“建(た)” の例文
あれでございますか、文部省(もんぶせう)が建(た)ちましたの、空気(くうき)の好(い)い処(ところ)でなければならんと仰(おつ)しやいまして、森大臣(もりだいじん)さまが入(い)らツしやいまして。
明治の地獄 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
村(むら)の人(ひと)は、べつに、たたるものもないが、おばあさんが死(し)んだけれど、だれも、墓(はか)を建(た)ててやるものがないということを告(つ)げました。
おばあさんと黒ねこ (新字新仮名) / 小川未明(著)
日本(につぽん)にもよし小(ちひ)さくとも、こゝかしこに考古學(こうこがく)の博物館(はくぶつかん)が建(た)てられてあつたら、このドイツの少年(しようねん)のように熱心(ねつしん)な子供(こども)が出來(でき)て來(き)て
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
「おっと、御念(ごねん)には及(およ)ばねえ。お上(かみ)が許(ゆる)しておくんなさりゃァ、棒鼻(ぼうはな)へ、笠森(かさもり)おせん御用駕籠(ごようかご)とでも、札(ふだ)を建(た)てて行(ゆ)きてえくらいだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いよいよ野原がおしまいになって、わたしたちは果(は)てしのない長い町の中にはいった。両側(りょうがわ)には見わたすかぎり家が建(た)てこんでいた。
そして間(ま)もなく、私(わたくし)の住宅(すまい)として、海(うみ)から二三丁(ちょう)引込(ひっこ)んだ、小高(こだか)い丘(おか)に、土塀(どべい)をめぐらした、ささやかな隠宅(いんたく)を建(た)ててくださいました。
地震(ぢしん)の場合(ばあひ)に崖下(がいか)の危險(きけん)なことはいふまでもない。横須賀停車場(よこすかていしやば)の前(まへ)に立(た)つたものは、其處(そこ)の崖下(がけした)に石地藏(いしじぞう)の建(た)てるを氣(き)づくであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
大佐閣下(たいさかつか)、鐵車(てつしや)も見事(みごと)に出來(でき)ましたれば、善(ぜん)は急(いそ)げで今(いま)から直(す)ぐと紀念塔(きねんたふ)を建(た)てに出發(しゆつぱつ)しては如何(どう)でせう、すると氣(き)も晴々(はれ/″\)しますから。
暴力で一時国を建(た)てることもできるし、国を亡(ほろ)ぼすこともできる。産業で国を建(た)てることもできるし、産業で国が廃頽(はいたい)することもある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その品物の用途に就いて私が訊ねると、答へるには、近頃ゲィツヘッドの附近に建(た)つた新しい教會の祭壇に掛けるものだと云つた。
下谷(したや)團子坂(だんござか)の出店(でみせ)なり。夏(なつ)は屋根(やね)の上(うへ)に柱(はしら)を建(た)て、席(むしろ)を敷(し)きて客(きやく)を招(せう)ず。時々(とき/″\)夕立(ゆふだち)に蕎麥(そば)を攫(さら)はる、とおまけを謂(い)はねば不思議(ふしぎ)にならず。
神楽坂七不思議 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
達二のうちは、いつか野原のまん中に建(た)っています。急(いそ)いで籠(かご)を開(あ)けて、小鳥を、そっとつかみました。そして引っ返(かえ)そうとしましたら
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
是(これ)は近頃(ちかごろ)になつて建(た)て増した西洋作りで、内部の装飾其他の大部分は、代助の意匠に本(もと)づいて、専門家へ注文して出来上つたものである。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そしてとうとう、彼等の小さな家の建(た)っている小高い丘のふもとを、二人の旅人が歩いてこちらへやって来るのが見えました。
鳥屋(とや)は小鳥(ことり)を捕(と)るために造(つく)つてある小屋(こや)のことです。何方(どつち)を向(む)いても山(やま)ばかりのやうなところに、その小屋(こや)が建(た)てゝあります。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
これは結婚(けつこん)に先立(さきだ)つて、新(あたら)しい家(いへ)を建(た)てる、その新築(しんちく)の室(むろ)の讃(ほ)め言葉(ことば)で、同時(どうじ)に、新婚者(しんこんしや)の幸福(こうふく)を祈(いの)る意味(いみ)の言葉(ことば)なのです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
それは、森をうしろに、海を前にして建(た)てられていました。壁は赤く塗(ぬ)ってあり、屋根(やね)はキリのように、とがっていました。
まあ惜(を)しいといへば紙(かみ)一枚(まい)でも何(なん)だが、これ、家(うち)は直(す)ぐにも建(た)てれば建(た)つんだが、樹(き)が惜(を)しいことをしたつて云(ゆ)つてるのさ
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして、躑躅(つつじ)ヶ崎(さき)の建(た)ちならぶ殿楼長屋(でんろうながや)のいらかの波(なみ)へ、バラバラバラバラまッくろな落葉(おちば)のかげが雹(ひょう)のように降(ふ)ってくる!
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人類の住居(ぢうきよ)には樣々(さま/″\)の種類有るものにて、我々(われ/\)日本人(にほんじん)は現今地盤上に建(た)てたる家にのみ住(すま)へど、古今を通じて何人種(なにじんしゆ)も同樣と云ふ譯にはあらず。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
摂津(せっつ)の大阪(おおさか)にある四天王寺(してんのうじ)、大和(やまと)の奈良(なら)に近(ちか)い法隆寺(ほうりゅうじ)などは、みな太子(たいし)のお建(た)てになった古(ふる)い古(ふる)いお寺(てら)でございます。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
以上(いじやう)は大島小學校(おほしませうがくかう)の由來(ゆらい)で御座(ござ)います。けれども果(はた)して池上權藏(いけがみごんざう)の志(こゝろざし)は學校(がくかう)を建(た)てたばかりで、成就(じやうじゆ)しましたらうか。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
路(みち)は白くぼうとなっていた。右側の畑地(はたち)の中に斑(まばら)に建(た)った農家は寝しずまって、ちょっとした明りも見えなかった。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
山(やま)を切(き)り崩(くづ)して、それに引添(ひきそ)ふやうに建(た)てられたこの家(いへ)の二階(かい)からは、丁度(ちやうど)迫(せま)らぬ程度(ていど)にその斜面(しやめん)と空(そら)の一部(ぶ)とが、仰臥(ぎやうぐわ)してゐる私(わたし)の目(め)に入(はい)つて來(く)る。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
「うむ、そりやさうだとも。大井だの目黒(ぐろ)だの。僕(ぼく)すきだな。あすこら辺(へん)のちよつと高(たか)みに、バンガロオ風(ふう)の家(うち)でも建(た)てられたら、どんなにいいか知(し)ら?」
夢 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
いつしかこれが發達(はつたつ)して、柱(はしら)を建(た)てゝその上(うへ)に三角(かく)のバラツクを載(の)せたのが今日(こんにち)の普通民家(ふつうみんか)の原型(げんけい)である。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
新舊二つの聖經標(みふみしるし)を建(た)つ、この標こそ我にこれを指示(さししめ)すなれ、神が友となしたまへる魂につき 八八—九〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
これがオノゴロ島です。その島にお降(くだ)りになつて、大きな柱を立て、大きな御殿(ごてん)をお建(た)てになりました。
此処から見ると㓐別は一目だ。関翁は此坂の上に小祠(しょうし)を建(た)てゝ斃死(へいし)した牛馬の霊(れい)を祭(まつ)るつもりで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
踏切(ふみき)りの近(ちか)くには、いづれも見(み)すぼらしい藁屋根(わらやね)や瓦屋根(かはらやね)がごみごみと狹苦(せまくる)しく建(た)てこんで、踏切(ふみき)り番(ばん)が振(ふ)るのであらう、唯(ただ)一旒(りう)のうす白(しろ)い旗(はた)が懶(ものう)げに暮色(ぼしよく)を搖(ゆす)つてゐた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
狐(きつね)と親しくなりて家を富ます術を得んと思い立ち、まず庭の中に稲荷(いなり)の祠(ほこら)を建(た)て、自身京に上(のぼ)りて正一位の神階を請(う)けて帰り、それよりは日々一枚の油揚(あぶらげ)を欠かすことなく
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
カピ長 女(むすめ)と並(なら)べてロミオどのゝ黄金(こがね)の像(ざう)をも建(た)て申(まう)そう、互(たが)ひの不和(ふわ)の憫然(ふびん)な犧牲(いけにえ)!
周囲形(めぐらしかこむかたち)は川の便利(べんり)にしたがふ。船(ふね)の通路(つうろ)はこれを除(のぞ)きて障(さは)りをなさず、又通船(つうせん)の路印(みちしるし)を建(た)て夜(よる)の為(ため)とす。さてこれにつゞといふ物を簀下(すのした)へならべ、鮏(さけ)の入るべきやうにくゝしおく也。
小夜の中山に久圓寺といふ寺が建(た)てられて、そこに観世音(かんぜおん)を祀(まつ)つたのは彼(か)の夜啼石(よなきいし)以前のことで、夜啼石の伝説から子育観音(こそだてかんのん)の名が流布(るふ)するやうになつたのではあるまいかと思はれる。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
それなら、人間(にんげん)の腸(ちょう)チブスが鐘(かね)にうつるということもあるはずだし、人間(にんげん)のジフテリヤが鐘(かね)にうつるということもあるはずである。それじゃ鐘(かね)の病院(びょういん)も建(た)たなければならないことになる。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
五年生の教室は川っぷちに新らしく建(た)った校舎のとっつきであった。川にむかった窓からのぞくと、衽(おくみ)のような形の、せまい三角地をはさんで、高い石垣(いしがき)は川床(かわどこ)まで直角に築かれていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
空氣(くうき)も流通(りうつう)しないほど、ピシヤリと障子(せうじ)を建(た)てゝ蒸(む)されてゐる、息(いき)がつまる。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
今は建(た)てつけの悪い障子がびっしゃりと閉(しま)って、あたりがしんとしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
建(た)て混んだ家並で空はひどく狹められて居りますが、一方から明神樣の森が覗いて、何處からか飼(か)ひ鶯(うぐひす)の聲も聞えてくると言つた長閑さ、八五郎の哲學を空耳に聽いて、うつら/\とやるには
夫(それ)から下(した)の方(はう)へかけて、カリフォルニヤ街(がい)の坂道(さかみち)を、断間(たえま)なく鋼索鉄道(ケーブルカー)の往来(わうらい)するのが見(み)える。地震(ぢしん)の時(とき)に焼(や)けたのが彼処(あすこ)、近頃(ちかごろ)建(た)てかけた市庁(しちやう)は彼(あれ)と、甲板(かんぱん)の上(うへ)の評定(ひやうぢやう)とり/″\頗(すこぶ)る喧(やかま)しい。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
公園は奈良式が一番善(よ)いやうだ。近頃ちよい/\公園に銅像などを建てるが、あんな人工的なものを細々(こま/″\)建(た)て列(なら)べるよりも、いろんな樹木を植ゑて森林の感じでも出すやうに心掛けたいものだ。
此の意味で周三は、一家内から相應(さうおう)に手厚(てあつ)い保護(ほご)を受けることになツた。繪を研究する爲には、邸(てい)内に、立派な獨立(どくりつ)の畫室も建(た)てゝ貰ツた。そして他から見ると、言分(いひぶん)の無い幸な若様(わかさま)になツてゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
これに反して洞院左膳は、お側に侍(はべ)ってはお太鼓を叩き、美しゅうござるの艶(あでや)かでござるのと鳰鳥殿ばかりを褒(ほ)めているので、今日も拝領、昨日も拝領、拝領の太刀や絹巻物で庫(くら)が建(た)たるという全盛。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さうだ、しかしいくら高い山へ建(た)てても雲が多(おほ)いとこぢや駄(だ)目だ
手(て)はじめに引(ひ)き入(い)れる工夫(くふう)算段(さんだん)はじいて見(み)ねば知(し)れぬものゝ割(わ)りにも合(あ)はぬ品(しな)いくら冠(かぶ)せて上穗(うはほ)は自己(おのれ)が内懷中(うちぶところ)ぬく/\とせし絹布(けんぷ)ぞろひは誰(た)れ故(ゆゑ)に着(き)し物(もの)とも思(おも)はずお庇護(かげ)に建(た)ちましたと空(そら)拜(をが)みせし新築(しんちく)の二階造(にかいづく)り其(そ)の詞(ことば)は三年先(さんねんさき)の阿房鳥(あはうどり)か
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
妻籠(つまごめ)に臺(うてな)建(た)てんか
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
「それは、よくありません。村(むら)の人(ひと)のお世話(せわ)になった、おばあさんの墓(はか)を建(た)ててあげないという法(ほう)はありません。」といいました。
おばあさんと黒ねこ (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしは黄金の木や、大理石の町や玉でかざったご殿(てん)がそこにもここにも建(た)っていても、ちっともおどろきはしなかったであろう。
註(ちう)、建(た)つて三百年(さんびやくねん)といふ古家(ふるいへ)の一(ひと)つがこれで、もう一(ひと)つが三光社前(さんくわうしやまへ)の一棟(ひとむね)で、いづれも地震(ぢしん)にびくともしなかつた下六番町(しもろくばんちやう)の名物(めいぶつ)である。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
また倉(くら)のような建(た)て物(もの)は、多(おほ)くは今日(こんにち)も奈良(なら)の正倉院(しようそういん)の御倉(おくら)などに見(み)るような、木(き)を組(く)みあはせた校倉(あぜくら)といふものであつたと思(おも)はれます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)