐのぼる我は
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
旅籠屋に帰ってから、半蔵らは珍客を取り囲(ま)いて一緒にその日の夕方を送った。正香というものが一枚加わると、三人は膝(ひざ)を乗り出して、あとからあとからといろいろな話を引き出される。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
完(ま)ツたくそれだ、其何物かだよ。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
代助は赤い唇(くちびる)の両端(はし)を、少し弓(ゆみ)なりに下(した)の方へ彎(ま)げて蔑(さげす)む様に笑つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「嘘(うそ)を仰(おつ)しやい。序(ついで)だから、みんな打(ぶ)ち散(ま)けて御仕舞(しまひ)なさい」
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
殆んど暴君のような逞しい勢いで払っている暇(ま)もなく襲ってくるのであった。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
乗り込んで来るのは真昼間(まっぴるま)である。鍋の底からは愛嬌(あいきょう)が湧(わ)いて出る。漾(ただよ)うは笑の波だと云う。攪(か)き淆(ま)ぜるのは親切の箸と名づける。鍋そのものからが品(ひん)よく出来上っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて瑠美子たちの愛らしい一組の新舞踊も済み、親たちが自慢の衣裳(いしょう)をつけて、年の割りにひどく熟(ま)せた子も引っ込んで、見応(みごた)えのある粒の大きいのも、数番つづいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は佛教が尤も孝道を重んずることを主張し、儒教も佛教の協力を竣(ま)つて、一層孝道を完成することが出來ると主張して居る。されど彼の主張は、決して論爭的でなく、寧ろ妥協的である。
じっと、見詰めていると最初銀かニッケルと思った金属は、銀ほどは光が無くニッケルほど薄っぺらでないのに、気が付いた。彼は指先で、二三度撫(な)でて見た。それは、紛(ま)ぎれもなく白金(プラチナ)だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこは人間の浅(あさ)はかさ! 火焔と見せて汝を偽むき、その間に大地を掘り返し、床板を刎(は)ねて廊下に出でしは、火竜土竜局地秘法! これより寝所に罷(ま)かり通り
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
我邦(わがくに)学問の独立せざる久し。王仁(わに)儒学を伝えてより以来、今日に至る迄(ま)で凡(およ)そ二千余年の間、未だ曾て所謂(いわゆ)る独立の学問なるものありて我が子弟を教授せしを見ず(謹聴)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
卑劣と知って、人の手先にはならんでも、われに対する好意から、見損(みそく)なった母の意を承(う)けて、御互に面白からぬ結果を、必然の期程(きてい)以前に、家庭のなかに打(ぶ)ち開(ま)ける事がないとも限らん。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この時瓦師土を取りに出ると駒随い行き、その土を袋に満ててしまうを見て背を低くす。袋を載せると負うて宅へ還(かえ)る。因ってこれを留め糠(ぬか)に胡麻滓(ごまかす)を和(ま)ぜて飼い置いた。
雕物(ほりもの)した盆に蜜と粳米(うるしね)を和(ま)ぜて入れたのを食うべきだ、明日また使が来たらこう言いなさい、瓦師は物を識(し)らぬと侮って、智馬と知りながら知らぬ真似(まね)して凡馬の値で買うとは黠(ずる)い
うむ、畑(はたき)や深(ふか)くなくつちや收穫(と)んねえものよそら、俺(お)らあ壯(さかり)の頃(ころ)にや此間(こねえだ)のやうに淺(あさ)く耕(うな)あもんだた思(ま)あねえのがんだから、現在(いま)ぢやはあ、悉皆(みんな)利口(りこう)んなつてつから俺(お)らがにや分(わか)んねえが
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
俺(お)れがにやえゝんだよ、隨分(ずゐぶん)辛(つれ)え目(め)に逢(あ)つたから、お袋(ふくろ)こと思(ま)あねえこたねえが、悉皆(みんな)揶揄(からけ)え/\したからそんでさうだこといふやうん成(な)つたんだな、有繋(まさか)あれだつて困(こま)つちや居(ゐ)んだから
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ところで、さように早速、大人の事が出来るものでない、自分の拙(ま)ずさがはっきりと判(わか)る、それで絵をかく事も詩を作る事も嫌になる子供が、先ずこの時期において大部分を占めてしまう。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
如何に拙(ま)ずい西洋人の絵にしてもが、かなりの日本人の絵の側へ置いて見ると絵の心の高低は別として日本人の絵は存在を失って軽く、淡く、たよりなく、幽霊の如く飛んで行く傾向がある。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
由て今左に同氏の説を紹介するが、これは今から方(ま)さに百二十一年前の文政四年〔一八二一〕に出版と成った同氏著の『槻の落葉信濃漫録』に載っている文章である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
〔補〕今から方(ま)さに六十二年前の明治十四年十二月に、東京大学の松村任三先生が「神樹果して日本に生ずるや」と題する一文を当時の『郵便報知新聞』に掲げて大いに気焔を揚げられた事があった。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
まことや、魔の睫毛(まつげ)一毫(ひとすじ)の秒(ま)に、いま、右の目に鏨を丁と打ったと思うと
魔の睫毛(まつげ)一毫(ひとすじ)の秒(ま)がきっとある。
吾背子(わがせこ)をなこせ(し)の山の喚子鳥君喚びかへせ夜の更けぬと(ま)に (巻十、雑)
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
忘れはしな(ま)い。たとえ彼等がその手段においては誤っていたとしても。
一に曰(いは)く、和(やはらぎ)を以て貴しと為(な)し、忤(さか)ふこと無きを宗(むね)と為せ。人皆党(たむら)有り、亦(また)達(さと)れる者少し。是(これ)を以て、或は君父(きみかぞ)に順(したが)はずして乍(ま)た隣里(さととなり)に違(たが)ふ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
夫(そ)れ遠謀禍殃(かおう)を招くを奈(いか)ん 牆辺(しようへん)耳あり隄防を欠く 塚中血は化す千年碧(みどり)なり 九外屍は留む三日香ばし 此老(しろう)の忠心皦日(きようじつ)の如し 阿誰(あすい)貞節凜(りん)として秋霜 也(ま)た知る泉下遺憾無きを 櫬(ひつぎ)を
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
お前(まへ)が居(ゐ)ると私(わたし)は死(し)んで仕舞(ま)ふであらう、物(もの)を言(い)はれると頭痛(づつう)がする、口(くち)を利(き)くと目(め)がまわる、誰(た)れも/\私(わたし)の處(ところ)へ來(き)ては厭(い)やなれば、お前(まへ)も何卒(どうぞ)歸(かへ)つてと例(れい)に似合(にあは)ぬ愛想(あいそ)づかし
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
過去に見事なものがあつたのは言ふを侯(ま)たない。だが現在でも、見事なものを得ることが出来、又産むことが出来る。
和紙の美 (新字旧仮名) / 柳宗悦(著)
推するに榛軒は貞白の神(しん)定まるを候(ま)つて金を授けたのであらう。自ら「嚢物常無半文儲」を歎じつゝも、友を救ふがためには、三十金を投じて惜む色がなかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
其(そ)の犬(いぬ)どもの、耳(みゝ)には火(ひ)を立(た)て、牙(きば)には火(ひ)を齒(は)み、焔(ほのほ)を吹(ふ)き、黒煙(くろけむり)を尾(を)に倦(ま)いて、車(くるま)とも言(い)はず、人(ひと)とも言(い)はず、炎(ほのほ)に搦(から)んで、躍上(をどりあが)り、飛蒐(とびかゝ)り、狂立(くるひた)つて地獄(ぢごく)の形相(ぎやうさう)を顯(あらは)したであらう
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると、弟の修造も自然、彼を傚(ま)ねてやはりもう店を訪れようとはしないのであった。静三は後になって回想すると、この頃を境に彼は日向から日蔭へ移されたような気持がする。
昔の店 (新字新仮名) / 原民喜(著)
此(これ)は縁日(えんにち)へ行って買って来てやるから構わない。少し腰を痛めたから、其後(それから)は何にもしなかった。第一日は充(ま)ず成功だろう。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
竹屋(たけや)の藤(ふぢ)は時節(じせつ)にあらず、金格子(きんがうし)の東海樓(とうかいろう)は通(とほ)つた道(みち)の青樓(おちやや)さの、處(ところ)で今日(けふ)の腹工合(はらぐあひ)と、懷中(くわいちう)の都合(つがふ)に因(よ)つて、天利(てんり)といふので午餉(ひる)にしよう、其(ま)づ其(そ)の城(しろ)を見(み)て梅(うめ)とやれ
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
いつも悲鳴に似て、なにか凶(ま)が凶がしく心細い気のするものだ。大ぶん天気が続いたあとのせいか、これからしばらくは、ついぞ好い日に恵まれなかった。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
昨日は英語で一番綴りの長い語(ことば)の事を言つたが、今日は林檎の冤罪を雪(そゝ)いだお剰(ま)けに、世界中で一番長い名前をお知らせする。
だから、使(つか)うものが、こうして熱(あつ)い茶(ちゃ)や、汁(しる)を安心(あんしん)して食(た)べることができる。たとえ、世間(せけん)にいくら名(ま)まえの聞(き)こえた陶器師(とうきし)でも、そのしんせつな心(こころ)がけがなかったら、なんの役(やく)にもたたない。
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
周(ま)わりを取巻いていた職工たちが、その揺れの拍子を捕えて、丁度足場の上へ押して行った。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
加之、識る人も識らぬ人も醉うては無禮講の風俗をかしく、朱欒(ざぼん)の實のかげに幼兒と獨樂(こま)を囘(ま)はし、戸ごとに酒をたづねては浮かれ歩く。祭のあとの寂しさはまた格別である。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
圓(ま)ろやかに馬手(めて)は胸の上に置き左苺の草つむ少女
短歌 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
大原君はたといお代さんと婚礼するにしても形だけの婚礼で心は独身を守(ま)もるつもりだといっています。大原君の心は何事があっても貴嬢(あなた)を離れる事がありません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
保つ事は覚束(おぼつか)ないが(国にいれば高等官一等から五つ下へ勘定(かんじょう)すれば直ぐ僕の番へ巡(ま)わってくるのだからね。もっとも下から勘定すれば四つで来てしまうんだから日本でもあまり威張れないが)とにかくこれよりもさっぱりした家へ這入(はい)れる。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まあ、忍(ま)けときねえな。それを、お前、大先生に叱られたって、柔順(すなお)に別れ話にした早瀬さんも感心だろう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寔(まこと)に彼はさも思へらんやうに勇(いさ)み、喜び、誇り、楽める色あり。彼の面(おもて)は為に謂(い)ふばかり無く輝ける程に、常にも愈(ま)して妖艶(あでやか)に見えぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
洗(あら)ひ髮(がみ)の束髮(そくはつ)に薔薇(ばら)の花(はな)の飾(かざ)りもなき湯上(ゆあが)りの單衣(ゆかた)でたち、素顏(すがほ)うつくしき夏(なつ)の富士(ふじ)の額(ひたひ)つき眼(め)に殘(のこ)りて、世(よ)は荻(をぎ)の葉(は)に秋風(あきかぜ)ふけど螢(ほたる)を招(ま)ねきし塗柄(ぬりゑ)の團扇(うちは)、面影(おもかげ)はなれぬ貴公子(きこうし)あり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「振(ま)い寄ると解釈すりゃ、ダンスでもする奴かな。」
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「あはやといふところで、損(ま)けてしまつた。」と唸りながら卓子に突ツ伏した。
競馬の日 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
体に合わせて作るための力強い撓(ま)げ方、その皮を固く緊着せる帯の織物としての柔らかさなどが、実に細かく表現せられている。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
忌々(いまいま)しげに、顔をゆがめ、角三郎は小石を拾って、梢へ投げた。——ぱっと、すごい羽搏(はばた)きが、そこを離れ、枯野の上を、弛(ゆる)く旋(ま)った。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
譜本(ふほん)で歌(うた)を唱(うた)ふやうに、時(ま)も距離(きょり)も釣合(つりあひ)も違(ちが)へず、一(ひい)、二(ふう)と間(ま)を置(お)いて、三(みッ)つと言(い)ふ途端(とたん)に敵手(あひて)の胸元(むなもと)へ貫通(ずぶり)、絹鈕(きぬぼたん)をも芋刺(いもざし)にしようといふ決鬪師(けっとうし)ぢゃ。
『では、未(ま)だお前(まへ)はそれを知(し)らないんだわ』と云(い)つて愛(あい)ちやんは、『でも、お前(まへ)が蛹(さなぎ)に化(な)つてから——何時(いつ)かしら屹度(きつと)解(わか)るわ——それから更(ま)た蝶(てふ)になる時(とき)に、 ...
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
犬烏聚(あつま)り噉(は)む。天皇此の泣(いざ)ち吟(によ)ぶ声を聞きて、心に悲傷(いたみ)有(ま)す。群卿に詔(みことのり)して曰く、それ生くるときに愛(めぐ)みし所を以て亡者(なきひと)に殉(したが)はしむ。これ甚だ傷(いたきわざ)なり。それ古風といへども良からずば何ぞ従はむ。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
鞠(まり)なげ、繩(なわ)とびの遊(あそ)びに興(きやう)をそへて長(なが)き日(ひ)の暮(く)るゝを忘(わす)れし、其折(そのをり)の事(こと)とや、信如(しんによ)いかにしたるか平常(へいぜい)の沈着(おちつき)に似(に)ず、池(いけ)のほとりの松(ま)が根(ね)につまづきて赤土道(あかつちみち)に手(て)をつきたれば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
為世は晩年にその子にみな先立たれ、それから未曾有(みぞう)の大乱に遭遇し、そして吉野朝と京方との対立が持久的状態にふみ入ろうとするところまで正(ま)さ目(め)に見て死んだのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
わが歌は腹の醜物(しこもの)朝(あさ)泄(ま)ると厠(かはや)の窓の下に詠む歌
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
究竟(つまり)君の方に損の掛らん限は減(ま)けてもらひたいのだ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すぐ人波に渦(ま)き込まれた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天下の羣小(ぐんしょう)を麾(さしまね)いで、いたずらにタイモンの憤(いきどお)りを招くよりは、蘭(らん)を九畹(えん)に滋(ま)き、蕙(けい)を百畦(けい)に樹(う)えて、独(ひと)りその裏(うち)に起臥(きが)する方が遥かに得策である。余は公平と云い無私(むし)と云う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その弟子が窃(ぬす)み聴いてその咒を記(おぼ)えて、道士の留守を伺(うかご)うて鬼を喚(よ)んだ。鬼は現われて水を灑(ま)き始めた。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お艶は肩を縮(すく)めて、自分の袖を爪(ま)さぐって居ります。少し伏目に、八五郎を讃歎させた白い額を見せて、柔らかい公卿眉(くげまゆ)と、美しい鼻筋、ほのかな唇の紅が、幾人かに恋患いをさせた魅力でしょう。
〔凝リテ花ヲ成サザルハ霿淞ニ異ナリ/著来シテ物物各(おの)オノ容ヲ異ニス/柳条ハ脆滑ニシテ蓴油ノゴトク膩(なめ)ラカナリ/松葉ハ晶瑩ニシテ蛛網ノゴトク封(と)ヅ/氷柱四檐繖角ニ垂レ/真珠万点裘茸ニ結ブ/詩人何ゾ管セン休徴ノ事/奇景看(ま)ノアタリニ驚ク老イニ至リテ逢フトハ〕按(あん)ズルニ曾南豊(そうなんほう)ノ集中ニ霿淞(むしょう)ノ詩アリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一度ならず二度までも軽々と、あの母親のいうことを真実(ま)に受けて、この貴重な脳神経を、どんなに無駄(むだ)に浪費したか知れぬ
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
神は鴉を養い給うとは詩篇にたびたび出(い)ずる思想であり、また主イエスは「鴉を思い見よ稼(ま)かず穡(か)らず倉をも納屋(なや)をも有(も)たず、されども神はなおこれらを養い給う」というた(ルカ伝十二の二四)。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この鏈頸より下をめぐりてその身のあらはれしところを絡(ま)くこと五囘(いつまき)に及べり —九〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
纒(ま)き、放つ湯津爪櫛(ゆづつまぐし)
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
そう思いながら、彼はさすがに人通りの罕(ま)れな日本堤の上を歩いていた。後から「ほい、ほいッ!」と威勢のいい懸声をしながら、桐油(とうゆ)をかけた四つ手籠が一丁そばを摺(す)り抜けて行く。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
高々と空に翔(ま)ひすましてゐる鷹の聲である。
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
新吉がやっと気がついて、その調子に合せようとすると、案外狡(ずる)く調子を静め、それからステップの合間/\(ママ)に老成(ま)せたさゝやきを新吉の耳に聞かせ始めた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その夜(よ)九時頃(くじごろ)濱野(はまの)さんが來(き)て、茶(ちや)の聞(ま)で話(はな)しながら、ふと「いつかのこたつ騷(さわ)ぎは、丁度(ちやうど)節分(せつぶん)の今夜(こんや)でしたね。」といふのを半(なかば)聞(き)くうちに、私(わたし)はドキリとした。總毛立(そうけだ)つてぞつとした。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
それから蛸と同類で、現世界には化石となってのみ蹟(あと)を留むるアンモナイツは、漢名石蛇というほど蟠(ま)いた蛇に酷(よく)似いる。
呪えども、憎めども、彼女が、不思議な恋の蠱(ま)じの環を、どうしても抜けることが出来ぬうちに、大喜利(おおぎり)も幕になった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ぽっちり三臠(みきれ)、五臠(いつきれ)よりは附けないのに、葱と一所(ひとつ)に打(ぶ)ち覆(ま)けて、鍋からもりこぼれるような湯気を、天井へ立てたは嬉(うれ)しい。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「旦那」と小声に下婢の呼ぶに、大洞は暫(し)ばしとばかり退(ま)かり出でぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
少女(ダナエを謂ふ、希臘諸神の祖なるチエウス黄金の雨となりて遘(ま)き給ひ、ペルセウスを生ませ給ふ)の貌はいかにも美しく、臥床(ふしど)の上にて黄金掻き集むる羽ある童の形もいと神々しけれど
と一列(ひとなら)び、筵(むしろ)の上を六尺ばかり、ぐるりと廻る。手足も小さく仇(あど)ない顔して、目立った仮髪(かつら)の髷(まげ)ばかり。麦藁細工(むぎわらざいく)が化けたようで、黄色の声で長(ま)せた事、ものを云う笛を吹くか、と希有(けぶ)に聞える。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、慌(あわただ)しく刀を拾うと、何を思う隙(ま)も無さそうに、ギラリと冷かに抜いて、鞘を棄てて提(ひっさ)げたのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瓦(かはら)が焼け落ちて、グワラ/\と凄(すご)い音を立てます。逃げ迷ふ女子供の泣き喚(わめ)く声やら、馳(ま)せまはる男達の足音、叫び声などワヤ/\ガヤ/\聞えて物凄(ものすご)い有様でした。
拾うた冠 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「ふゝ」と、女は袖口のまくれた白い肱(ひぢ)をあげて、島田の髷(ま)をなでながら、うつとりした目をして天井を眺(なが)めてゐた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
座敷の三方(ぱう)は硝子障子(がらすしやうじ)で、廊下がグルリと𢌞(ま)はり縁(えん)のやうになつてゐた。障子の外へ出て見ると、中二階風(ちうにかいふう)に高く作られて、直ぐ下が稻田であると分つた。星明りにも見晴らしの佳(よ)いことが知られた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)