“餘(よ)” の例文
新字:余
吟味(ぎんみ)せしに殘金十一兩餘(よ)在(あ)りたり是を思へば文右衛門盜賊(たうぞく)でなき事は明白(めいはく)なり斯程(かほど)に證據ある上は汝何程陳ずる共詮(せん)なき事ぞ痛(いた)き思ひを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さうして結局(けつきよく)節約額(せつやくがく)が一億(おく)二千五百萬圓(まんゑん)餘(あま)りであつて特別會計(とくべつくわいけい)の一億(おく)三千四百萬圓(まんゑん)の節約額(せつやくがく)を合算(がつさん)すると二億(おく)六千萬圓(まんゑん)餘(よ)となる。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
帽子屋(ばうしや)が唯(た)ッた一人(ひとり)場所(ばしよ)を取(と)り交(か)へた爲(ため)に一番(ばん)好(い)いことをしました、愛(あい)ちやんは以前(まへ)よりも餘(よ)ッ程(ぽど)割(わり)が惡(わる)くなりました、だつて
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
下界(げかい)の物(もの)としては餘(あま)り靈妙(いみ)じい! あゝ、あの姫(ひめ)が餘(よ)の女共(をんなども)に立交(たちまじ)らうてゐるのは、雪(ゆき)はづかしい白鳩(しらはと)が鴉(からす)の群(むれ)に降(お)りたやう。
晉(しん)の少主(せうしゆ)の時(とき)、婦人(ふじん)あり。容色(ようしよく)艷麗(えんれい)、一代(いちだい)の佳(か)。而(しか)して帶(おび)の下(した)空(むな)しく兩(りやう)の足(あし)ともに腿(もゝ)よりなし。餘(よ)は常人(じやうじん)に異(こと)なるなかりき。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「牛蒡(ごばう)もうつかりして繩(なは)で縛(しば)つて活(い)けちや、其處(そこ)から腐(くさ)れがへえつて酷(ひで)えもんだな、藁(わら)は餘(よ)つ程(ぽど)嫌(きれ)えだと見(め)えんのさな」勘次(かんじ)は横合(よこあひ)からいつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
今迄(いままで)もよく法螺(ほら)を吹(ふ)いて私(わたくし)を欺(だま)したもんです。それに今度(こんど)東京(とうきやう)へ出(で)て來(き)た用事(ようじ)と云(い)ふのが餘(よ)つ程(ぽど)妙(めう)です。何(なん)とか云(い)ふ蒙古王(もうこわう)のために、金(かね)を二萬圓(まんゑん)許(ばかり)借(か)りたい。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ベルナルドオは祭の王のよしなき戲を無禮(なめ)しといきどほり、そのまゝ樓を走り降りて筈(むちう)ち懲らさばやといひしを、樂長は餘(よ)のひと/″\と共になだめ止むるほどに
『かう𢌞はつて行きますのやろ、……餘(よ)ツぽど遠さうだすな。』と、お光はぐんにやりした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
子供(こども)の癖(くせ)にませた樣(やう)でをかしい、お前(まへ)は餘(よ)つぽど剽輕(ひやうきん)ものだね、とて美登利(みどり)は正太(しようた)の頬(ほう)をつゝいて、其眞面目(そのまじめ)がほはと笑(わら)ひこけるに、己(おい)らだつても最少(もすこ)し經(た)てば大人(おとな)になるのだ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その餘(よ)のかた/″\は二つをかしらに当歳までのがんぜないおとしごろでござりました
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一人(ひとり)は毒瓦斯(どくがす)を拔(ぬ)くべく起(た)つて窓(まど)を少(すこ)し開(あ)けた。餘(よ)の人々(ひと/″\)は新來(しんらい)の客(きやく)に目(め)を注(そゝ)いだ。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
ほー、えれい勢(いきほひ)だ、一方(いつぽう)では輕氣球(けいきゝゆう)を作(こしら)へながら、海底戰鬪艇(かいていせんとうてい)も豫定通(よていどう)りに竣成(しゆんせい)したとなると、吾等(われら)が馬鹿(ばか)を見(み)て居(を)つた間(あひだ)に、大佐閣下(たいさかくか)も、其(その)餘(よ)の水兵(すいへい)共(ども)も、寢(ね)ないで働(はたら)いた譯(わけ)だな。
強盜(がうとう)と間違(まちが)へられた憤慨(ふんがい)紛(まぎ)れに、二人(ふたり)はウン/\汗(あせ)を絞(しぼ)りながら、一里(り)餘(よ)の道(みち)を境(さかい)の停車場(ていしやば)に出(い)で、其夜(そのよ)の汽車(きしや)に乘(の)つて、品川(しながは)まで歸(かへ)つたが、新宿(しんじゆく)の乘替(のりかへ)で、陸橋(ブリツチ)を上下(じやうげ)した時(とき)の苦(くる)しさ。
見るに輕井澤まで二里餘とあり喘(あへ)ぎ/\上(のぼ)りてやがて二里餘も來らんと思ふに輕井澤は見えず孤屋(ひとつや)の婆(ばゝ)に聞けば是からまだ二里なりといふ一行落膽(がつかり)し偖(さて)は是程に草臥(くたびれ)て餘(よ)だけしか來らざりしかと泣かぬばかりに驚きたり是より道を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
餘(よ)は知らず
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
解禁後(かいきんご)の爲替相場(かはせさうば)は四十九弗(ドル)四分(ぶん)の一か或(あるひ)は四十九弗(ドル)八分(ぶん)の三であらうから、これに此(く)らぶれば一割(わり)一分(ぶ)餘(よ)下(さが)つて居(を)り
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
達(たし)屋敷方(やしきがた)の普請(ふしん)計(ばか)りにても二千兩餘(よ)の儲(まう)けありしとなり然(しか)れども彼の加賀屋長兵衞(かがやちやうべゑ)より借請(かりうけ)し二百兩の事は忠(ちう)八が算盤(そろばん)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
御用(ごよう)の趣(おもむき)餘(よ)の儀(ぎ)にあらず、其方達(そのはうたち)も豫(かね)て存(ぞん)ずる如(ごと)く豆州(づしう)御勝手許(おかつてもと)不如意(ふによい)につき、此度(このたび)御改革(ごかいかく)相成(あひな)る奉行(ぶぎやう)の儀(ぎ)、我等(われら)相談(さうだん)の上(うへ)にて、杢(もく)汝(なんぢ)に申付(まをしつ)くるぞ
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
爾後(じご)再(ふたゝ)び公安(こうあん)を亂(みだ)るに於(おい)ては汝等(なんぢら)が命(いのち)は無(な)いぞよ。今日(こんにち)は餘(よ)の者共(ものども)は皆(みな)立退(たちさ)れ、カピューレットは予(よ)に從(したが)ひ參(まゐ)れ。
『さうさ、だから廢止(よし)た方(はう)が餘(よ)ッ程(ぽど)可(い)い』とグリフォンが云(い)ひました、愛(あい)ちやんもそれには大賛成(だいさんせい)でした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「さうでさ、餘(よ)つ程(ぽど)に成(な)りあんすがね、ありや鬼怒川(きぬがは)へ蚤(のみ)叩(はた)くつて行(い)つてそれつ切(き)りに成(な)つちやつたのせ」
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「あの坂井(さかゐ)と云(い)ふ人(ひと)は餘(よ)つ程(ぽど)氣樂(きらく)な人(ひと)だね。金(かね)があるとあゝ緩(ゆつ)くり出來(でき)るもんかな」と云(い)つた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
寧(いつ)そ賃仕事(ちんしごと)してもお傍(そば)で暮(くら)した方(はう)が餘(よ)つぽど快(こゝろ)よう御座(ござ)いますと言(い)ひ出(だ)すに、馬鹿(ばか)、馬鹿(ばか)、其樣(そのやう)な事(こと)を假(かり)にも言(い)ふてはならぬ、嫁(よめ)に行(い)つた身(み)が實家(さと)の親(おや)の貢(みつぎ)をするなどゝ思(おも)ひも寄(よ)らぬこと
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
頓(やが)て本艦(ほんかん)の間際(まぎは)になつたが、海(うみ)は盤水(ばんすい)を動(うご)かすがごとく、二千七百餘(よ)噸(とん)の巨艦(きよかん)ゆらり/\と高(たか)く、低(ひく)く、我(わ)が端艇(たんてい)は秋(あき)の木(こ)の葉(は)のごとく波浪(なみ)に跳(をど)つて、迚(とて)も左舷々梯(さげんげんてい)に寄着(よりつ)く事(こと)が出來(でき)ない。
中(なか)で最(もつと)も名高(なだか)いのは、埼玉縣(さいたまけん)の吉見村(よしみむら)の百穴(あな)(實數(じつすう)二百四十餘(よ))である。
其(そ)の後(ご)も低落(ていらく)して十二月(ぐわつ)末(すゑ)には百六十二・九九となり六月(ぐわつ)に比(くら)べて十三・三二即(すなは)ち七分(ぶ)五厘(りん)餘(よ)の下落(げらく)となつたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
奪はれたり然ながら我懷(わがふとこ)ろに遣(つか)ひ殘りの金六十兩餘(よ)も有ければ是にて江戸へ下(くだ)り取付んと思ひ夫より道を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そんで其處(そこ)らで叩(たて)えちや仕(し)やうねえからなんて云(い)はれたんでがせうね、それから何(なん)でも蓙(ござ)持(も)つて鬼怒川(きぬがは)さ行(ゆ)く積(つもり)に成(な)つたんでがすね、鬼怒川(きぬがは)までは有繋(まさが)餘(よ)つ程(ぽど)ありあんさね
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「なに兄(にい)さんだつて、さう御上手(おじやうず)ぢやなくつてよ。それに兄(にい)さんは貴方(あなた)より餘(よ)つ程(ほど)無精(ぶしやう)ね」
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
蛇(くちなは)の料理(れうり)鹽梅(あんばい)を潛(ひそ)かに見(み)たる人(ひと)の語(かた)りけるは、(應(おう))が常住(じやうぢう)の居所(ゐどころ)なる、屋根(やね)なき褥(しとね)なき郷(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)の眞中(まんなか)に、銅(あかゞね)にて鑄(い)たる鼎(かなへ)(に類(るゐ)す)を裾(す)ゑ、先(ま)づ河水(かはみづ)を汲(く)み入(い)るゝこと八分目(はちぶんめ)餘(よ)
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
艦中(かんちう)の一同(いちどう)はヒタと鳴(なり)を靜(しづ)めたのである。只(たゞ)見(み)る本艦(ほんかん)を去(さ)る事(こと)三海里(さんかいり)餘(よ)、橄欖島(かんらんたう)と覺(おぼ)しき島(しま)の北方(ほつぽう)に當(あた)つて、毒龍(どくりよう)蟠(わだかま)るが如(ごと)き二個(にこ)の島嶼(たうしよ)がある。其(その)島陰(しまかげ)から忽然(こつぜん)として一點(いつてん)の光(ひかり)がピカリツ。