“錬(ね)” の例文
違棚の高岡塗は沈んだ小豆色(あずきいろ)に古木(こぼく)の幹を青く盛り上げて、寒紅梅(かんこうばい)の数点を螺鈿擬(らでんまがい)に錬(ね)り出した。裏は黒地に鶯(うぐいす)が一羽飛んでいる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「葉子、お前決して失望してはいけないよ。ただあの原稿が少し奔放すぎるだけなんだよ。文章も今一と錬(ね)り錬らなくちゃあ。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とすると、先祖(せんぞ)へはともかく、友達(ともだち)の顏(かほ)にかゝはる……と膽(たん)を廊下(らうか)に錬(ね)つて行(ゆ)くと、女中(ぢよちう)に案内(あんない)されたのは、此(これ)は又(また)心易(こゝろやす)い。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
畢竟(ひっきょう)南北相戦う、調停の事、復(また)為(な)す能わざるの勢(いきおい)に在(あ)り、今に於(おい)て兵戈(へいか)の惨(さん)を除かんとするも、五色(しき)の石、聖手にあらざるよりは、之を錬(ね)ること難きなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ここに於てか諸君、余は奮然蹶起(けっき)したのである。打倒蛸! 蛸博士を葬れ、然り、懲膺(ちょうよう)せよ憎むべき悪徳漢! 然り然り。故に余は日夜その方策を錬(ね)つたのである。
風博士 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
噂(うわさ)に聞けば大隈夫人綾子という人は、大層よく出来た人だとの評判であるが、なるほど、娘時代からあれだけの辛抱をして心を錬(ね)っておられただけあって、今日天下一
機先を制して打ち殺せと、用意の錬(ね)り玉(だま)と云うのを手早く込めなおして、著弾(ちゃくだん)距離になるのを待っていたが、少女はすこしも恐れるような気ぶりも見せず、平然として前へ来た。
女仙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかれども真理は過敏の情性を錬(ね)り無限の苦痛の中より無限の勇気を生ずるものなり、アナ、ハセルトン婦の死は宣教師ジャドソンをしてますます猛勇忠実ならしめたり、メリー
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
その理論の心憎いまでの実践との融合であろう! 彼が肝胆を砕いて錬(ね)り上げ、もはや間然するところなしとまで考えて提出する意見が、根本的にくつがえされて返される時など
癩 (新字新仮名) / 島木健作(著)
土地に固着して、半兵半農で武を錬(ね)つたところに、武士の本領があつたのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
後ろを振り向くと、下から緑(みど)りの滴(した)たる束髪(そくはつ)の脳巓(のうてん)が見える。コスメチックで奇麗(きれい)な一直線を七分三分の割合に錬(ね)り出した頭蓋骨(ずがいこつ)が見える。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
詩人(しじん)も此(これ)では、鍛冶屋(かじや)の職人(しよくにん)に宛如(さながら)だ。が、其(そに)の煮(に)る、鋳(い)る、錬(ね)りつゝあるは何(なん)であらう。没薬(もつやく)、丹(たん)、朱(しゆ)、香(かう)、玉(ぎよく)、砂金(さきん)の類(るゐ)ではない。蝦蟇(がま)の膏(あぶら)でもない。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
武技を錬(ね)らしめたのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
仮(かり)に、もし、此(これ)を煮(に)る事(こと)、鋳(い)る事(こと)、錬(ね)る事(こと)が、其(そ)の極度(きよくど)に到着(たうちやく)した時(とき)の結晶体(けつしやうたい)が、衣絵(きぬゑ)さんの姿(すがた)に成(な)るべき魔術(まじゆつ)であつても、火(ひ)に掛(か)けて煮爛(にたゞ)らかして何(なん)とする! ……
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
愁(うれい)を溶(と)いて錬(ね)り上げし珠(たま)の、烈(はげ)しき火には堪(た)えぬほどに涼しい。愁の色は昔(むか)しから黒である。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
離れて向(むかふ)に置いた大きな虎(とら)の皮も其通り、坐(すは)る為(ため)の、設けの座(ざ)とは受け取れない。絨氈とは不調和な位置に筋違(すぢかひ)に尾を長く曳(ひ)いてゐる。砂(すな)を錬(ね)り固(かた)めた様な大きな甕(かめ)がある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
駒下駄(こまげた)で圧えても転げるから、褄(つま)をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺(ゆす)り、歯を剥(む)いて刎(は)ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬(ね)りものにしたような素足で
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それも丹念に塗りたくって、根気任せに錬(ね)り上げた眼玉ではない。一刷毛(ひとはけ)に輪廓を描(えが)いて、眉と睫(まつげ)の間に自然の影が出来る。下瞼(したまぶた)の垂味(たるみ)が見える。取る年が集って目尻を引張る波足が浮く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おほみそかは大薩摩(おほざつま)の、もの凄(すご)くも又(また)可恐(おそろ)しき、荒海(あらうみ)の暗闇(やみ)のあやかしより、山寺(やまでら)の額(がく)の魍魎(まうりやう)に至(いた)るまで、霙(みぞれ)を錬(ね)つて氷(こほり)を鑄(い)つゝ、年(とし)の瀬(せ)に楯(たて)を支(つ)くと雖(いへど)も、巖間(いはま)の水(みづ)は囁(さゝや)きて、川端(かはばた)の辻占(つじうら)に
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
小林の筋の運び方は、少し困絡(こんがら)かり過ぎていた。お延は彼の論理(ロジック)の間隙(すき)を突くだけに頭が錬(ね)れていなかった。といって無条件で受け入れていいか悪いかを見分けるほど整った脳力ももたなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と思(おも)ひつゝ、視(み)つゝ、惑(まど)ひつゝ、恁(か)くして錬(ね)るのは美人(びじん)である。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)