“続”のいろいろな読み方と例文
旧字:續
読み方割合
つ35.6%
つづ26.7%
つゞ13.7%
つづき6.2%
つな4.1%
ツ2.7%
つゞき2.1%
つゞい2.1%
ぞく1.4%
つづけ1.4%
しょく0.7%
つが0.7%
つゞか0.7%
つゞけ0.7%
めぐ0.7%
シヨク0.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
自分の教(おす)わった師匠がその電気を取り続(つ)いで、自分に掛けてくれて、そのお蔭(かげ)で自分が生涯ぴりぴりと動いているように思っている。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それが人(ひと)の言(い)うように規則的(きそくてき)に溢(あふ)れて来(こ)ようとは、信(しん)じられもしなかった。故(ゆえ)もない不安(ふあん)はまだ続(つづ)いていて、絶(た)えず彼女(かのじょ)を脅(おびや)かした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よし子は何時(いつ)の間(ま)にか、水彩画の続(つゞ)きを描(か)き始めた。三四郎が傍(そば)にゐるのが丸で苦になつてゐない。それでゐて、能(よ)く返事をする。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
この話にもちょっとした続(つづき)がある。二、三年前、私は或る方面からの委託研究のことで、○○廠長(しょうちょう)という偉い人に会ったことがある。
妾(わたくし)めは吉(きち)と申す不束(ふつつか)な田舎者、仕合(しあわ)せに御縁の端に続(つな)がりました上は何卒(なにとぞ)末長く御眼(おめ)かけられて御不勝(ごふしょう)ながら真実(しんみ)の妹とも思(おぼ)しめされて下さりませと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
藤原の大宮づかへ 現(ア)れ続(ツ)がむ をとめが伴(トモ)は、ともしきろかも(巻一)
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
一日丈の小芝居は十二銭で、三日続(つゞき)の大芝居は三十五銭だと云(い)つた。三四郎がへえ、へえと感心してゐるうちに、演芸会場の前へ出(で)た。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
続(つゞい)て間もなく野村の父が死ぬと、もう恐ろしいものがないので、大びらに二川家に這入り込んで、我もの顔に振舞っていたのだった。
わたしたちは十間(けん)(約十八メートル)ばかりかれらの足あとをつけることができた。かれらは続(つづ)いて小屋からぬけ出した。ドルスが、ゼルビノのあとに続(ぞく)いた。
其の虫の頭は続(つづけ)さまに動く。それは前に進んだり、後戻つたり、上つたり、下つたり、右へ行き、左へゆく。その間、唇から極く僅かづつの糸を出してゐる。
黄金産出のことを記録してある最も古いものは『続(しょく)日本紀』であろうと思いますが、それによりますと、聖武(しょうむ)天皇の天平(てんぴょう)二十一年の二月、百済(くだら)の王敬福という者が、今の
一 女は我親の家をば続(つが)ず、舅姑の跡を継ぐ故に、我親よりも嫜を大切に思ひ孝行を為(なす)べし。嫁して後は我親の家に行(ゆく)ことも稀(まれ)成(なる)べし。増(まし)て他の家へは大方は使を遣(つかわ)して音問(いんもん)を為(なす)べし。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
(間夫の本義は妻妾(さいせふ)の奸淫(かんいん)するをいふ)宿外の家の続(つゞか)ざる処は庇(ひさし)なければ、高低(たかびく)をなしたるかの雪の堤(つゝみ)を往来(ゆきゝ)とす。
老夫(らうふ)筵(むしろ)の端(はし)に坐し酒を視(み)て笑(ゑみ)をふくみ続(つゞけ)て三盌(ばい)を喫(きつ)し舌鼓(したうち)して大に喜(よろこ)び、さらば話説(はなし)申さん、我廿歳(はたちのとし)二月のはじめ薪(たきゞ)をとらんとて雪車(そり)を引(ひき)て山に入りしに
この美しい娘お綾を続(めぐ)って、幾多の渇仰者(かつこうしゃ)讃美者が渦を巻いたことは想像に難(かた)くありませんが、その中でも、父親伊奈長次郎組下の若い男で、まだ独り者の秋月九十郎と妻木右太之進が
詩句と歌詞とを並べた新撰万葉集や、古今集の前名を「続(シヨク)万葉集」と言つた事実や、所謂(いはゆる)古万葉集の名義との間に、何の関係も考へずにすまして来てゐる。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)