“向(む)” の例文
そのそばに生(は)えている青木(あおき)の葉(は)が黒(くろ)ずんで、やはり霜柱(しもばしら)のために傷(いた)んで葉(は)はだらりと垂(た)れて、力(ちから)なく下(した)を向(む)いているのでありました。
小さな草と太陽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
奇麗(きれい)なすきとおった風がやって参(まい)りました。まず向(む)こうのポプラをひるがえし、青の燕麦(オート)に波(なみ)をたてそれから丘(おか)にのぼって来ました。
おきなぐさ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
我(われ)ゆゑ死(し)ぬる人(ひと)のありとも御愁傷(ごしうしよう)さまと脇(わき)を向(む)くつらさ他處目(よそめ)も養(やしな)ひつらめ、さりとも折(おり)ふしは悲(かな)しき事(こと)恐(おそ)ろしき事(こと)胸(むね)にたゝまつて
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
烈々(れつ/\)と燃(も)える暖炉(だんろ)のほてりで、赤(あか)い顔(かほ)の、小刀(ナイフ)を持(も)つたまゝ頤杖(あごづゑ)をついて、仰向(あふむ)いて、ひよいと此方(こちら)を向(む)いた父(ちゝ)の顔(かほ)が真蒼(まつさを)に成(な)つた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「俺(お)ら其(そ)の手拭(てぬげ)被(かぶ)つてこつち向(む)いてる姐樣(あねさま)こと寄(よ)せて見(み)てえもんだな」立(た)ち塞(ふさ)がつた陰(かげ)から瞽女(ごぜ)の一人(ひとり)へ揶揄(からか)つていつたものがある。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
牛込見附(みつけ)迄来(き)た時(とき)、遠くの小石川の森(もり)に数点の灯影(ひかげ)を認(みと)めた。代助は夕飯(ゆふめし)を食(く)ふ考もなく、三千代のゐる方角へ向(む)いて歩(ある)いて行(い)つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「さうだ、全(まつた)く蒸(む)すね。惡(わる)くすると、明日(あした)は雨(あめ)だぜ‥‥」と、私(わたし)は振(ふ)り向(む)き樣(ざま)に答(こた)へた。河野(かうの)の眠(ねむ)さうな眼(め)が闇(やみ)の中(なか)にチラリと光(ひか)つた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
氏はその時受けた感じを、たとえば何か、固い火箸(ひばし)のようなもので向(む)こう脛(ずね)をなぐられたような——到底説明しがたい感じだといった。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
みんなは「さんせいだ。」というような顔(かお)をしましたが、さてだれ一人(ひとり)進(すす)んで猫(ねこ)に向(む)かっていこうというものはありませんでした。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
が忽(たちま)ち、何(なに)か恐(おそろ)しい事(こと)でも急(きふ)に思(おも)ひ出(だ)したかのやうに、彼(かれ)は頭(かしら)を抱(かゝ)へるなり、院長(ゐんちやう)の方(はう)へくるりと背(せ)を向(む)けて、寐臺(ねだい)の上(うへ)に横(よこ)になつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
何方(どつち)を向(む)いたツて、人の影が一つ見えるのではない。何處(どこ)までも眞(ま)ツ暗(くら)で、其の中に其處(そこ)らの流の音が、夜の秘事(ひめごと)を私語(ささや)いてゐるばかり。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そして、川(かわ)にとびこんで向(む)こう岸(ぎし)へ逃(に)げようか、藪(やぶ)の中(なか)にもぐりこんで、姿(すがた)をくらまそうか、と、とっさのあいだに考(かんが)えたのであります。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そのうち或(あ)る日(ひ)上座(じやうざ)の像(ざう)に食事(しよくじ)を供(そな)へて置(お)いて、自分(じぶん)が向(む)き合(あ)つて一しよに食(た)べてゐるのを見付(みつ)けられましたさうでございます。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
庭(にわ)へ向(む)いた縁(えん)ばな——金魚鉢(きんぎょばち)から六尺(しゃく)ほどのへだたりがあつたが、その縁(えん)ばなにウィスキイの角(かく)びんと、九谷(たに)らしい盃(さかずき)が二つおいてあつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
ところが人形には、薄(うす)い着物(きもの)の下に釘(くぎ)がいっぱい、尖(とが)った先(さき)を外に向(む)けてつまっているのです。いくら大蛇(おろち)でもたまりません。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
鳥屋(とや)は小鳥(ことり)を捕(と)るために造(つく)つてある小屋(こや)のことです。何方(どつち)を向(む)いても山(やま)ばかりのやうなところに、その小屋(こや)が建(た)てゝあります。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
中番頭(ちゅうばんとう)から小僧達(こぞうたち)まで、一同(どう)の顔(かお)が一齊(せい)に松(まつ)五郎(ろう)の方(ほう)へ向(む)き直(なお)った。が、徳太郎(とくたろう)は暖簾口(のれんぐち)から見世(みせ)の方(ほう)を睨(にら)みつけたまま、返事(へんじ)もしなかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
合憎(あいにく)われとは大分(だいぶ)はなれて居たのでよくは分らぬが、年は廿七、八まだ三十には成るまい、不絶(しじゆう)、点頭勝(うつむきがち)に、こちらに脊(せ)を向(む)けて腰かけて居る
夜汽車 (新字旧仮名) / 尾崎放哉(著)
いよいよ私(わたくし)の病勢(びょうせい)が重(おも)って、もうとても難(むずか)しいと思(おも)われました時(とき)に、私(わたくし)は枕辺(まくらべ)に坐(すわ)って居(お)られる母(はは)に向(む)かって頼(たの)みました。
かれは塾生たちの静坐の姿勢を直したあと、朝倉先生の横に斜(なな)め向(む)きにすわっていたので、よく全体が見渡(みわた)せたのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
わたしたちは、園(その)の向(む)こう側(がわ)を取り巻(ま)いているかきねのそばまで行ってみて、初(はじ)めてハンケチをふっている人を見つけた。
食後ナイエル夫人は亡夫の肖像を掛けた一室へ僕等三人を延(ひ)いてカンキナ酒(しゆ)の小さな杯(さかづき)を勧め、自身はピヤノに向(む)いて二三の小歌(こうた)を好(い)い声で歌つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
振(ふ)り向(む)くと、それがボズさんと後(のち)に知(し)つた老爺(ぢいさん)であつた。七十近(ちか)い、背(せ)は低(ひく)いが骨太(ほねぶと)の老人(らうじん)で矢張(やはり)釣竿(つりざを)を持(もつ)て居(ゐ)る。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その小さな淵の上には、柳のかなりな大木が枝さへ垂らしてゐるといふ、赤蛙にとつては誂(あつら)へ向(む)きの風景なのだ。なぜあの淵を渡らうとはせぬのだらう?
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
チッバ やア、下司(げす)下郎(げらう)を敵手(あひて)にして汝(おぬし)は劍(けん)を拔(ぬ)かうでな? ベンヺーリオー、こちを向(む)け、命(いのち)を取(と)ってくれう。
此豫報(このよほう)が一たび各新聞(かくしんぶん)に由(よ)つて傳(つた)へられると、迷信(めいしん)非迷信(ひめいしん)に關(かゝは)らず、江湖(こうこ)は大(おほ)いなる注意(ちうい)を之(これ)に向(む)けて拂(はら)つた。
日出雄少年(ひでをせうねん)は先刻(せんこく)から、櫻木大佐(さくらぎたいさ)の傍(かたはら)に、行儀(ぎようぎ)よく吾等(われら)の談話(はなし)を聽(き)いて居(を)つたが、幼(いとけな)き心(こゝろ)にも話(はなし)の筋道(すぢみち)はよく分(わか)つたと見(み)へ、此時(このとき)可愛(かあい)らしき眼(め)を此方(こなた)に向(む)け
六五 早池峯(はやちね)は御影石(みかげいし)の山なり。この山の小国に向(む)きたる側(かわ)に安倍ヶ城(あべがじょう)という岩あり。険(けわ)しき崖(がけ)の中ほどにありて、人などはとても行きうべきところにあらず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
きっと、鳥たちはみんなおなかを上に向(む)けて飛んでいるのだろうと、ニールスは思いこんでしまいました。
子供(こども)の兩足(りようあし)を捕(とら)へて倒(さか)さにつるし、顏(かほ)を外(そと)に向(む)けて、膝(ひざ)もて背(せなか)を撞(つ)くと云(い)ふのですさうすれば、曾(かつ)ての實驗(じつけん)に依(よつ)て出(で)るから、之(これ)を遣(や)ツて見(み)て呉(く)れと熱心(ねつしん)に勸(すゝ)めました
さう呟(つぶや)きながら、私(わたし)は部屋(へや)の隅(すみ)から枕(まくら)を巡(めぐ)らして、明(あか)るい障子(しやうじ)の方(はう)にその面(おもて)を向(む)けた。南向(みなみむ)きといふ事(こと)は何(なん)といふ幸福(かうふく)な事(こと)であらう、それは冬(ふゆ)の滋養(じやう)を大半(たいはん)領有(りやういう)する。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
それから、——どうです、慾(よく)と云(い)ふものは、恐(おそろ)しいではありませんか? それから半時(はんとき)もたたない内(うち)に、あの夫婦(ふうふ)はわたしと一しよに、山路(やまぢ)へ馬(うま)を向(む)けてゐたのです。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
晴着(はれぎ)の場所(ばしよ)へは向(む)かない。これは彼(かれ)を蔑(さげす)み、彼(かれ)はこれを憤(いきどほ)る。こんなことが、一體(たい)あつてよいものか
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「ああ、すこしありますよ」女房は入口の方へ体を捻(ね)じ向(む)けて、客を透(すか)すようにしたが、障子の陰になって客の姿は見えなかった。が、それでも、「いらっしゃいまし」
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
『御用(ごよう)でございますか。』と、紀(こつな)は振(ふ)り向(む)いて跪(ひざまづ)いた。但馬守(たじまのかみ)はヂッと紀(こつな)の顏(かほ)を見詰(みつ)めてゐたが
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
『奇妙々々(きめう/\)!』と愛(あい)ちやんが叫(さけ)びました(非常(ひじやう)に驚(おどろ)いた爲(ため)に何(なん)と云(い)つて可(い)いか些(ちよつ)と解(わか)らず)『今(いま)私(わたし)は一番(ばん)大(おほ)きい望遠鏡(ばうゑんきやう)のやうに、何時(いつ)も外(そと)へ向(む)いたッきりだわ!左樣(さやう)なら、 ...
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
当季(たうき)斯(か)やうな物(もの)は誠に少なくなりましたがと云(い)つて、服紗(ふくさ)を刀柄(つか)へ巻(ま)いて抜(ぬ)くんだよ、先方(むかう)へ刃(は)を向(む)けないやうに、此方(こちら)へ刃(は)を向けて鋩子先(ばうしさき)まで出(で)た処でチヨンと鞘(さや)に収(をさ)め
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
缶は、横とびにとんで、艇夫長の向(む)こう脛(ずね)に、ごつんといやな音をたてて、ぶつかった。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょうど召使(めしつかい)がそこいらに多勢(おおぜい)いましたので、お医者さんはその人たちに言いつけて、できるだけ早く寝台をぐるりとまわして、死神が足のそばに立つような向(む)きになおしました。
植竹(うゑたけ)の本(もと)さへ響(とよ)み出(い)でて去(い)なば何方(いづし)向(む)きてか妹(いも)が嘆(なげ)かむ 〔巻十四・三四七四〕 東歌
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そのほか、あなたこなたの職掌(しょくしょう)向(む)きも、茶屋酒、用うべし、脂粉の好みには、女も供えてやるがよく、小判小粒ですむところは、なぜ、手でつかみ出して、撒(ま)いてやらなかったのか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その四角(かく)な彼女(かれ)が向(む)いてる硝子窓(がらすまど)からは、黄色(きいろ)い落葉松(からまつ)の林(はやし)や、紫色(むらさきいろ)の藻岩山(さうがんざん)が見(み)えて、いつもまち子(こ)が腰(こし)をおろして涙(なみだ)ぐむ時(とき)は、黄昏(たそがれ)の夕日(ゆふひ)のおちる時(とき)で硝子窓(がらすまど)が赤(あか)くそまつてゐた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
ある犬通の話に、野犬(やけん)の牙は飼犬(かいいぬ)のそれより長くて鋭く、且外方(そっぽう)へ向(む)くものだそうだ。生物(せいぶつ)には飢(うえ)程恐ろしいものは無い。食にはなれた野犬が猛犬になり狂犬になるのは唯一歩である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
この石(いし)の室(しつ)は、圓塚(まるづか)ではたいていその前(まへ)の方(ほう)(南(みなみ)に向(む)いたものが多(おほ)いのですが)に口(くち)を開(ひら)いてをり、前方後圓(ぜんぽうこうえん)の塚(つか)では、後(うしろ)の方(ほう)の圓(まる)い丘(をか)の横(よこ)に入(い)り口(ぐち)を開(ひら)いてゐるのが普通(ふつう)であります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
暫(しばら)くして、ラランはその弱(よは)つたからだを南(みなみ)へ向(む)けて、熱(あつ)い印度(インド)の方(はう)へふらふら飛(と)んでゐたが、ガンガといふ大河(たいか)の上流(じようりう)で、火傷(やけど)した口(くち)の渇(かわ)きを湿(うる)ほさうとして誤(あやま)つて溺(おぼ)れ死(し)んでしまつた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
私はロチスター氏がイングラム孃を顧(かへり)みイングラム孃が彼の方を向(む)くのを見た。
若旦那の甲子太郎(きねたろう)様や、奉公人たちが多勢飛んで来ましたが、——殺されたとなると、お上(かみ)向(む)きも面倒になるし、商売柄人様に怨(うら)まれているからだと、世間様に思われるのも口惜(くや)しいから
思(おも)ふにコロボツクルは適當の石(いし)を獲(え)たる時、又は氣(き)の向(む)きたる時に、必要以外(ひつえういぐわい)の石鏃(せきぞく)を作(つく)り置(お)き之を土器其他の入れ物に収(をさ)めて後日の豫備(よび)とし或は物品交換(ぶつぴんかうくわん)の用に供(きよう)する爲貯(たくは)へ置(お)きしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
御意に入りましたら蔭膳(かげぜん)を信濃(しなの)へ向(む)けて人知らぬ寒さを知られし都の御方(おかた)へ御土産(おみやげ)にと心憎き愛嬌(あいきょう)言葉商買(しょうばい)の艶(つや)とてなまめかしく売物に香(か)を添ゆる口のきゝぶりに利発あらわれ、世馴(よな)れて渋らず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこでみんなはくつろいで、気(き)の向(む)いた様(よう)にふるまいました。