“尚(な)” の例文
塔(たふ)の上(うへ)には鳩(はと)が群(む)れ居(ゐ)、群(む)れ遊(あそ)ぶさうである。尚(な)ほ聞(き)く。花屋敷(はなやしき)の火(ひ)をのがれた象(ざう)は此(こ)の塔(たふ)の下(した)に生(い)きた。象(ざう)は寶塔(はうたふ)を背(せ)にして白(しろ)い。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
尚(な)ほ一層の探索と一番の熟考とを遂(と)げて後、来(きた)る可(べ)くは再び来らんも晩(おそ)からず、と失望の裏(うち)別に幾分の得るところあるを私(ひそか)に喜べり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
後(あと)で皆々ほっと息を吐(つ)き安心致し、尚(な)お荷主八右衞門に手当を致しますと、二日程経ちまする中(うち)に大きに口もきけるようになりました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
尚(な)お一層この娘を嫌う※但(ただ)しこれは普通の勝心(しょうしん)のさせる業(わざ)ばかりではなく、この娘の蔭(かげ)で、おりおり高い鼻を擦(こす)られる事も有るからで。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
尚(な)おその上に、この賤しむべき男が酒に酔(よっ)て酔狂でもすれば自から警(いまし)めると云うこともあろうが、大酒の癖に酒の上が決して悪くない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
尚(な)ほ云つて置くが、湯村衛はK—氏の門生で近頃世に知られた小説家である。今年三十になるが未だ独り者、妹夫婦を相手に暮して居る。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
尚(な)お蓮華温泉又は四ツ家の先の森上(もりうえ)から信越国境上に在る俗称白馬の大池(実は乗鞍の大池)に出で、小蓮華山を経て登る道も開かれた。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
『皆(みな)さん!』と云(い)つて愛(あい)ちやんは、尚(な)ほ續(つゞ)けやうとして氣遣(きづか)はしげに身(み)の周(まは)りを見廻(みまは)し、『さア、これで解散(かいさん)しやうぢやありませんか!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
尚(な)お汝(そち)は先刻(さっき)、良人(おっと)の後(あと)について行(い)って、昔(むかし)ながらの夫婦生活(ふうふせいかつ)でも営(いとな)みたいように思(おも)ったであろうが……イヤ隠(かく)しても駄目(だめ)じゃ
つまみ出(だ)して障子(せうじ)を締(し)めた、殘暑(ざんしよ)といふものは惡(わ)る惡(わる)う暑(あつ)い、空氣(くうき)が通(かよ)はないから尚(な)ほ更(さ)らである、曇(くも)つてゐるから頭痛(づつう)がする、たまらぬ。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
モンタギュー、其方(そち)は、此(この)午後(ひるご)に、尚(な)ほ申(まう)し聞(き)かすこともあれば、裁判所(さいばんしょ)フリータウンへ參向(さんかう)せい。更(あらた)めて申(まう)すぞ、命(いのち)が惜(を)しくば、皆(みな)立退(たちさ)れ。
尚(な)ほ過去(くわこ)の經驗(けいけん)に依(よ)れば、金解禁(きんかいきん)の準備(じゆんび)をする場合(ばあひ)には、世界(せかい)何(いづ)れからも日本(にほん)の圓貨(ゑんくわ)に對(たい)して思惑投機(おもわくとうき)が行(おこな)はれるのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
時は九月の初め、紅塵(こうぢん)飜(ひるが)へる街頭には尚(な)ほ赫燿(かくやく)と暑気の残りて見ゆれど、芝山内(しばさんない)の森の下道(したみち)行く袖には、早くも秋風の涼しげにぞひらめくなる
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それに雪に隠れた深い河もあるので、早く行って帰ろうと急いだ。この時も尚(な)お、ど、ど、ど——という波の音が遥かに微かに聞えたのである。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その日は兎も角引揚げた平次は、八五郎と下つ引を二三人動員して、尚(な)ほ念のために、相模屋の家族と奉公人の身持を洗はせることにしました。
けれども尚(な)ほ僕(ぼく)は大島小學校(おほしませうがくかう)の出身(しゆつしん)なることを、諸君(しよくん)の如(ごと)き立派(りつぱ)な肩書(かたがき)を持(もつ)て居(を)らるる中(うち)で公言(こうげん)して少(すこし)も恥(はぢ)ず、寧(むし)ろ誇(ほこ)つて吹聽(ふいちやう)したくなるのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
尚(な)お話し続けているところへお母さんが現れた。いつもは放任してあるけれど、溝淵閣下から話があったから気になって様子を見に来たのだった。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
けれども「現代文明」の支持者達は尚(な)おひるまない。文化は永遠であつて決して物的條件の爲めに變化しないという。
唯物史観と文学 (旧字旧仮名) / 平林初之輔(著)
尚(な)お、注意すべきは、この事件が毫(ごう)も犯罪的の意味を含まず、不幸変死事件を誘発したとは云え、全く悪戯の範囲を出でなかったという点であります。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼(かれ)が自分(じぶん)の庭(には)に立(た)つた時(とき)は、古(ふる)い煤(すゝ)だらけの疎末(そまつ)な建築(けんちく)は燒盡(やきつく)して主要(しゆえう)の木材(もくざい)が僅(わづか)に焔(ほのほ)を吐(は)いて立(た)つて居(ゐ)る。火(ひ)は尚(な)ほ執念(しふね)く木材(もくざい)の心部(しんぶ)を噛(か)んで居(ゐ)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ぢつとしてゐても動悸(どうき)がひどく感じられて鎮(しづ)めようとすると、尚(な)ほ襲はれたやうに激しくなつて行くのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
顧(おも)うに、若(も)し隈公にして余(われ)のこれに与(あず)かるを許さず、諸君にして余を擯斥(ひんせき)するあるも、余は尚(な)お自(みず)から請うてこの事に従い、微力ながらも余が力を尽し
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
尤も地中に掘り込んだ岩窟であるから非常に発達したという今日でも尚(な)お大した変化はないかも知れぬが、その岩室の低い天井からランプを釣り下げて
富士登山 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
政府はほとんど全国の兵を挙(あ)げ、加(くわ)うるに文明精巧(せいこう)の兵器(へいき)を以てして尚(な)お容易(ようい)にこれを鎮圧(ちんあつ)するを得ず、攻城(こうじょう)野戦(やせん)凡(およ)そ八箇月、わずかに平定(へいてい)の功(こう)を奏(そう)したれども
黄表紙も可なり、道行も可なり、其形式を保存するは尚(な)ほ忍ぶ可し、想膸を学び、理想を習ふに至つては、余輩明治文学を思ふ者をして、転(うたゝ)、慨歎に堪(た)へざらしむ。
尚(な)ほしかしながら我我は、どうしてそんなに悲しく、墓の前を立ち去ることができないだらう。我我はいつでも、死後の「無」について信じてゐる。何物も残りはしない。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
それに尚(な)おありがたいことには、私の預った兵隊さんは、なかなかに物覚えが好いのである。
布哇(ハワイ)から帰って来たときであったか、それは今覚えておらぬ。何でも三橋から饅頭を沢山買って来て、わしらに食わした。その饅頭が随分多かったので今尚(な)お記憶しておる。
鹿山庵居 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
しかはあれど、わが満心の自覚を一揮直抒(いつきちよくじよ)の筆に附して、尚(な)ほ能(よ)く其の駭絶の意識の、黝然(いうぜん)たる光の穂末をだに伝へ得ざる乎、その微(かす)かなる香気(かをり)をだにほのめかし得ざる乎。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
ぬれ掾(えん)も悪くないなどと洒落れて見るが、やっぱりいけない。その次に、蒐集家が紙質に注意する事は云う迄もないが、其上に尚(な)お製本が丈夫に出来ていなければならない。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
だから病人にはよっぽど美味しいお料理を拵えて食べさせなければならない。ところが今の世中は病人の食物が無病の人の食物よりもなお不味(まず)い。不味いから病人には尚(な)お食べられない。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
是より先き妾(せふ)の尚(な)ほ郷地(きやうち)に滞在せし時、葉石(はいし)との関係につき他より正式の申込あり、葉石(はいし)よりも直接に旧情を温めたき旨(むね)申来(まをしきた)るなど、心も心ならざるより、東京なる重井(おもゐ)に柬(かん)して其(その)承諾を受け
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
そこで自分の意見を尚(な)ほ約(つゞ)めて申しますれば次の通りであります。第一に假名遣は成程性質上から保守的なものである。併しながら發音的の側から見ても大なる不都合があるものとは認めない。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
「すると君は女も知らず、殺した覚えは尚(な)お更(さら)ないというのだね?」
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「杖頭がないのに、美人を見たら、尚(な)おいけない、厭だ、厭だ」
女の姿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
尚(な)お蛙(かわず)の菜の花にひびかせて歌うに聴きとろけつつ……
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
尚(な)ほ土器の部に於て細説(さいせつ)する所有るべし。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
尚(な)おその上、四国遍路に出る、その一人が円髷(まるまげ)で、一人が銀杏返(いちょうがえし)だったのでありますと、私は立処(たちどころ)に杓(しゃく)を振って飛出(とびだ)したかも知れません。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれどもこれに就ては尚(な)お充分に調べる必要がある。甲州方面の広瀬を出発点とすれば、四時間を費さないで峠の上に出られる。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
今度はもう掛値(かけね)なし、一日も負(ま)からないと云う日になった、と云うのを私は政府の飜訳局(ほんやくきょく)に居て詳(つまびらか)に知(しっ)て居るから尚(な)お堪(たま)らない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
悪いようだが封じが固いだけに、尚(な)お開けて見たくなるは人情で、これから開封して見ますと、女の手で優しく書いてあります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『でも、お前(まへ)!』と公爵夫人(こうしやくふじん)は云(い)つて、『何事(なにごと)でも徳義(とくぎ)で持(も)つてるのさ、よく氣(き)をつけて御覽(ごらん)』夫人(ふじん)は尚(な)ほも愛(あい)ちやんの傍(そば)へ近寄(ちかよ)りました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ついでながら、私(わたくし)と私(わたくし)の生前(せいぜん)の良人(おっと)との関係(かんけい)は今(いま)も尚(な)お依然(いぜん)として続(つづ)いて居(お)り、しかもそれはこのまま永遠(えいえん)に残(のこ)るのではないかと思(おも)われます。
尚(な)おその性質を検べて見ると元来が肉食鳥で、鷲や鳶の類に入っていて、獰悪であるけれど人によく懐(なつ)くと書いてあった。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
権次は尚(な)おも蔵の戸前から離れようとしません、此処(ここ)から三右衛門を入れたら、何(ど)んな事になるかわからなかったのです。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「誰方(どっち)が失敬だ……アラあんな事言ッたら尚(な)お故意(わざ)と愚頭々々(ぐずぐず)しているよ。チョッ、ジレッタイネー、早々(さっさ)としないと姉さん知らないから宜(い)い」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「僕が其(それ)を答へる前に、松本君、君は尚(な)ほ弁明の義務を負(お)んどるぢやないか、君は誰の言を信じて篠田君を探偵と云ふのだ、売節漢と云ふのだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
尚(な)ほ最後(さいご)に我國(わがくに)の世界戰爭後(せかいせんさうご)の經濟界(けいざいかい)の状況(じやうきやう)を見(み)るに政府(せいふ)の財政計畫(ざいせいけいくわく)は巨額(きよがく)の借入金(かりいれきん)をして出來(でき)て居(ゐ)る、國民(こくみん)の状態(じやうたい)は戰時中(せんじちう)の收入(しうにふ)の多(おほ)かつたことに慣(な)れて
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
貫一は彼を以(も)て女を偸(ぬす)みて奔(はし)る者ならずや、と先(まづ)推(すい)しつつ、尚(な)ほ如何にやなど、飽かず疑へる間より、忽(たちま)ち一片の反映は閃(きらめ)きて、朧(おぼろ)にも彼の胸の黯(くら)きを照せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
『自分(じぶん)は大島先生(おほしませんせい)を拜(をが)んでも尚(な)ほ足(た)りない程(ほど)に思(おも)ふ、それならば大島先生(おほしませんせい)のやうなことを爲(す)ればよい。』
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)