“師(し)” の例文
ロミオ 師(し)の御坊(ごばう)か、消息(たより)は何(なん)とぢゃ? 殿(との)の宣告(いひわたし)は何(なん)とあったぞ? まだ知(し)らぬ何樣(どのやう)な不幸(ふしあはせ)が、予(わし)と知合(しりあひ)にならうといふのぢゃ?
司馬穰苴(しばじやうしよ)は田完(でんくわん)の(一)苗裔(べうえい)也(なり)。齊(せい)の景公(けいこう)の時(とき)、晉(しん)は(二)阿(あ)・甄(けん)を伐(う)ち、而(しかう)して燕(えん)は(三)河上(かじやう)を侵(をか)し、齊(せい)の師(し)敗績(はいせき)せり。景公(けいこう)之(これ)を患(うれ)ふ。
王その高徳あって必ず位を奪わん事を恐れ宮中に召して殺さんとす、父これを愍(あわれ)み子をその舅波梨富羅国(はりふらこく)の師(し)波婆利に送る
依然(いぜん)として、閑父のよき友であり、時としてはよき師(し)である。師であるとは、勿論子の方が父の師であるという意味だ。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
「ははは。木曾殿の猛将といわれた太夫房覚明も、法(のり)の師(し)には、気が弱いの。よしよし、上人にお打ちあけして、貴公の頼みをとりなしてみよう」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
友造(ともざう)が袖崎(そでさき)の家(うち)に恩(おん)があると言(い)つたのも他(ほか)ではない、此(こ)の縣(けん)に聞(きこ)えた蒔繪師(まきゑし)だつた、彼(かれ)の父(ちゝ)に師(し)とし事(つか)へて、友造(ともざう)は一廉(ひとかど)腕(うで)の出來(でき)た職人(しよくにん)であつたので。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
向(むか)うの岸(きし)に往(ゆ)かんとし給(たま)ひしに、ある学者(がくしや)来(きた)りて云(い)ひけるは師(し)よ。何処(いづこ)へ行(ゆ)き給(たま)ふとも我(わ)れ従(したが)はん。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
百三十六個(こ)もある麻雀牌(マアジヤンパイ)の背中(せなか)の竹(たけ)の木目(もくめ)をすつかり暗記(あんき)してしまふといふいんちき師(し)のことだ。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
村からなんキロも去った、ある川口にのぞんだ大きな町には、りっぱな木ぐつ師(し)が住んでいました。少年のマタンは、その木ぐつ師(し)のところへ、小僧奉公(こぞうぼうこう)にいったのでありました。
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
得て忽ち開(ひら)く悟道(ごだう)の明門(みやうもん)無位(むゐ)眞人(しんじん)至極に治(ぢ)したる白鳥の毒氣殊更師(し)の坊より大源(たいげん)と法名を賜(たま)はり無量庵の主に直(なほ)りたり然るに汝は計略(けいりやく)首尾能(しゆびよく)行(おこな)ひしと心得我が女房を妻(つま)となし我が娘里を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
師(し)の歌右衛門(うたえもん)を慕(した)って江戸(えど)へ下(くだ)ってから、まだ足(あし)かけ三年(ねん)を経(へ)たばかりの松江(しょうこう)が、贔屓筋(ひいきすじ)といっても、江戸役者(えどやくしゃ)ほどの数(かず)がある訳(わけ)もなく、まして当地(とうち)には、当代随(とうだいずい)一の若女形(わかおやま)といわれる
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
一葉女史(いちえふぢよし)はおのれと同(おな)じ園生(そのふ)にありて萩(はぎ)の舍(や)の露(つゆ)におほし立(たて)られし下葉(したは)なり萩(はぎ)の舍(や)中島(なかじま)の師(し)は常(つね)にいにしへぶりのしなたかきを教(をしへ)さとし給(たま)へれど性來(せいらい)のすき心(こゝろ)によの耳(みゝ)ちかく俗(ぞく)に今樣(いまやう)の情態(じやうたい)を
うもれ木:01 序 (旧字旧仮名) / 田辺竜子(著)
薬師(くすりし)はさはにをれどもあれの師(し)はおほかたに似ず現(うつ)し世(よ)のため今(いま)の世(よ)のため
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
思(おもい)の外(ほか)手びろく生計(くらし)も豊かに相見え候のみならず、掛離(かけはな)れたる一軒家にて世を忍ぶには屈竟(くっきょう)の処と存ぜられ候間、お蔦夫婦の者には、愚僧同寮の学僧と酒の上口論に及び、師(し)の坊(ぼう)にも御迷惑相掛け
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「柴(さい)は愚かで、参(しん)はのろい。師(し)はお上手で、由(ゆう)はがさつだ。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
法師とは言うまでもなく法(のり)の師(し)である。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
景公(けいこう)、穰苴(じやうしよ)を召(め)して與(とも)に兵事(へいじ)を語(かた)り、大(おほい)に之(これ)を説(よろこ)び、以(もつ)て將軍(しやうぐん)と爲(な)し、兵(へい)を將(ひき)ゐて燕(えん)・晉(しん)の師(し)を扞(ふせ)がしむ。穰苴(じやうしよ)曰(いは)く
むろん、鐘巻一火(かねまきいっか)の門人(もんじん)たちも、ただは見ていなかった。もし、師(し)の身にまちがいがあってはと控(ひか)え場(ば)の幕(まく)を空(から)にして、こぞって、そこへ飛んできた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
晝(ひる)は終日(ひねもす)兵術(へいじゆつ)を修(しう)し、夜(よる)は燈下(とうか)に先哲(せんてつ)を師(し)として、治亂(ちらん)興廢(こうはい)の理(り)を講(かう)ずるなど、頗(すこぶ)る古(いにしへ)の賢主(けんしゆ)の風(ふう)あり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「指が一本ないからには、こいつあ、いい木ぐつ師(し)にゃなれぬかもしれん。」
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
さちはひに充(み)ち満(み)ちにつつあれの師(し)の君が力(ちから)はいや新(あらた)しもきみがいのちは
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
パリス 今日(けふ)は師(し)の御坊(ごばう)に懺悔(ざんげ)をばしよう爲(ため)にわせられたか?
「師(し)と商(しょう)とでは、どちらがまさっておりましようか。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
景公(けいこう)、諸大夫(しよたいふ)と郊(かう)に迎(むか)へ、師(し)を勞(ねぎら)ひ禮(れい)を成(な)し、然(しか)る後(のち)反(かへ)つて(三二)寢(しん)に歸(かへ)る。既(すで)にして穰苴(じやうしよ)を見(み)、尊(たつと)んで大司馬(たいしば)と爲(な)す。田氏(でんし)日(ひ)に以(もつ)て益〻(ますます)齊(せい)に尊(たつと)し。
「お師(し)さま! 信長公(のぶながこう)の家臣が三人ほど、ただいま、ご本堂から土足(どそく)でこれへかけあがってまいりますぞ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
マタンが、木ぐつ師(し)になりたいと思ったのにも、わけがありました。
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「おッ。お師(し)さま! た、大変(たいへん)なことになりました。あアおそろしい、……一大事(いちだいじ)でござります」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其後(そののち)、魏(ぎ)、趙(てう)を伐(う)つ。趙(てう)、急(きふ)なり。救(すくひ)を齊(せい)に請(こ)ふ。齊(せい)の威王(ゐわう)、孫臏(そんびん)を將(しやう)とせんと欲(ほつ)す。臏(ひん)、辭謝(じしや)して曰(いは)く、(三一)『刑餘(けいよ)の人(ひと)、不可(ふか)なり』と。是(ここ)に於(おい)て乃(すなは)ち田忌(でんき)を以(もつ)て將(しやう)となして、孫子(そんし)を師(し)となす。
郷里宛城(えんじょう)の田舎に引籠(ひきこも)っていた司馬懿(しばい)仲達は、退官ののちは、まったく閑居の好々爺(こうこうや)になりすまし、兄司馬師(し)、弟司馬昭(しょう)のふたりの息子あいてに、至極うららかに生活していた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
威王(ゐわう)、兵法(へいはふ)を問(と)ひ、遂(つひ)に以(もつ)て師(し)と爲(な)せり。
自然は皆(みな)師(し)だ。一冊の書物に師となることばがあれば、一木一草にも師となる声はあろう。そう考えて、彼は自嘲の一詩を旅の記に賦(ふ)し、故郷(ふるさと)の産土神(うぶすながみ)の前に額(ぬか)ずき、嬰児(あかご)にかえったような心で
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「知らぬはずはあるまい。汝(うぬ)の師(し)ではないか」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)