“殉”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
じゅん82.1%
したが10.3%
じゆん2.6%
ともにし2.6%
ジユン2.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
けれども終生(しゅうせい)芸に捧げ殉(じゅん)ずるというような激しい精進は得難いもので、ツボとかコツを心得てそれで一応の評価や声名が得られると
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
『人死亡(みまか)る時に、若くは経(わな)きて自ら殉(したが)ひ、或は絞きて殉はしめ、及び強(あなが)ちに亡(ゆき)し人の馬を殉へるが如き旧俗は、皆悉く断(とど)めよ』
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
おもふに皇を尊び公に殉(じゆん)ずる心の強い邦人の常情として、初めは尋常におとなしく日を送つて居たのだらう。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
庚午(かのえうま)、皇子大津を訳語田(をさだ)の舎(いへ)に賜死(みまか)らしむ。時に年廿四。妃皇女山辺(みめひめみこやまべ)、髪(みくし)を被(くだ)し徒跣(すあし)にして、奔赴(はしりゆ)きて殉(ともにし)ぬ。見る者(ひと)皆歔欷(なげ)く。皇子大津は天渟中原瀛真人(あまのぬなかはらおきのまひと)天皇(天武天皇)の第三子(みこ)なり。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
去(イ)ヌル二十八日、甲館落去、勝頼殿ニハ生害(シヤウガイ)アリ。一門ノ面々ニモ或ハ殉(ジユン)ジ或ハ降人トナリ、甲州中府スデニ定マル。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)