“行(ゆ)” の例文
庭は広くてよく手入れが行(ゆ)き届いていた。そして家の中からその庭への出口はたくさんあった。が庭から世の中への出口がないのだ。
ですから何日(いつか)の何時頃、此処(ここ)で見たから、もう一度見たいといっても、そうは行(ゆ)かぬ。川の流(ながれ)は同じでも、今のは前刻(さっき)の水ではない。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三十七年(ねん)九月(ぐわつ)十四日(か)、幻翁(げんおう)望生(ぼうせい)の二人(ふたり)と共(とも)に余(よ)は馬籠(まごめ)に行(ゆ)き、茶店(ちやみせ)に荷物(にもつ)や着物(きもの)を預(あづ)けて置(お)き、息子(むすこ)を人夫(にんぷ)に頼(たの)んで、遺跡(ゐせき)に向(むか)つた。
全身砂埃を浴びた彼の後影(うしろかげ)が、刹那に高く大きくなり、その上行(ゆ)けば行(ゆ)くほど大きくなり、仰向いてようやく見えるくらいであった。
些細な事件 (新字新仮名) / 魯迅(著)
これからは殆(ほと)んど人の歩るいた事のないような谷合を通り、前黒山(まえぐろやま)、釈迦(しゃか)ヶ岳の山の中腹を迂回して深林の薄暗い中を行(ゆ)くのである。
物音にすぐ眼のさめるおかあさんも、その時にはよく寝ていらっしゃいました。僕はそうっと襖をしめて、中の口の方に行(ゆ)きました。
僕の帽子のお話 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
母(はヽ)さまとならではお湯(ゆ)にも行(ゆ)かじ、觀音(かんのん)さまのお參(まゐ)りもいやよ、芝居(しばゐ)も花見(はなみ)も母(はヽ)さま御(ご)一處(しよ)ならではと此(この)一トもとのかげに隱(か)くれて
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ねえ、」とお母(かあ)さんが言(い)った。「あの子(こ)は田舎(いなか)へ行(ゆ)きましたの、ミュッテンの大伯父(おおおじ)さんのとこへ、暫(しばら)く泊(とま)って来(く)るんですって。」
それに加(くは)へて男(をとこ)の周旋業(しうせんげふ)も一向(かう)うまくは行(ゆ)かないところから、一年後(ねんご)には夫婦別(ふうふわか)れと話(はなし)がきまり、男(をとこ)は母(はゝ)と妹(いもうと)とを連(つ)れて関西(くわんさい)へ行(ゆ)く。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
と言(い)って、あたりを見𢌞(みまわ)した時(とき)の袖子(そでこ)は何(なに)がなしに悲(かな)しい思(おも)いに打(う)たれた。その悲(かな)しみは幼(おさな)い日(ひ)に別(わか)れを告(つ)げて行(ゆ)く悲(かな)しみであった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
所が小説中夢を道具に使ふ場合は、その道具の目的を果す必要上、よくよく都合(つがふ)の好(い)い夢でも見ねば、実際見た夢を書く訣(わけ)に行(ゆ)かぬ。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けれど斯(か)ふ言ふのが温泉場(をんせんば)へ行(ゆ)く人(ひと)、海水浴場(かいすゐよくぢやう)へ行(ゆ)く人(ひと)乃至(ないし)名所見物(めいしよけんぶつ)にでも出掛(でかけ)る人(ひと)の洒落(しやれ)た口調(くてう)であるキザな言葉(ことば)たるを失(うしな)はない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
美(うつく)しい瀬(せ)を立(た)てて、玉(たま)のやうな礫(こいし)をおもしに、獸(けもの)の皮(かは)の白(しろ)く晒(さら)されたのが浸(ひた)してある山川(やまがは)に沿(そ)うて行(ゆ)くと、山(やま)の奧(おく)にまた山(やま)があつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼(かれ)の生活(せいくわつ)は此(かく)の如(ごと)くにして過(す)ぎ行(ゆ)いた。朝(あさ)は八時(じ)に起(お)き、服(ふく)を着換(きか)へて茶(ちや)を呑(の)み、其(そ)れから書齋(しよさい)に入(はひ)るか、或(あるひ)は病院(びやうゐん)に行(ゆ)くかである。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
其(そ)の日(ひ)は栗(くり)の木(き)に懸(か)けた大根(だいこ)の動(うご)かぬ程(ほど)穩(おだや)かな日(ひ)であつた。お品(しな)は此(こ)の分(ぶん)で行(ゆ)けば一枚紙(いちまいがみ)を剥(は)がすやうに快(こゝろ)よくなることゝ確信(かくしん)した。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
この野だは、どういう了見(りょうけん)だか、赤シャツのうちへ朝夕出入(でいり)して、どこへでも随行(ずいこう)して行(ゆ)く。まるで同輩(どうはい)じゃない。主従(しゅうじゅう)みたようだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
帽も上衣(うはき)も裳(ジユツプ)も黒つぽい所へ、何処(どこ)か緋や純白や草色(くさいろ)を一寸(ちよつと)取合せて強い調色(てうしよく)を見せた冬服の巴里(パリイ)婦人が樹蔭(こかげ)を行(ゆ)き交(か)ふのも面白い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
「おっと、御念(ごねん)には及(およ)ばねえ。お上(かみ)が許(ゆる)しておくんなさりゃァ、棒鼻(ぼうはな)へ、笠森(かさもり)おせん御用駕籠(ごようかご)とでも、札(ふだ)を建(た)てて行(ゆ)きてえくらいだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
大勢万(まん)ぜい寄りたかって私共(わっちども)に赤恥をかゝせて帰(けえ)そうとするから、腹が立って堪らねえ、私(わっち)が妹を私(わっち)が連れて行(ゆ)くに何も不思議はねえ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その明け方の空の下、ひるの鳥でも行(ゆ)かない高い所を鋭い霜のかけらが風に流されてサラサラサラサラ南の方へ飛んで行(ゆ)きました。
いてふの実 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
娘は村を追ひ出されても行(ゆ)く先もありませぬ、又乞食する術(すべ)も知らず只(ただ)声を限りに泣き叫びながら広い/\野原の方へ参りました。
金銀の衣裳 (新字旧仮名) / 夢野久作(著)
私が幾人も残して行(ゆ)く子供を育てヽ下さるであらうと依頼心をあの方(かた)に起(おこ)すやうになつたのもお艶(つや)さんの言葉が因(いん)になつて居るのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
すなわち成るべきように成り行(ゆ)いたもので、それらの横領者の御蔭でもって、将来の日本の秩序が促進されるということになったのだ。
之(これ)は政府(せいふ)の指導(しだう)又(また)は消費節約(せうひせつやく)の奬勵(しやうれい)の行(ゆ)き渡(わた)つたと云(い)ふよりも、寧(むし)ろ國民自體(こくみんじたい)が此(こ)の事柄(ことがら)の必要(ひつえう)を感(かん)じて居(を)つたからだと思(おも)ふのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
同時に「自我(じが)」といふものが少しづゝ侵略(しんりやく)されて行(ゆ)くやうに思はれた。これは最初の間(あひだ)で、少時(しばらく)經(た)つとまた別(べつ)に他の煩悶が起つた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
病(や)むまじき事也(なり)衰(おとろ)ふまじき事也(なり)病(や)み衰(おとろ)へたる小生等(せうせいら)が骨は、人知(ひとし)らぬ苦(く)を以(もつ)て、人知(ひとし)らぬ楽(たのし)みと致候迄(いたしそろまで)に次第(しだい)に円(まる)く曲り行(ゆ)くものに候(そろ)。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
右(みぎ)の中(うち)、説明(せつめい)を略(りやく)してもよいものがある。然(しか)しながら、一應(いさおう)はざつとした註釋(ちゆうしやく)を加(く)はへることにする。以下(いか)項(こう)を追(お)うて進(すゝ)んで行(ゆ)く。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
爪牙(そうが)の鈍った狼のたゆたうのを、大きい愛の力で励まして、エルラはその幻の洞窟(どうくつ)たる階下の室に連れて行(ゆ)こうとすると、幕が下りる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
明治十二年(めいじじゆうにねん)に船(ふね)で横濱(よこはま)に着(つ)きまして、その頃(ころ)出來(でき)てゐました汽車(きしや)で東京(とうきよう)へ行(ゆ)く途中(とちゆう)、汽車(きしや)の窓(まど)からそこら邊(へん)の風景(ふうけい)を眺(なが)めてをりました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
で、私(わたくし)は思(おも)い切(き)ってその門(もん)をくぐって行(ゆ)きましたが、門内(もんない)は見事(みごと)な石畳(いしだた)みの舗道(ほどう)になって居(お)り、あたりに塵(ちり)一(ひと)つ落(お)ちて居(お)りませぬ。
……まア、あたじけない! 皆(みん)な飮(の)んでしまうて、隨(つ)いて行(ゆ)かう予(わたし)の爲(ため)に只(たゞ)一滴(てき)をも殘(のこ)しておいてはくれぬ。……お前(まへ)の脣(くちびる)を吸(す)はうぞ。
A氏(し)は一度(ど)R国(こく)へ行(ゆ)く友人(ゆうじん)の送別会席上(そうべつかいせきぜう)で見知(みし)りになつたR国人(こくじん)であつたので、私(わたし)はいさゝか心強(こゝろつよ)く感(かん)じて、導(みちび)かるゝまゝに奥(おく)へ通(とほ)つた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「ああカーボン卿、ドイツ空軍のために、こんなに行(ゆ)き亘(わた)って爆撃されたのでは、借間(しゃくま)が高くなって、さぞかし市民はたいへんであろう」
龐涓(はうけん)行(ゆ)くこと三日(みつか)、大(おほひ)に喜(よろこ)んで曰(いは)く、『我(われ)固(もと)より齊(せい)の軍(ぐん)の怯(けふ)なるを知(し)る。吾(わ)が地(ち)に入(い)りて三日(みつか)、士卒(しそつ)亡(に)ぐる者(もの)、半(なか)ばに過(す)ぎたり』
すると、まばゆいように照(て)り輝(かゞや)ぐ女(をんな)がゐます。これこそ赫映姫(かぐやひめ)に違(ちが)ひないと思(おぼ)し召(め)してお近寄(ちかよ)りになると、その女(をんな)は奧(おく)へ逃(に)げて行(ゆ)きます。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
喬介は涼しい顔をして一号船渠(ドック)の方へ飛んで行(ゆ)くと、間もなく、今入渠船(にゅうきょせん)の据付(すえつけ)作業を終ったばかりの潜水夫(もぐり)を一人連れて来た。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ごく遠いところからやって来(く)るようでもあるし、どこへ行(ゆ)くのかわからなくもあった。朗(ほがら)かではあるが、なやましいものがこもっていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
岩(いは)はなをば、漕(こ)ぎ廻(まは)つて行(ゆ)くごとに、そこに一(ひと)つづゝ展(ひら)けて來(く)る、近江(あふみ)の湖水(こすい)のうちのたくさんの川口(かはぐち)。そこに鶴(つる)が多(おほ)く鳴(な)き立(た)てゝゐる。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
あわれや、この大不孝者の立場は——行(ゆ)いて勝つも滅び、戦って負くれば滅び、いずれにしても、家名は到底保ち難いことになりおった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今度(こんど)こそは何(なん)と云(い)つても、寸分(すんぶん)豚(ぶた)に相違(さうゐ)ありませんでしたから、愛(あい)ちやんも最(も)う其(そ)れを伴(つ)れて行(ゆ)くのは全(まつた)く莫迦氣(ばかげ)たことだと思(おも)ひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
木村摂津守艦長木村摂津守(きむらせっつのかみ)と云(い)う人は軍艦奉行の職を奉じて海軍の長上官であるから、身分相当に従者を連れて行(ゆ)くに違いない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おじいさんは、彼(かれ)の歩(ある)いている行(ゆ)く手(て)に立(た)って、道(みち)をふさぎました。彼(かれ)は、頭(あたま)を上(あ)げて、おじいさんを黙(だま)ってながめたのです。
銀のつえ (新字新仮名) / 小川未明(著)
これで好(い)い。(安心したるらしき様子にて二三歩窓の方に行(ゆ)き、懐中時計を見る。)なんだ。まだ三時だ。大分(だいぶ)時間があるな。
この点に重きを置けば、唱門師はまた下級の神主・修験者・または竈神の札を配って歩き行(ゆ)いた舞太夫などと類を同じくするとも見られる。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
行(ゆ)き詰(つま)つた俳優連が襲名によつて人気を新しくし、それと同時に自分の技芸にも一飛躍を企てようとするのは、強(あなが)ち間違つた仕方でもない。
彼女(かのぢよ)の恐怖(きようふ)は、今(いま)までそこに思(おも)ひ到(いた)らなかつたといふことのために、餘計(よけい)大(おほ)きく影(かげ)を伸(のば)して行(ゆ)くやうであつた。彼女(かのぢよ)は新(あら)たなる悔(くゐ)を覺(おぼ)えた。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
しかし、月給(きふ)の上る見込(みこ)みもなかつたし、ボオナスも減(へ)るばかりの上に、質屋(しちや)や近(ちか)しい友達(だち)からの融通(ゆうづう)もさうさうきりなしとは行(ゆ)かなかつた。
夢 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
『俺(おれ)も、あの市來知(いちぎしり)にある、野菊(のぎく)の咲(さ)いてる母親(マザー)の墓(はか)にだけは行(ゆ)きたいと思(おも)つてゐる。本當(ほんたう)に市來知(いちぎしり)はいゝ所(ところ)だからなあ。』
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
私(わたし)の人物(じんぶつ)が全(まつた)く想像(さうざう)と反(はん)して居(ゐ)たのに驚(おどろ)いたと云(い)ひます、甚麼(どんな)に反(はん)して居(ゐ)たか聞きたいものですが、ちと遠方(ゑんぱう)で今問合(とひあは)せる訳(わけ)にも行(ゆ)きません
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何しろ相手が地方の大金持で、友人には有力な政治家などもいるものだから、警察の方が一歩譲らない訳には行(ゆ)かなかった。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)