“八(や)” の例文
彼(か)の八(や)ツ山(やま)の沖(おき)に並(なら)んで泛(うか)ぶ此(これ)も無用なる御台場(おだいば)と相俟(あひま)つて、いかにも過去(すぎさ)つた時代の遺物らしく放棄された悲しい趣(おもむき)を示してゐる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ソフアの傍には、八(や)つ手(で)の鉢植、むかしのままに、ばさと葉をひろげて、乙彦が無心に爪で千切(ちぎ)りとつた痕(あと)まで、その葉に残つてゐる。
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
またその身體(からだ)には蘿(こけ)だの檜(ひのき)・杉の類が生え、その長さは谷(たに)八(や)つ峰(みね)八(や)つをわたつて、その腹を見ればいつも血(ち)が垂れて爛(ただ)れております
品川(しながわ)まで来ると、八(や)ツ山下(やました)の、ちょっと海の見えるところに、掛け茶屋が出ているから、龍造寺主計は、そのまえに立ちどまって
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「馬鹿野郎、思い知ったか」そう捨てぜりふを吐き捨てると八(や)ツ乳(ぢ)の草鞋(わらじ)に砂を蹴って、まっしぐらにどこともなく逃げ去った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地味な柄の光らぬ単衣(ひとえ)物。黒絽(くろろ)の帯に、これだけは思い切(きっ)て派手な縫い模様。上品でしかも艶(つや)やかな襟(えり)の好み、八(や)つ口(くち)の匂(にお)い。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
此二上山に八(や)ところまで見とどけて、其後久しく、日のみ子さまのおめしの湯水は、代々の中臣自身、此山へ汲みに参ります。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
で、搦(から)み合(あ)つた四(よ)つの袖(そで)から、萌黄(もえぎ)と其(そ)の紫(むらさき)とが彩(いろ)を分(わ)けて、八(や)ツにはら/\と亂(みだ)れながら、しつとりと縺(もつ)れ合(あ)つて、棲(つま)紅(くれなゐ)に亂(みだ)れし姿(すがた)。……
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
國「実にこんなお嬢さまはない、親孝行で、お父(とっ)さんのお達者の時分には八(や)ツ九ツまで肩を擦(さす)ったり足を揉んだりして、実に感心致します」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
八(や)っちゃんが黒い石も白い石もみんなひとりで両手でとって、股(もも)の下に入れてしまおうとするから、僕は怒ってやったんだ。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
物理学者が尺度の比較をする時には寒暖計を八(や)かましく云っても、天王星やシリアスの位置を帳面につける必要はまだない。
方則について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
朝飯が済でから身仕度するが凡(およ)そ二時まで掛ります、大層着物を被(き)るのが八(や)かましい人で毎(いつ)でも婚礼の時かと思うほど身綺麗(みぎれい)にして居ました
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ばさっとした八(や)ツ手(で)の木の上からちらちらと灯が洩れていた。それはお志保の居間の小窓であった。幸いにもカーテンが半ば引かれてあった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
きみなんか、ワシのゴルゴさんに八(や)つ裂(ざ)きにされちまうといいや! そんなひげなんか、おくさんに切られちまうといいや!
お前がやれ量炭も買えんだのッて八(や)か間(ま)しく言うから昨夜(ゆうべ)金公の家へ往(い)って借りようとして無(ない)ってやがる。それから直ぐ初公の家(とこ)へ往ったのだ。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
途で一人の老婆が麺麭の実の頭に穴を穿(うが)ち、八(や)つ手(で)に似た麺麭の葉を漏斗(じょうご)代りに其処(そこ)へ突込み、上からコプラの白い汁を絞って流し込んでいた。
「ちょうどなんだな。裏と表と反対の方角に発達する訳になるな。これからの人間は生きながら八(や)つ裂(ざき)の刑を受けるようなものだ。苦しいだろう」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
庭はとてもせまい。さるすべりと八(や)ツ手(で)と、つげの木が四、五本植(うわ)って、離れの塀ぎわには竜(りゅう)のひげが植えてあった。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
八(や)ツ橋(はし)流を預っている彼女の、含蓄のある真伎倆を、も一度昂揚(こうよう)させるために、よい作を選み、彼女の弾箏五十年の祝賀にそなえたいと思ううちに
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それから二日ばかり経(た)つて日比野の母親から、お八(や)つを差上げ度(た)いからお涌に遊びに来るやうにと招きがあつた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
亭のあるところまで行きつかないうちに力が抜けてしまい、どんと尻餅をついてそのままと相成ったのが、入口から入ったすぐのところの八(や)つ手(で)の葉かげ。
暗い外で客と話している俥夫(しゃふ)の大きな声がした。間もなく、門口(かどぐち)の八(や)つ手(で)の葉が俥(くるま)の幌(ほろ)で揺り動かされた。俥夫の持った舵棒(かじぼう)が玄関の石の上へ降ろされた。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
翌(あく)る日(ひ)も漸(やうや)う巳(み)の下刻(げこく)になつて、ちやんと共揃(ともぞろ)ひをした武士(ぶし)が改(あらた)めて愚老(ぐらう)を迎(むか)へに見(み)えましたが、美濃守樣(みののかみさま)はもう前(まへ)の日(ひ)の八(や)つ頃(ごろ)に御臨終(ごりんじう)でござりまして。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
たまたま下の洗面所に顔でも洗いにゆくと、目に入るものは、赤錆いろの鉄分の強い坪ばかりの池の水と、萎(な)えきって生色のない八(や)つ手(で)の一、二本である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
石田氏はタジタジになり、坐りなおしてお辞儀をすると、太田夫人は八(や)つ手(で)の葉のような大きな手を振って
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
門の際(きわ)には高い八(や)つ手(で)が栽(う)えてあって、その葉かげに腰を屈(かが)めておてつが毎朝入口を掃(は)いているのを見た。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もし階數(かいすう)が七(なゝ)つ八(や)つ、高(たか)さが百尺(ひやくしやく)程度(ていど)のものならば、二階(にかい)三階(さんがい)或(あるひ)は四階建(しかいだて)に傷(いた)みが最(もつと)も著(いちじる)しいようである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
八犬伝の全体の女主人公になっておられる伏姫(ふせひめ)様が夫と立てておられる八(や)つ房(ふさ)という犬に身を触れずにみごもられた……というお話の処まで読んでしまいました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「いいえ! たとえこの身が八(や)ツ裂(ざ)きになりましょうとも退きませぬ! 道へお集りのみなさまもきいて下さいまし! このご前は、この嘘つきのご前さまは——」
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
ああ、その片輪の一人ですね。さっき髯(ひげ)の生えた盲(めくら)が一人、泥だらけの八(や)つ頭(がしら)を撫(な)でまわしながら
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小言(こごと)の一(ひと)つも言(い)はれましやうなら火(ひ)のやうに成(な)つて腹(はら)だゝしく、言葉返(ことばがへ)しはつひしか爲(し)ませんかつたけれど、物(もの)を言(い)はず物(もの)を喰(た)べず、隨分(ずゐぶん)婢女(をんな)どもには八(や)つ當(あた)りもして
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
品川へ用達(ようた)しに往って、わたしは尾張町(おわりちょう)にいたのですよ、親方の用事で五時比(ごろ)から往ったのですが、八(や)つ山(やま)の飲み屋で一ぱいやってるうちに、遅くなって、いっそ遊んで、朝
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
少し低声(こごえ)になった真似をして、「帳場が、また悪く八(や)ヶ間敷(まし)いんですから、私なんか全く困るんですよ。……時々斯うして、お客様に、女中がお気の毒な目をお掛け申して。」
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
おまえは、なにかまぼろしを見て、そうしていたのじゃろうが、いつまでも、そうしていたら、平家の亡者(もうじゃ)の中へひきこまれ、ついには八(や)つざきにされてしまうところじゃった。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
それから十一日には二度目の霜が降った。四度目の霜である十二月朔日(ついたち)は雪のようであった。そしてその七日八日九日は三朝続いたひどい霜で、八(や)ツ手(で)や、つわぶきの葉が萎(な)えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
近い所は、起きぬけに朝飯前(あさめしまえ)の朝作り、遠い畑へはお春っ子が片手に大きな薬鑵(やかん)、片手に茶受の里芋か餅かを入れた風呂敷包を重そうに提(さ)げ、小さな体を歪(ゆが)めてお八(や)つを持て行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
一(ひ)い、二(ふ)う、三(み)い、四(よ)お、五(い)つ、六(む)う、七(なな)、八(や)あ、九(ここ)、十(とを)、十一、十二……十三……
落葉日記(三場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それから、ここへぐるりとかきをこしらえて、そのかきへ、八(や)ところに門をあけよ。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
東京の町を歩くのに、小母さまは、いつも我知らず右手を八(や)ツ口(くち)から入れて懐手(ふところで)をしてお歩きになる。ころんだらおきられなくてあぶないから手をお出しなさいませ、やかましく私が云う。
特別な賢婦人ならイザ知らず、若い女の心は道理よりも感情に傾きやすいから感情を以て良人(おっと)を択んだら十人が九人まで大間違を起します。旨(うま)く中(あた)ってもいわゆる八(や)ツ中(あた)りの僥倖(ぎょうこう)に過ぎません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
将軍家はお八(や)つの菓子を貰ひ損ねた子供のやうに、態(わざ)と外(そ)つ方(ぽう)を向いた。
君の崇拝する篠田先生も紡績女工の夜業などには、大分(だいぶ)八(や)ヶ間敷(ましく)鋭鋒(えいほう)を向けられるが、新聞配達の夜業はドウしたもんだイ、他(ひと)の目に在(あ)る塵を算(かぞ)へて己(おのれ)の目に在る梁木(うつばり)を御存(ごぞんじ)ないのか、矢ツ張り
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ことごとく四十八(や)渓(たに)を越えぬまに寂しくなりぬ千山の路
ただのお八(や)つやお十時の間食を意味するのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
浅間八(や)ツ(嶽)左右に高く秋の立つ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
わが生きて返れるは纔(わずか)に八(や)たびのみ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「八(や)いばに掛けて」八人。
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
八(や)たび歌よみに与ふる書
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ソファの傍には、八(や)つ手(で)の鉢植、むかしのままに、ばさと葉をひろげて、乙彦が無心に爪で千切(ちぎ)りとった痕(あと)まで、その葉に残っている。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼(か)の八(や)ツ山(やま)の沖(おき)に並んで泛ぶこれも無用なる御台場(おだいば)と相俟(あいま)って、いかにも過去った時代の遺物らしく放棄された悲しい趣を示している。