“這(こ)” の例文
有(あ)りますとも、第(だい)一、品川(しながは)の近(ちか)くでは有名(ゆうめい)な權現臺(ごんげんだい)といふ處(ところ)が有(あ)ります。其所(そこ)なんぞは大變(たいへん)です、這(こ)んな破片(はへん)は山(やま)の樣(やう)に積(つ)んで有(あ)ります
その時虹汀、大勢に打ち向ひて慇懃(いんぎん)に一礼を施しつゝ、咳一咳(がいいちがい)して陳(の)べけるやう、這(こ)は御遠路のところ、まことに御苦労千万也。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
掛れば瓦羅利(からり)と開くにいよ/\不審(ふしん)と進み這入(はひれ)ば這(こ)は如何に主個(あるじ)庄兵衞は何者にか殺害(せつがい)されたる物と見え血汐(ちしほ)に染(そま)りて床(とこ)の上に倒(たふ)れゐるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
果(はて)はますます暴動募(つの)りて術(すべ)よく米を渡さぬ家は打毀(うちこは)しなどする程に、市街の騒擾(そうじよう)大かたならず、這(こ)は只浪花(なには)のみならず諸国に斯る挙動ありしが
我輩固より此亂臣賊子の罪を免(ゆる)すに非ず、之を惡(にく)み之を責めて止まずと雖ども、這(こ)は唯我々臣子の分に於て然るのみ。
帝室論 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
されど這(こ)の女丈夫が三十年間如何にして日月を過せしかは諸君の知らんと欲する所なるべし、故に予は他日を期し端(はし)を改めて叙述する所あらんと欲す。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂、楢崎竜、川田雪山(著)
「はてな。」とはじめて氣(き)が着(つ)いて、主人(あるじ)が渡(わた)して行(い)つた鍵(かぎ)をガツチリ、狼狽眼(うろたへまなこ)で開(ひら)いて見(み)ると、這(こ)は如何(いかに)。箱(はこ)の底(そこ)から、階下(した)の廊下(らうか)が見通(みとほ)しであつた。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
三十年後の今日迄(こんにちまで)依然として其の色を変ぜざるのみか、一度(ひとたび)やまと新聞に写し植字(うえ)たるに、這(こ)も復(また)時期に粟田口(あわだぐち)鋭き作意と笛竹(ふえたけ)の響き渡り、恰(あたか)も船人(せんどう)の山に登るべき高評なりしを
尚(なお)追掛けて出ると、這(こ)は如何に、拙者が化(ばか)されていたのじゃ、茅屋(あばらや)があったと思う処が、矢張(やっぱり)野原で、片方(かた/\)はどうどうと渓間(たにま)に水の流れる音が聞え、片方は恐ろしい巌石(がんせき)峨々(がゞ)たる山にして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其内(そのうち)に金港堂(きんこうどう)に云々(しか/″\)の計画が有ると云(い)ふ事が耳に入(い)つた、其前(そのぜん)から達筆(たつぴつ)の山田(やまだ)が思ふやうに原稿(げんかう)を寄来(よこ)さんと云(い)ふ怪(あやし)むべき事実が有つたので、這(こ)は捨置(すてお)き難(がた)しと石橋(いしばし)と私(わたし)とで山田(やまだ)に逢(あひ)に行(ゆ)きました
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
人生七十 力囲希咄(りきいきとつ) 吾(わ)が這(こ)の宝剣 祖仏共に殺す(三七)
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心、岡倉覚三(著)
吾人は非常の驚喜と傲慢とを以て這(こ)の事実を自認す。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
這(こ)んな事(こと)で一向(かう)に要領(えうりやう)を得(え)ず、山頂(さんてう)の方(はう)では、僅(わづ)かに埴輪(はにわ)の破片(はへん)(雲珠(うず)、鞆等(ともなど))を見出(みいだ)したのみ、それで大發掘(だいはつくつ)の第(だい)一回(くわい)を終(をは)つた。
手に掛けたれば相當(さうたう)の御處分(ごしよぶん)下されかしと委細(ゐさい)訴状(そじやう)に認(したゝ)めつゝ自首(じしゆ)して出しに忠相ぬし這(こ)は捨置(すておか)れぬ事共なりと先親子をば止(と)め置き音羽の方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何条(なんでう)粗略なる事致すべき。殊に奈美女は孝心深き娘なり。両親さへ承知すれば何の違背かあるべき。這(こ)は決して仲人口(なかうどぐち)に非ず。申さば御身のお手柄とも見らるべし。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
唯だ文章が蕉拙(まづ)くつて這(こ)の女丈夫を活動させることの出来ないのが如何にも残念です。
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂、楢崎竜、川田雪山(著)
這(こ)は便(びん)なし、心(しん)を冷(ひや)した老(おい)の癪(しやく)、其(そ)の惱(なやみ)輕(かろ)からず。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
這(こ)んなのが有(あ)りましたと出(だ)して見(み)せるのは、彌生式土器(やよひしきどき)の上部(じやうぶ)(第五圖參照)と破片(はへん)澤山(たくさん)及(およ)び木(こ)の葉(は)底(ぞこ)である。別(べつ)に貝塚土器(かひづかどき)の網代底(あじろぞこ)一箇(こ)。
入させ給ふべき這(こ)は全く徳太郎君の御名を騙(かた)る曲者(くせもの)それ召捕(めしとれ)と烈(はげ)しき聲に與力ども心得たりと左右より組付(くみつき)難(なん)なく繩(なは)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
而して右板戸の縁辺(ふちへん)の支棒に接触する部分は、磨滅を防ぐためと支棒の作用の堅確を期するため、新しく亜鉛(あえん)板を以て蔽(おお)いありたるも、這(こ)は却(かえ)って軽微の力を以て
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
這(こ)んな事が有るだろうと思って、お前さんが身支度をしている間(うち)に乾漢(こぶん)を走らして道筋々々へ、先廻りして、身内の者に網を張らして置いたのよ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
番人の瘠せ枯れたる若き唐人、驚き喜びて迎へ入るゝに、下の土室(あなぐら)にて待兼ねたる黄駝の喜びは云ふも更なり。わが携へたる生胆を一眼見るより這(こ)は珍重なり。お手柄なり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それで『這(こ)んな破片(はへん)を貰(もら)つても好(え)えかね』と問(と)うて見(み)ると『そんな物(もの)ならいくらでも持(も)つて行(ゆ)きねえ』といふ。
右は呉一郎本人も、然(し)かく信じおれるが如くなるも、這(こ)は睡眠中の感覚作用と、覚醒時の知覚作用とを同一視せるより出でたる誤解にして、甚だ軽率なる判断なりと認むるに躊躇(ちゅうちょ)せず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おぬし一人で渡るのなら、何も這(こ)んな悪戯(いたずら)はせんのだが、若い男と連れなのが癪なんだ。其所で女奴(め)、死んで了えっ……それとも俺に助けて呉れというか。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
やがて不興気なる面(おも)もちにて黄色なる歯を剥き出し、低き鼻尻に皺を刻みつ。這(こ)は和蘭陀(オランダ)伝来のくれなゐの花の種子を蒔くなり。此等(これら)の秘蔵の種子(たね)にして奈美殿の此上(こよ)なく好み給ふ花なり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「さあ、私の威勢は這(こ)んなものですよ。それだのにお前さんは、這んなめそっ子と道行をするんですか。濡れたん坊と裸では、余(あんま)り粋(いき)じゃあ有りませんぜ」
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
『掘(ほ)らせんといふなら掘(ほ)らん。掘(ほ)らうと思(おも)へば、どんな事(こと)を言(い)つても屹(きつ)と掘(ほ)つて見(み)せるが、ナニ、這(こ)んな糞(くそ)ツたれ貝塚(かひづか)なんか掘(ほ)りたくは無(な)い』と叫(さけ)ぶのである。
三十七年(ねん)の正月(しやうぐわつ)二日(か)、掘初(ほりそめ)として余(よ)は望玄(ぼうげん)二子(し)を從(したが)へて行(い)つて見(み)ると、這(こ)は如何(いか)に、掘(ほ)りかけて居(ゐ)た穴(あな)の附近(ふきん)に、大男(おほをとこ)が六七人(にん)居(ゐ)る。然(さ)うして枯萱(かれかや)を刈(か)つて居(ゐ)る。
這(こ)んな事(こと)を考(かんが)へ出(だ)した時(とき)には、仕方(しかた)が無(な)いので——併(しか)し、三千年(ねん)前(ぜん)の石器時代(せききじだい)住民(じうみん)は、今日(こんにち)までも生存(せいそん)して我等(われら)と語(かた)る——と云(い)つた樣(やう)な事(こと)を思浮(おもひうか)べて、強(しひ)て涙(なみだ)を紛(まぎ)らすのである。
斯(か)うなると日頃(ひごろ)の探檢氣(たんけんき)が生(しやう)じて、危險(きけん)を思(おも)はず、更(さら)に奧(おく)の方(はう)へ進(すゝ)むと、這(こ)は如何(いか)に、足下(あしもと)に大々蜈蜙(だい/″\むかで)がのたくツて居(ゐ)る——と思(おも)つたのは束(つか)の間(ま)で、龕燈(がんどう)の火(ひ)で照(て)らして見(み)ると
なる程(ほど)貝塚(かひづか)とは這(こ)んな物(もの)だなと初(はじ)めて余(よ)は地中(ちちう)に秘密(ひみつ)あるを知(し)つた。
『這(こ)んな物(もの)は何處(どこ)にでも有(あ)るぢやアないか』
『這(こ)んな處(ところ)にでも君(きみ)、遺物(ゐぶつ)が有(あ)るですか』
這(こ)んな事(こと)で第(だい)二日目(かめ)も失敗(しつぱい)。
『這(こ)んな物(もの)を如何(どう)する?』