“かう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:カウ
語句割合
香20.0%
向8.1%
嵩7.3%
恁4.6%
斯4.6%
孝3.5%
斯様3.1%
行3.1%
講3.1%
更2.7%
高2.7%
幸2.3%
蒙1.9%
昂1.5%
効1.5%
交1.2%
斯樣1.2%
此様1.2%
甲1.2%
困1.2%
膏1.2%
買1.2%
好0.8%
右0.8%
功0.8%
效0.8%
稿0.8%
綱0.8%
耿0.8%
被0.8%
港0.4%
如是0.4%
浩0.4%
亢0.4%
倖0.4%
剛0.4%
崗0.4%
巧0.4%
巷0.4%
弓0.4%
彼0.4%
慷0.4%
扛0.4%
抗0.4%
易0.4%
時0.4%
杲0.4%
校0.4%
此0.4%
此樣0.4%
江0.4%
炕0.4%
爻0.4%
皎0.4%
神0.4%
糠0.4%
紘0.4%
絳0.4%
考0.4%
膠0.4%
芳0.4%
茎0.4%
衡0.4%
角0.4%
誥0.4%
請0.4%
賡0.4%
這般0.4%
郊0.4%
項0.4%
飼0.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
煙草盆(たばこぼん)に香(かう)の薫(かをり)のみして、座(ざ)にいまだ人影(ひとかげ)なき時(とき)、瀧君(たきくん)の此(こ)の光景(くわうけい)は、眞田(さなだ)が六文錢(ろくもんせん)の伏勢(ふせぜい)の如(ごと)く、諸葛亮(しよかつりやう)の八門遁甲(はちもんとんかふ)の備(そなへ)に似(に)て居(ゐ)る。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
それに加(くは)へて男(をとこ)の周旋業(しうせんげふ)も一向(かう)うまくは行(ゆ)かないところから、一年後(ねんご)には夫婦別(ふうふわか)れと話(はなし)がきまり、男(をとこ)は母(はゝ)と妹(いもうと)とを連(つ)れて関西(くわんさい)へ行(ゆ)く。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
彼女の音楽好きは益々嵩(かう)じて来た様子であるが、云ふまでもなく、彼女自身はその理由をつきとめてはゐないのである。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
お品(しな)は恁(かう)して冷(つめ)たい屍(かばね)に成(な)つてからも其(そ)の足(あし)の底(そこ)は棺桶(くわんをけ)の板(いた)一枚(まい)を隔(へだ)てただけで更(さら)に永久(えいきう)に土(つち)と相(あひ)接(せつ)して居(ゐ)るのであつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
案内者は斯(かう)云つて、仲に立つた者が此レールを請負つて、一間ばかりの橋一つにも五十圓の、枕木一本が幾圓のと、不當な儲をした事を話す。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
賣てとかき口説(くどき)親子の恩愛(おんあい)孝(かう)と慈(じ)と暫時(しばし)は果(はて)も無りけり漸々(やう/\)にして妻(つま)お安は落(おつ)る泪(なみだ)を押拭(おしぬぐ)ひ夫程迄(それほどまで)に親を思ひ傾城遊女(けいせいいうぢよ)と成とても今の難儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
、世間では彼此(かれこれ)申すさうぢやありませんか、私ヤ、何(ど)うせ斯様(かう)した躯(からだ)なんですから、ちつとも関(かま)やしませぬけれど、其れぢや、先生に御気の毒ですものねエ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
この第三回の行(かう)、われは髪を剃り笻(つゑ)を曳きて古人の跡を蹈み、自(みづ)から意向を定めてありしかば義友も遂に我に迫らず、遂に大坂の義獄に与(あづか)らざりしも
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
晝(ひる)は終日(ひねもす)兵術(へいじゆつ)を修(しう)し、夜(よる)は燈下(とうか)に先哲(せんてつ)を師(し)として、治亂(ちらん)興廢(こうはい)の理(り)を講(かう)ずるなど、頗(すこぶ)る古(いにしへ)の賢主(けんしゆ)の風(ふう)あり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
見て餘所(よそ)ながらなる辭別(いとまごひ)愁然(しうぜん)として居たる折早くも二更(かう)の鐘(かね)の音(ね)は耳元(みゝもと)近(ちか)く聞ゆるにぞ時刻(じこく)來りと立上り音(おと)せぬ樣に上草履(うはざうり)を足に穿(うが)つて我家を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
已(すで)にして大夫(たいふ)鮑氏(はうし)・高(かう)・國(こく)の屬(ぞく)、之(これ)を害(い)み、景公(けいこう)に譖(しん)す。景公(けいこう)、穰苴(じやうしよ)を退(しりぞ)く。苴(しよ)、疾(やまひ)を發(はつ)して死(し)す。田乞(でんきつ)・田豹(でんへう)の徒(と)、此(これ)に由(よ)つて高(かう)・國(こく)等(ら)を怨(うら)む。
頻繁(ひんぱん)に行方(ゆくへ)不明になることに思ひ當りました——芝伊皿子(いさらご)の荒物屋の娘お夏、下谷竹町の酒屋の妹おえん、麻布(あざぶ)笄(かうがい)町で御家人の娘お幸(かう)——、數へて見ると
友達いやしがりて万年町(まんねんてう)の呼名今に残れども、三五郎といへば滑稽者(おどけもの)と承知して憎くむ者の無きも一徳なりし、田中屋は我が命の綱、親子が蒙(かう)むる御恩すくなからず
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その飛沫(とばちり)が秋子に向けられる。秋子はオド/\して、鷹雄の時偶(ときたま)話しかける言葉にも返事がしつくりと行かぬやうになる。するとヂリ/\と不機嫌が更に昂(かう)じるのだ。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
我々は新聞紙の一隅に「長束正家儀、永々病気の処、薬石(やくせき)効(かう)無く」と云ふ広告を見ても、格別気の毒とは思ひさうもない。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
交(かう)を彼と結ぶもの、当世の才人尠(すくな)からず。その中に一詩人あり。Charles Baudelaire と云ふ。マネが侯爵夫人の画像を得て、愛翫(あいがん)する事洪璧(こうへき)の如し。
『あれは彼樣(あゝ)と、これは斯樣(かう)と——』
昨夜なぞは遅くまで洋燈(ランプ)の下で其事を考へて、もし先輩と二人ぎりに成るやうな場合があつたなら、彼様(あゝ)言はうか、此様(かう)言はうかと、さま/″\の想像に耽(ふけ)つたのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
代助は風(かぜ)を恐れて鳥打(とりうち)帽を被(かぶ)つてゐた。風(かぜ)は漸く歇(や)んで、強い日(ひ)が雲(くも)の隙間(すきま)から頭(あたま)の上(うへ)を照(て)らした。先(さき)へ行(ゆ)く梅子と縫子は傘(かさ)を広(ひろ)げた。代助は時々(とき/″\)手(て)の甲(かう)を額(ひたひ)の前(まへ)に翳(かざ)した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
遁(のが)れなんとせども惡者承知せず彼是言(い)ふうち其骨柳(こり)渡せと手を掛るに傳吉今は一生懸命右を拂(はら)へば左より又た一人が腕首(うでくび)を確(しつ)かと取て動(うご)かせず困(かう)じ果(はて)たる折柄此處に來たる旅人あり此有樣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
顏へ煤(すゝ)を塗る手は古いが、眼尻へ鬢附油(びんつけあぶら)を塗つて、頬の引つつりを無(む)二膏(かう)で拵へるとは新手(あらて)だつたね。
せな聊(いさゝ)か有ても調法なは金なり心が濟(すま)ずば其金にて妹(いもと)お富へ何なりと江戸土産(みやげ)など買(かう)て行れよ然すれば我が請たも同樣必(かなら)ず/\心配(しんぱい)しやるなと手にだも取ず押戻(おしもど)し肉身(にくしん)分(わけ)たる舍弟(おとゝ)十兵衞を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
十數年(すうねん)來(らい)浪(なみ)を枕(まくら)に世(よ)を渡(わた)る水夫(すゐふ)共(ども)も未曾有(みそういう)の好(かう)航海(かうかい)だと語(かた)つた程(ほど)で、從(したがつ)て其間(そのあひだ)には格別(かくべつ)に記(しる)す程(ほど)の事(こと)もない。
以て結納(ゆひなふ)まで取交したるなかなれば假令癲癇(てんかん)の病ありとも吾儕(わし)が能(よい)というならばそれまでにして父母(ちゝはゝ)も敢(あへ)て左(と)や右(かう)いふ筋(すぢ)有るまじ夫をして病有るものはと云(いふ)解(わけ)ならば一應(おう)は我に話して縁組を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
果(はた)して猿(さる)は餓(う)ゑないで居(ゐ)る。もう今(いま)では余程(よつぽど)の年紀(とし)であらう。すりや、猿(さる)のぢいさんだ。道理(だうり)で、功(かう)を経(へ)た、ものゝ分(わか)つたやうな、そして生(き)まじめで、けろりとした、妙(めう)な顔(かほ)をして居(ゐ)るんだ。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
力(ちから)を籠(こめ)て、向(むか)うへ押(お)して見(み)たが效(かう)がないので、手許(てもと)へ引(ひ)くと、颯(さつ)と開(ひら)いた。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
然(しかれ)ども余(よ)が机上(きしやう)它(た)の編筆(へんひつ)に忙(せはし)く屡(しば/\)稿(かう)を脱(だつす)るの期約(きやく)を失(うしな)ひしゆゑ、近日(このごろ)務(つとめ)て老人が稿本(かうほん)の残冊(ざんさつ)を訂(てい)し、以(もつて)其乞(そのこひ)に授(さづ)く。
〔譯〕論語(ろんご)を講(かう)ず、是れ慈父(じふ)の子を教ふる意思(いし)。孟子(まうし)を講ず、是れ伯兄の季(き)を誨(をし)ふる意思(いし)。大學(だいがく)を講ず、網(あみ)の綱(かう)に在る如し。中庸(ちゆうよう)を講ず、雲(くも)の岫(しう)を出づる如し。
耿(かう)たる幅(はば)乱すと。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
吾人も亦た※血(せんけつ)を被(かう)ぶるの運を甘んずべし、然れども希望の影吾人を離れざる間は、理想の鈴胸の中に鳴ることの止まざる間は、吾人は基督の経綸を待つに楽しきなり。
最後の勝利者は誰ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
讀者(どくしや)諸君(しよくん)は未(ま)だ御記臆(ごきおく)だらう。我(わ)が弦月丸(げんげつまる)が將(まさ)に子ープルス港(かう)を出發(しゆつぱつ)せんとした時(とき)、何故(なにゆゑ)ともなく深(ふか)く私(わたくし)の眼(まなこ)に留(とゞま)つた一隻(いつさう)の怪(あやし)の船(ふね)を。
私共(わたくしども)の乘組(のりく)む筈(はづ)の弦月丸(げんげつまる)と、同(おな)じ日(ひ)、同(おな)じ刻(こく)に、ネープルス港(かう)を出發(しゆつぱつ)する海蛇丸(かいだまる)の目的(もくてき)は云(い)ふ迄(まで)もありません。
尚汝の了見も腹蔵の無いところを聞きたく、其上にまた何様とも為やうと、我も男児(をとこ)なりや汚い謀計(たくみ)を腹には持たぬ、真実(ほんと)に如是(かう)おもふて来たは、と言葉を少時とゞめて十兵衞が顔を見るに
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
是非先方(むかう)より頭を低し身を縮(すぼ)めて此方へ相談に来り、何卒半分なりと仕事を割与(わけ)て下されと、今日の上人様の御慈愛(おなさけ)深き御言葉を頼りに泣きついても頼みをかけべきに、何として如是(かう)は遅きや
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
新山堂と呼ばるる稲荷神社の直(すぐ)背後(うしろ)の、母とは二歳(ふたつ)違ひの姉なる伯母の家に車の轅(ながえ)を下させて、出迎へた、五年前に比して別に老の見えぬ伯母に、『マア、浩(かう)さんの大きくなつた事!』
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『浩(かう)さん、豆腐屋が来なかつたやうだつたネ。』
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
(三六)亢(かう)を批(う)ち虚(きよ)を擣(つ)き、(三七)形(かたち)格(そむ)き勢(いきほひ)禁(きん)ずれば、則(すなは)ち自(おのづか)ら爲(た)めに解(と)けん耳(のみ)。今(いま)梁(りやう)・趙(てう)・相攻(あひせ)む。輕兵(けいへい)鋭卒(えいそつ)、必(かなら)ず外(そと)に竭(つ)き、(三八)老弱(らうじやく)内(うち)に罷(つか)れん。
厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗(だうと)に飢凍(きとう)することのないやうにはからつて戴けるならば、自分にとつて、恩倖(かう)、之に過ぎたるは莫(な)い。
山月記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
十二年には八男剛(かう)十郎(らう)が生れた。家譜に「文政己丑十一月七日生、幼名浅岡益寿贈ところ」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
(柳緑花紅碑を尋(たづぬ)。夜いまだあけざる故尋不得。)矢弓茶店(奴茶屋といふ、片岡流射術の祖家なり)に小休す。数里行て夜正(まさに)あけたり。姥(うば)が懐(ふところ)より日の岡峠にいたる。崗(かう)高からず。踢揚茶店(けあげちやや)に休す。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
詩歌はその又微妙なものさへ掴(つか)めば、或程度の巧拙(かうせつ)などは余り気がかりになるものではない。が、先生の短歌や発句は巧(かう)は即ち巧であるものの、不思議にも僕等に迫つて来ない。
或る日の夕暮なりしが、余は獣苑を漫歩して、ウンテル、デン、リンデンを過ぎ、我がモンビシユウ街の僑居(けうきよ)に帰らんと、クロステル巷(かう)の古寺の前に来ぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
亭主(ていしゆ)極(きは)めて慇懃(いんぎん)に「えゝ(おかゆ)とは何(ど)う書(か)きますでせうか。」「あゝ、其(そ)れはね、弓(かう)、弓(かう)やつて、眞中(まんなか)へ米(こめ)と書(か)くんです。弱(よわ)しと間違(まちが)つては不可(いけな)いのです。」何(なん)と、先生(せんせい)の得意(とくい)想(おも)ふべし。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
尊い上人様の御慈悲は充分了つて居て露ばかりも難有う無は思はぬが、吁(あゝ)何(どう)にも彼(かう)にもならぬことぢや、相手は恩のある源太親方、それに恨の向けやうもなし
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
○慷(かう)して慨せざる可けんやと、息巻(いきまき)荒き人の声の、蟇口(がまぐち)の中より出づるものならぬは、今に於てわれの確信する所なりと雖も、曾て燕趙悲歌(えんてうひか)の士多(おほ)してふ語をきける毎に
青眼白頭 (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
「言、未だ畢(をは)らず。門忽(たちま)ち啓(ひら)く。数人有り。一巨桶(いちきよとう)を扛(かう)して出づ。一吏文書を執つてその後に随つて去る。衆即ち裸婦を擁して入る。賈も亦(また)随つて入る。」
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども、冬(ふゆ)の鳥打帽(とりうちばう)を被(かむ)つた久留米絣(くるめがすり)の小僧(こぞう)の、四顧(しこ)人影(ひとかげ)なき日盛(ひざか)りを、一人(ひとり)雲(くも)の峰(みね)に抗(かう)して行(ゆ)く其(そ)の勇氣(ゆうき)は、今(いま)も愛(あい)する。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
試(こころみ)に問う、天下の男子、その妻君が別に一夫を愛し、一婦二夫、家におることあらば、主人よくこれを甘んじてその婦人に事(つかう)るか。また『左伝(さでん)』にその室(しつ)を易(かう)うということあり。
中津留別の書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さも以(に)たり。近(ちか)づく儘(まゝ)に。馨(にほ)ふ香(か)は。そも時(かう)款貨舖(ぐや)の。娘(むすめ)かも。指(ゆび)に挾(はさ)める。香盆(かうばこ)の。何爲(なにこと)なりや。時々(とき/\)に。鼻(はな)に翳(かさ)して。嚊(か)くめるは。
「西周哲学著作集」序 (旧字旧仮名) / 井上哲次郎(著)
後に宝素の裔小島杲(かう)一さんに乞うて小島氏の由緒書を借抄することを得、終に其月日をも詳(つまびらか)にするに至つたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
校(かう)を退(しりぞ)きぬ
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
千島(ちしま)の事抔(ことなど)噂(うはさ)しあへるを耳にしては、夫(それ)は斯(か)く彼(あれ)は此(かう)と話して聞(きか)せたく鼻はうごめきぬ、予(よ)は洋杖(ステツキ)にて足を突(つ)かれし其人(そのひと)にまで、此方(こなた)より笑(ゑみ)を作りて会釈(ゑしやく)したり、予(よ)は何処(いづく)とさして歩(あゆ)みたるにあらず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
全くは私に御飽きなされたので此樣(かう)もしたら出てゆくか、彼樣(あゝ)もしたら離縁をと言ひ出すかと苦(いぢ)めて苦めて苦め拔くので御座りましよ、御父樣も御母樣も私の性分は御存じ
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しら鷺の羽ばたく程のあえかなる川波立つれ老松(らうしよう)の江(かう)
Bは古い駅舎の炕(かう)の上に毛布を敷いて夜ごとに佗しく寝るH夫妻を想像した。一輌の轎車の覚束なく塞外の地へと一歩々々動いて行くさまを想像した。
犬 (新字旧仮名) / 田山花袋、田山録弥(著)
六十四卦の中でこの「地山謙」だけがどの爻(かう)にも凶が出ず、その代りどの爻(かう)も謙を守つて終りをまつたくするといふ約束を持つてゐる。
地山謙 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
皎(かう)として玉をあざむく小人(せうじん)も
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
もうそこは濶い濶い浪逆浦(なさかうら)で、右には浮洲を隔てゝ香取の丘が見え、左には鹿島からやゝ南に下つてゐる神(かう)の池(いけ)のあるあたりの樹木の多い丘陵が展げられて見えた。
船路 (新字旧仮名) / 田山花袋、田山録弥(著)
彼にも粋あり、此にも粋あり、彼にも糠(かう)あり、此にも糠あり、妄(みだり)に此の粋を以て、彼の粋を撃たんとするは誰ぞ。縦(ほしいまゝ)に此の糠を以て、彼の糠を排せんとするは誰ぞ。
頑執妄排の弊 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
仰げよ萬世一系の皇統、巍々(ぎぎ)たる皇謨(くわうぼ)は無限に坐(ま)す。ああ、八紘(かう)一宇(う)、肇國(てうこく)の青雲(せいうん)は頭上にある。
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
平野の打續く衞の風景とは凡そ事變(ことかは)つた・山勝ちの絳(かう)の都に、侘しい三年の月日を送つた後、太子は遙かに父衞公の訃を聞いた。
盈虚 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
そこで先生(せんせい)の草(した)がきを見(み)ると「ヰルナラタヅネル」一字(いちじ)のことだ。私(わたし)は考(かう)一考(いつかう)して而(しか)して辭句(じく)を改(あらた)めた。「ヰルナラサガス」此(こ)れなら、局待(きよくまち)の二字分(にじぶん)がきちんと入(はひ)る、うまいでせう。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
豊臣太閤征韓のとき船此洲に膠(かう)して甚危かりし故船頭与次兵衛自殺せしとなり。北方は玄海灘渺々然として飛帆鳥のごとく後島(うしろのしま)はみな盃のごとし。壮雄限なし。日已申時。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
吸物の蓋(ふた)を取ると走りの松蕈(まつたけ)で、芳(かう)ばしい匂がぷんと鼻に応(こた)へる。給持(きうぢ)の役僧(やくそう)は『如何(どう)だ』といつた風に眼で笑つて、然(そ)して恁(か)う言(い)つた。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
倉成竜渚(りゆうしよ)の歿したのは前年文化九年十二月十日で、齢は六十五であつた。名は巠(けい)であつたらしい。鉛字(えんじ)の世となつてから、経と書し茎(かう)と書し、諸書区々(まち/\)になつてゐる。字(あざな)は善卿、通称は善司であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その斯く教へたるもの、要するに人間の中に存在する心は至大至重のものにして、俗眼大小の以て衡(かう)すべきにあらず、学問律法の以て度測すべきものにあらず
各人心宮内の秘宮 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
女房(にようぼ)が無いで身締(みじまり)が何(どう)の角(かう)のなどと其様(そん)な心配は、長二や、お前のことだもの少しも有りはせぬが、お前にしてからが何程心淋しいか知れはせぬよ、女など何の役にも立たぬ様に見えるが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
然らば尚書(○書經)仲虺(ちゆうき)之誥(かう)に「徳懋(さか)んなるは官を懋んにし、功懋んなるは賞を懋んにする」と之れ有り、徳と官と相配し、功と賞と相對するは此の義にて候ひしやと請問(せいもん)せしに、翁欣然として
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
請(かう)べしと頓々(やう/\)に決定して立花左仲は頓(やが)て支配へ書面を持參(ぢさん)せんと爲時(するとき)安間平左衞門は左仲を呼止(よびとめ)御邊(ごへん)此書面の趣意を能々腹(はら)へ入れ置き若(もし)宮崎内記儀直々(ぢき/\)御尋ねあらば其時こそ日頃の智辯(ちべん)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
落合賡(かう)、字(あざな)は子載、初(はじめ)鉄五郎、後敬助と称し、䨇石と号した。日向国飫肥(おび)の人である。䨇石の事は三村清三郎、井上通泰、日高無外、清水右衛門七の諸家の教に拠つて記す。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
嬢様も好い加減に思切らせないと這般(かう)いふ奴が瘋癲(きちがひ)になるのだと思召して、其次来た時に断然(きつぱり)と、世間が煩さう厶いますから当分お尋ねはお断り申します
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
景公(けいこう)、諸大夫(しよたいふ)と郊(かう)に迎(むか)へ、師(し)を勞(ねぎら)ひ禮(れい)を成(な)し、然(しか)る後(のち)反(かへ)つて(三二)寢(しん)に歸(かへ)る。既(すで)にして穰苴(じやうしよ)を見(み)、尊(たつと)んで大司馬(たいしば)と爲(な)す。田氏(でんし)日(ひ)に以(もつ)て益〻(ますます)齊(せい)に尊(たつと)し。
羽織、半纏、或は前垂(まへだれ)、被布(ひふ)なんどいふものの此外になほ多けれどいづれも本式のものにあらず、別に項(かう)を分ちて以て礼服とともに詳記(しやうき)すべし。
当世女装一斑 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私が国を出る時、車屋の老夫婦が大事にして、可愛がって飼(かう)からというので、その鳥を与えて来たのだ。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)