“その”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ソノ
語句割合
其80.2%
園14.5%
苑3.8%
曾能0.2%
囿0.2%
庭苑0.2%
彼0.2%
曩0.2%
曾乃0.2%
該0.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
鍬(くは)を擔(かつ)いで遺跡(ゐせき)さぐりに歩(ある)き、貝塚(かひづか)を泥(どろ)だらけに成(な)つて掘(ほ)り、其(その)掘出(ほりだ)したる土器(どき)の破片(はへん)を背負(せお)ひ、然(さ)うして家(いへ)に歸(かへ)つて井戸端(ゐどばた)で洗(あら)ふ。
園(その)さま我(わ)れに遠慮(ゑんりよ)は入(い)らず、嫌(い)やな時(とき)は嫌(い)やといふがよし、我(わ)れを他人(たにん)の男(をとこ)と思(おも)はず母樣(はヽさま)同(どう)やう甘(あま)へ給(たま)へと優(やさ)しく慰(なぐ)さめて日毎(ひごと)に通(かよ)へば
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
若人等は、この頃、氏々の御館(みたち)ですることだと言って、苑(その)の池の蓮の茎を切って来ては、藕糸(はすいと)を引く工夫に、一心になって居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
十七年十二月二十日磐の長女曾能(その)が生れた。磐が陸軍士官学校御用掛となつて仏語を士官学生に授くることとなつたのは此年である。時に磐年三十六。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
伊沢氏でお曾能(その)さんが生れた天保六年は、蘭軒の歿した六年の後である。又お曾能さんの父榛軒(しんけん)も山陽が江戸を去つてから六年の後、文化元年に生れた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
『独異志』に劉牧南山野中に果蔬(かそ)を植えると人多く樹を伐(き)り囿(その)を践(ふ)む、にわかに二虎来り近づき居り牧を見て尾を揺(ゆる)がす、我を護るつもりかと問うと首を俛(ふ)せてさようと言う態(てい)だった
家の庭苑(その)にも、立ち替り咲き替って、栽(う)え木(き)、草花が、何処まで盛り続けるかと思われる。だが其も一盛りで、坪はひそまり返ったような時が来る。池には葦が伸び、蒲(がま)が秀(ほ)き、藺(い)が抽(ぬき)んでて来る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
鳰鳥(におどり)の葛飾早稲(わせ)を贄(にえ)すとも、彼(その)愛(かな)しきを、外(ト)に立てめやも
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
吾(われ)、毛虫(けむし)たりし時、醜(みにく)かりき。吾、蝶(てふ)となりて舞(ま)へば人(ひと)美(うつく)しと讃(ほ)む。人の美しと云ふ吾は、曩(その)昔(かみ)の醜かりし毛虫ぞや。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
かれは老妻の曾乃(その)に向って、「お前はどうかしたのかね。声がすっかり変ってぼやけてしまっている。もっとはっきり物をいってもよさそうなものだ」といって、かえって訝(いぶ)かったものであるが
其(その)甲板(かんぱん)には該(その)強國(きやうこく)の商船旗(しようせんき)を飜(ひるがへ)して、傍若無人(ぼうじやくむじん)に振舞(ふるま)つて居(を)る由(よし)、實(じつ)に怪(け)しからぬ話(はなし)である。