“えい”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:エイ
語句割合
酔14.0%
映12.6%
英8.4%
曳8.4%
詠8.4%
裔7.9%
栄7.4%
咏6.5%
鱏3.7%
纓3.3%
営2.8%
榮2.3%
衛1.9%
嬰1.4%
得言1.4%
穎1.4%
楹0.9%
營0.9%
郢0.9%
潁0.5%
瑛0.5%
衞0.5%
影0.5%
得謂0.5%
楧0.5%
瑩0.5%
璿0.5%
癭0.5%
翳0.5%
鋭0.5%
頴0.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
折角いい機嫌(きげん)で帰って来た八助の酔(えい)をすっかりさまして、秦野屋の足はまた何処へ向ってゆくか、宙を飛んで寺町の暗(やみ)へ消え去りました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其頃(そのころ)の宗助(そうすけ)は今(いま)と違(ちが)つて多(おほ)くの友達(ともだち)を持(も)つてゐた。實(じつ)を云(い)ふと、輕快(けいくわい)な彼(かれ)の眼(め)に映(えい)ずる凡(すべ)ての人(ひと)は、殆(ほと)んど誰彼(だれかれ)の區別(くべつ)なく友達(ともだち)であつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それは見る見る売り切れとなって、全国の少年はこの日記を読まないことを恥とした。日記は仏(ふつ)、独(どく)、英(えい)、日(にち)、の各国語に訳(やく)された。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
とたんに鉄棒空(くう)に躍って頭(こうべ)を目懸けて曳(えい)! と下す。さしったりと身を交せば、狙(ねら)い外(はず)れて発奮(はずみ)を打ち路傍の岩を真二(まっぷた)つ。石鉄戛然(かつぜん)火花を散らしぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
古人は桜(さくら)を花の王と称した、世の中に絶えて桜のなかりせば人の心やのどけからましと詠(えい)じた、吾人は野に遊び山に遊ぶ、そこに桜を見る
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
且つ元(げん)の裔(えい)の猶(なお)存して、時に塞下(さいか)に出没するを以て、辺に接せる諸王をして、国中(こくちゅう)に専制し、三護衛の重兵(ちょうへい)を擁するを得せしめ、将を遣(や)りて諸路の兵を徴(め)すにも
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一番繁く出入して当人慥(たしか)に聟君(むこぎみ)登第(とうだい)の栄(えい)を得る意(つもり)で己惚(うぬぼ)れてゐるのが、大学の学士で某省の高等官とかを勤める華尾(はなを)高楠(たかくす)
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
支那(シナ)の文人などには、独酌の趣を咏(えい)じた作品が古くからあったようだが、此方(こちら)では今でも普通の人は酒に相手をほしがる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
泥酔して上機嫌になると石黒大尉は異様な発揚状態になり、火のついた葉巻をところかまわず裸身へおしつけるのと、鱏(えい)の皮で生皮を剥がれることだった。
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それがけしからぬいたずらとしても、楚王(そおう)が纓(えい)を絶った故事も思いあわされて、きょうの場合には主人の忠通もそれを深く咎めたくなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてまた、尊氏の営(えい)は、さきの宝満寺を引きはらって、はやくも、逆瀬川の川尻のひがし、魚見堂へ、その本営を移したということでもある。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「その歳の冬——お榮(えい)の厄があけるのを待つて、節分過ぎには一緒になる筈だつたと言ふから、無理もありませんね」
「もし衛(えい)の君が先生をおむかえして政治を委ねられることになりましたら、先生は真先に何をなさいましょうか。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
晏子(あんし)(五〇)戄然(くわくぜん)として衣冠(いくわん)を(五一)攝(をさ)め、謝(しや)して曰(いは)く、『嬰(えい)、不仁(ふじん)と雖(いへど)も、子(し)を厄(やく)に免(まぬか)れしむ。何(なん)ぞ子(し)絶(た)つを求(もと)むるの速(すみや)かなるや』と。石父(せきほ)曰(いは)く、『然(しか)らず。 ...
又(また)まゝ娘(むすめ)と紛紜(もめ)でも起(おこ)りましたのか、氣(き)の狹(せま)い人(ひと)なれば何事(なにごと)も口(くち)には得言(えい)はで、たんと胸(むね)を痛(いた)くするが彼(あ)の人(ひと)の性分(しやうぶん)、困(こま)りもので御座(ござ)ります、とて態(わざ)との高笑(たかわら)ひをして聞(き)かせれば
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
俵(たわら)という言葉の意味および起こりは、まだ是からの研究事項であるが、以前は束把(そくは)によって稲を算(かぞ)え、また穎(えい)すなわち穂首を揃えて、貯蔵運搬の用としたものが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
諸友はその老かつ頽なるものに就(つ)き、一楹(えい)一椽(てん)を抜きてこれに代え、以て数月の風雨を支えんと欲す。これ吾(われ)を視て異端怪物と為して、これを疎外する所以(ゆえん)なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
住(す)み馴(な)れてやがて三十年、今では僕(ぼく)も町内一二の古顏(かほ)になつてしまつたが、麻布(あさふ)區新龍(りう)土町といふと、うしろに歩兵第三聯隊(たい)のモダアン兵營(えい)を控えた戸數(すう)六七十の一區劃(くわく)だが、ロオマ法王使節館(しせつくわん)
是(ここ)に於(おい)て闔廬(かふろ)、孫子(そんし)の能(よ)く兵(へい)を用(もち)ふるを知(し)り、卒(つひ)に以(もつ)て將(しやう)と爲(な)す。西(にし)は彊楚(きやうそ)を破(やぶ)つて(一三)郢(えい)に入(い)り、北(きた)は齊(せい)・晉(しん)を威(おど)し、名(な)を諸矦(しよこう)に顯(あら)はす。孫子(そんし)與(あづか)つて力(ちから)有(あ)り。
魏が全力をあげて来た征呉大艦隊は、すでに蔡(さい)・潁(えい)(河南省・安徽省)から淮水(わいすい)へ下って、その先鋒は早くも寿春(河南省・南陽)へ近づきつつあると伝えられた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蔡(さい)・潁(えい)から湖北の淮水(わいすい)へ出て、寿春、広陵にいたり、ここに揚子江(ようすこう)をさしはさんで呉の水軍と大江上戦を決し、直ちに対岸南徐へ、敵前上陸して、建業へ迫るという作戦の進路を選んだのであった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よって瑛(えい)を逮捕し、都督宗忠(そうちゅう)をして兵三万を率(ひき)い、及び燕王府の護衛の精鋭を忠の麾下(きか)に隷(れい)し、開平(かいへい)に屯(とん)して、名を辺に備うるに藉(か)り、都督の耿瓛(こうけん)に命じて兵を山海関(さんかいかん)に練り
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
意(こころ)蓋(けだ)し今の朝廷また建文を窘(くるし)めずして厚く之(これ)を奉ず可きをおもえるなり。瑛(えい)はこれを聞きて大(おおい)に驚き、尽(ことごと)く同寓(どうぐう)の僧を得て之を京師(けいし)に送り、飛章(ひしょう)して以聞(いぶん)す。帝及び程済(ていせい)も京(けい)に至るの数(すう)に在り。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼は衞(えい)の人間ではあるが、子賎の先輩として、その指導にはこれまでかなり力を入れて来たつもりでいる。だから孔子が先輩といった中には、無論自分も含まれているはすだと思ったのである。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
孔子は、一日も早く衞(えい)の国を去りたいと思った。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
かなりの影(えい)きやうをあたへるのだ
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
この身代(しんだい)を譲られたりとて、他姓(たせい)を冒(をか)して得謂(えい)はれぬ屈辱を忍ばんは、彼の屑(いさぎよ)しと為ざるところなれども、美き宮を妻に為るを得ば、この身代も屈辱も何か有らんと
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
第十三子桂(けい)を代(だい)王とし、大同府(だいどうふ)に居き、第十四子楧(えい)を粛(しゅく)王とし、藩に甘州府(かんしゅうふ)に就かしめ、第十五子植(しょく)を封じて遼(りょう)王とし、広寧府(こうねいふ)に居き、第十六子※(せん)を慶(けい)王として寧夏(ねいか)に居き、第十七子権(けん)を寧(ねい)王に封じ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まず厨子(ずし)の本尊仏をかつぎだし、燭台経机(きょうづくえ)の類をはじめ、唐織(からおり)の帳(とばり)、螺鈿(らでん)の卓、瑩(えい)の香炉、経櫃(きょうびつ)など、床(ゆか)の一所(ひととこ)に運び集める。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
炳文の子璿(えい)[#「璿」は底本では「※」]は、帝の父懿文(いぶん)太子の長女江都公主(こうとこうしゅ)を妻とす、璿(えい)[#「璿」は底本では「※」]父の復(また)用いられざるを憤ること甚(はなはだ)しかりしという。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
林氣𤸇(りう)多く、木氣傴(く)多く、岸下の氣腫(しゆ)多く、石氣力多く、嶮岨の氣癭(えい)多く、谷氣痺(ひ)多く、丘氣狂多く、陵氣貪(たん)多く、衍氣仁多く、暑氣夭(えう)多く、寒氣壽多くなどと説いて居る。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
若僧二人大なる孔雀(くじやく)の羽もて作りたる長柄の翳(えい)を取りて後に隨ひ、香爐搖り動かす童子は前に列びてぞゆく。輿に引き添ひて歩めるは
これ適(たまたま)以(もっ)て軍旅の鋭(えい)を殺(そ)ぎ、貔貅(ひきゅう)の胆(たん)を小にするに過ぎざるのみ、智(ち)なりという可(べ)からず。燕王と戦うに及びて、官軍時に或(あるい)は勝つあるも、此(この)令あるを以(もっ)て、飛箭(ひせん)長槍(ちょうそう)、燕王を殪(たお)すに至らず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
其の仲の兄も亦(また)亡せたれば、孤身依(よ)るところなく、遂(つい)に皇覚寺(こうかくじ)に入りて僧と為(な)り、食(し)を得んが為(ため)に合淝(ごうひ)に至り、光(こう)固(こ)汝(じょ)頴(えい)の諸州に托鉢(たくはつ)修行し、三歳の間は草鞋(そうあい)竹笠(ちくりゅう)
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)