“煮(に)” の例文
こうした人(ひと)たちの集(あつ)まるところは、いつも笑(わら)い声(ごえ)のたえるときがなければ、口笛(くちぶえ)や、ジャズのひびきなどで、煮(に)えくり返(かえ)っています。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
煮(に)るかと云うに、いや生(なま)こそ殊(こと)にうましなぞと口より出まかせに饒舌(しゃべ)りちらせば、亭主、さらば一升まいらせむ、食いたまえと云う。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ハツカネズミは水をくんで、火をおこし、おぜんごしらえをする役(やく)めです。それから、腸(ちょう)づめは煮(に)たきをすることになっていたのです。
鯊の頭にはギョッとした。蒲鉾屋(かまぼこや)からでも買い出して来たのか。誰が買うのか。ダシにするのか。煮(に)て食うのか。儂は泣きたくなった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
「豆をひくにしても煮(に)るにしても、おまえの腕ではとてもできないし、私(わたし)の考えでは当分休むよりほかにしかたがないが、そうすると」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ほどなく土地の内藤三郎兵衛道勝(どうしょう)も来て大釜で粥(かゆ)を煮(に)、兵の飢えはしのがれたが、尊氏はなお、腰糧(こしがて)三百人分を道勝の手に託して
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
A いよ/\馬鹿(ばか)だなア此奴(こいつ)は。凡(およ)そ、洒落(しやれ)、皮肉(ひにく)、諷刺(ふうし)の類(るゐ)を説明(せつめい)して何(なん)になる。刺身(さしみ)にワサビを附(つ)けて煮(に)て食(く)ふ樣(やう)なもんぢやないか。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
が、その御馳走の珍しい事は、汁、鱠(なます)、煮(に)つけ、果物、——名さえ確かに知っているのは、ほとんど一つもなかったくらいです。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
右(みぎ)の車麩(くるまぶ)のあるのを見(み)つけて、おかみさんと馴染(なじみ)だから、家内(かない)が頼(たの)んで、一(ひと)かゞり無理(むり)に讓(ゆづ)つて貰(もら)つたので——少々(せう/\)おかゝを驕(おご)つて煮(に)た。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「左様(さう)ですな」と矢っ張り煮(に)え切(き)らない答をした。父(ちゝ)はじつと代助を見てゐたが、段々(だん/\)皺(しわ)の多い額(ひたひ)を曇(くも)らした。兄(あに)は仕方なしに
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
大東京のホルモンを皆よせあつめて来たかのような精力的(エネルギッシュ)な新開地(しんかいち)、わが新宿街(しんじゅくがい)は、さながら油鍋(あぶらなべ)のなかで煮(に)られているような暑さだった。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「おれのは漬物(つけもの)だよ。お前のうちじゃ蕈(きのこ)の漬物なんか喰べないだろうから茶いろのを持って行った方がいいやな。煮(に)て食うんだろうから。」
谷 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
かれらが失望(しつぼう)落胆(らくたん)すべき必然(ひつぜん)の時期(じき)はもはや目のまえに迫(せま)っていると思うと、はらわたが煮(に)えかえってちぎれる心持ちがする。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
次の日の夕方、湖畔の焚火(たきび)を囲んで盛(さか)んな饗宴(きょうえん)が開かれた。大鍋(おおなべ)の中では、羊や馬の肉に交って、哀れなシャクの肉もふつふつ煮(に)えていた。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして滋養(じよう)を与えるために白身の軽い肴(さかな)を煮(に)ていると、復一は男ながら母性の慈(いつく)しみに痩せた身体もいっぱいに膨(ふく)れる気がするのであった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
焙(あぶ)られ、焼かれ、煮(に)られ、引き裂かれ、又は猛獣の餌食にあたえられて行く凄愴、陰惨を極めた場面の極彩色密画であった。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「俺(お)ら今朝(けさ)はたべたかねえかんな、汝(われ)構(かま)あねえで出來(でき)たらたべた方(はう)がえゝぞ」お品(しな)はいつた。又(また)氷(こほ)つた飯(めし)で雜炊(ざふすゐ)が煮(に)られた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
煙草屋(たばこや)の角(かど)に立(た)ったまま、爪(つめ)を煮(に)る噂(うわさ)をしていた松(まつ)五郎(ろう)は、あわてて八五郎(ろう)に目(め)くばせをすると、暖簾(のれん)のかげに身(み)を引(ひ)いた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
私(わたし)は、わかい牝牛(めうし)の腎臓脂肪(じんぞうしぼう)へチーズを交ぜ、それを陶器皿(とうきざら)に入れてとろ火で煮(に)た。金物(かなもの)の臭(にお)いを避(さ)けるために、中の骨(ほね)を小刀がわりに使った。
我(お)れが饀(あん)この種(たね)なしに成(な)つて最(も)う今(いま)からは何(なに)を賣(う)らう、直樣(すぐさま)煮(に)かけては置(お)いたけれど中途(なかたび)お客(きやく)は斷(ことは)れない、何(ど)うしような、と相談(そうだん)を懸(か)けられて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
藪入で休暇をもらった小僧が、田舎の実家へ帰り、久しぶりで両親に逢(あ)ったのである。子供に御馳走(ごちそう)しようと思って、母は台所で小豆を煮(に)ている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
さて此家にも別に竈(かまど)はなくみな炉(ろ)にてものを煮(に)る也。やがて夜もくれければ姫小松を細く割たるを燈(ともし)とす、光(ひか)り一室(いつしつ)をてらして蝋燭(らふしよく)にもまされり。
二五八九、二、一八、午後十二時。うどんを煮る鮒の汁の煮(に)沸(たぎ)る音をききつつ。(月は三時ちょっと前に落ちた)。
牛乳を煮(に)て冷(さま)して置きますと薄く上へ張って来るクリーム、それを集めてその中に黒砂糖を入れたものであります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
このカスターソースは拵えて冷しておくと菓物(くだもの)の煮(に)たのへ掛けても何の菓子へ掛けても美味しくって調法ですが、これでカステラのプデンも出来ます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
食は野菜(やさい)のみ、魚とては此辺の渓川(たにがわ)にて捕らるるいわなというものの外、なにもなし。飯のそえものに野菜煮(に)よといえば、砂糖(さとう)もて来たまいしかと問う。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
実は恋患い組の一人で一番深く思い詰めて居た——三之助とお艶が綱を渡って逢引しているのを見て業(ごう)を煮(に)やし
面白くない勝負をして焦立(いらだ)った仁右衛門の腹の中とは全く裏合せな煮(に)え切(き)らない景色だった。彼れは何か思い切った事をしてでも胸をすかせたく思った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
夜店の二銭のドテ焼(豚(ぶた)の皮身を味噌(みそ)で煮(に)つめたもの)が好きで、ドテ焼さんと渾名(あだな)がついていたくらいだ。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
佐助は鯛のあら煮(に)の身をむしること蟹蝦(かにえび)等の殻(から)を剥(は)ぐことが上手(じょうず)になり鮎(あゆ)などは姿を崩(くず)さずに尾の所から骨を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こんなふうにして煮(に)えきれずにいるうちに、とうとうぐうぜんの事情(じじょう)が、わたしに思い切ってできなかったことをさせることになった。それはこうであった。
煮(に)くたらしたほうれんそうのように見え、どんなにりっぱなひとたちも、いやなかっこうになるか、どうたいのない、あたまだけで、さかだちするかしました。
これは鹽燒(しほや)き、てんぷら、煮(に)つけ、刺(さ)し身(み)などになり、鑵詰(かんづ)めにあきた登山者(とざんしや)にとつて何(なに)よりの珍味(ちんみ)です。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
ちょうど同時に、大阪の鮫皮商が、廃刀令出て鮫皮が塵埃同然の下値となり、やむをえず高価絶佳の鮫皮を酢で煮(に)爛(ただ)らかして壁を塗る料にして售(う)った事もあり。
おかみさんはいかがですと、小女子魚(こうなご)の佃煮を佐藤に分けてやると、佐藤は豆の煮(に)たのを返礼にした。
にぎり飯 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
煮(に)え湯を飲ませてどうするものかね? あたしも、随分道楽もして見たが、まだ窖酒ッてなあ飲んだことがないんだから、ゆっくり一度、酔って見たいと思うんだよ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
みんな総立ちになり、いっぽう腹ばいになったまま、頑としていうことをきかない犬に業(ごう)を煮(に)やす。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その午後、あたしは煮(に)られるような思いで、日の暮れるのを待っていました。この五時間ほどの時間が、自分の半生よりも、もっともっと長いような気がしましたわ。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と父(とう)さんが話(はな)してやりました。その時(とき)、父(とう)さんが雀(すずめ)に、あの大(おほ)きなお釜(かま)の方(はう)を御覽(ごらん)と言(い)つて見(み)せました。そこではお家(うち)の畠(はたけ)で取(と)れたお茶(ちや)の葉(は)を煮(に)て居(ゐ)る人(ひと)があります。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
或時(あるとき)はデレリ茫然(ばうぜん)としてお芋(いも)の煮(に)えたも御存(ごぞん)じなきお目出(めで)たき者は当世(たうせう)の文学者(ぶんがくしや)を置(お)いて誰(た)ぞや。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵、三文字屋金平(著)
その間(ま)に女(おんな)は櫃(ひつ)に穴(あな)をあけて、ぐらぐら煮(に)え立(た)っているお湯(ゆ)を穴(あな)からつぎ込(こ)みますと、中で
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
坊(ぼう)さんは強(し)ひてとも言(ゆ)はず、それなり何處(どこ)へか掻(か)き消(け)すやうにゐなくなりました。芋(いも)がすつかり洗(あら)へたから、それをお上(かみ)さんは家(いへ)にもち歸(かへ)り、そしてお鍋(なべ)に入(い)れて煮(に)ました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
此奴が崩れた日には、この煮(に)え滾(たぎ)った牛鍋が何時僕達の頭の上で宙返りをするかも知れない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
須原峠を越(こ)え湯(ゆ)の小屋(こや)に至(いた)り泊す、温泉塲(をんせんば)一ヶ所あり、其宿の主人は夫婦共に偶(たま/\)他業(たぎやう)して在(あ)らず、唯浴客数人あるのみ、浴客一行の為めに米(こめ)を炊(かし)ぎ汁(しる)を煮(に)且つ寝衣をも貸与(たいよ)す
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
春日野(かすがぬ)に煙(けぶり)立(た)つ見(み)ゆ※嬬等(をとめら)し春野(はるぬ)の菟芽子(うはぎ)採(つ)みて煮(に)らしも 〔巻十・一八七九〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「とは云えこのまま帰っては弓師左衛門や忠蔵へ対してちと面目がござらぬではないか」主馬は煮(に)え切らずこんな事を云った。それから門へ近寄って何気なくトンと押して見た。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
或る時八幡太郎ここを通りしに、敵味方(てきみかた)いずれの兵糧(ひょうりょう)にや、粥(かゆ)を多く置きてあるを見て、これは煮(に)た粥かといいしより村の名となる。似田貝の村の外を流るる小川を鳴川(なるかわ)という。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夜陰(やいん)の森中(もりなか)に、鬼火(おにび)の燃える鼎(かなえ)の中に熱湯(ねっとう)をたぎらせて、宗盛(むねもり)に似せてつくった藁(わら)人形を煮(に)ました。悪僧らはあらゆる悪鬼の名を呼んで、咒文(じゅもん)を唱えつつ鼎(かなえ)のまわりをまわりました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
神さまが私を前へ導き下さつたに相違ない。私自身の意志や良心は、煮(に)えたぎる悲しみに、一つは踏みつけられ、他は窒息してゐた。たゞ獨り、途を行きながら私は、烈(はげ)しく泣いてゐた。
文麻呂は清原の煮(に)え切らぬ態度を不愉快(ふゆかい)に感ずる。励ますように………
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)