“窮”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
きわ25.2%
きゅう19.9%
きは13.9%
こま12.6%
きう6.0%
きわま4.6%
つま3.3%
きはま2.0%
つ2.0%
きゆう1.3%
うかが1.3%
きはまり1.3%
キワ1.3%
せま0.7%
いきつ0.7%
かぎり0.7%
きわみ0.7%
せば0.7%
づま0.7%
キハマ0.7%
キユウ0.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
しかしその落込んだ狭い領域の中で、三句三様の変化を示しているのを見れば、俳諧の天地は容易に窮(きわ)まらぬという感じもする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
若い同役の有峰松次郎——杉之助の弟に難詰(なんきつ)されて返答に窮(きゅう)し、松次郎を斬って本国を立退いたのは、もはや十年も昔のことです。
捕へられた柳田は一言も物を言はず、又取調を命ぜられた裁判官等も、強(し)ひて問ひ窮(きは)めようともせぬので、同志の名は暫く知られずにゐた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「そうか。みんな相応に年をとっていたからな。それにあの会社もつぶれてしまったから、窮(こま)っているのはおればかりでもないんだろう。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
若い同役の有峰松次郎——杉之助の弟に難詰(なんきつ)されて返答に窮(きう)し、松次郎を斬つて本國を立退いたのは、最早十年も昔のことです。
「大風の中より」というはいかなる状態を指したのであるか知る由もないが、エホバの声はとかく人の道が窮(きわま)った時に聞ゆるものである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
とは言ひかけたが、是にも窮(つま)つた。如何してもこの髮の白い人に向つて、私は詩人になるのです、小説家になるのです、とは言ひ得なかつた。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
かくて兩山相仄(あひそく)し、溪聲雷(らい)のごとき間を過ぐること一里餘、路は更に幾屈曲して、遂に萬山の窮(きはま)るところ、蕭々たる數軒の人家の遙かに雲中に歴落(れきらく)たるを認む。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
そして寄食している法律書生を呼びつけて、別れる相談をした。そういう時の笹村は一刻(いっこく)に女を憎むべきものに思い窮(つ)めた。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「既(すで)に頭(あたま)の中(なか)に、さう仕樣(しやう)と云(い)ふ下心(したごゝろ)があるから不可(いけ)ないのです」と宜道(ぎだう)が又(また)云(い)つて聞(き)かした。宗助(そうすけ)は愈(いよ/\)窮(きゆう)した。忽然(こつぜん)安井(やすゐ)の事(こと)を考(かんが)へ出(だ)した。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何となれば歴史は彼等の全体を窮(うかが)うに足らないから、ことに家康の如きに至ってはあまりに誇張せられたる部分が多くないかとの嫌いがある。
青年の新活動方面 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
拿破里の旅店より書を寄せて、相見んことを求めしはアヌンチヤタにしてサンタにはあらざりしなり。その恩情窮(きはまり)なきアヌンチヤタは今や亡き人となりしなり。
兵法にも——帰ル師(イクサ)ヲ掩(オオ)ウコト勿(ナカ)レ、窮(キワ)マル寇(アダ)ヲ追ウ勿レ——と戒めている。故に、われはかえって今、小路から蜀勢のうしろへ廻ろう。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一四九身禊(みそぎ)して一五〇厭符(えんぷ)をも戴(いただ)き給へと、いざなひて陰陽師の許にゆき、はじめより詳(つばら)にかたりて此の占(うら)をもとむ。陰陽師占(うら)べ考(かうが)へていふ。災(わざはひ)すでに一五一窮(せま)りて易(やす)からず。
ヤ、ヤ、このまんまで、窮(いきつ)いては山車(だし)人形の土用干——堪(たま)らんと身悶(みもだ)えして、何のこれ、若衆(わかいしゅ)でさえ、婦人(おんな)の姿を見るまでは、向顱巻(むこうはちまき)が弛(ゆる)まなんだに、いやしくも行者の身として、——
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼(イエス)はヤコブの家を窮(かぎり)なく支配すべく又その国終ること有(あら)ざるべし
曲正(まさ)に闌(たけなわ)になりて、この楽器のうちに潜(ひそ)みしさまざまの絃(いと)の鬼、ひとりびとりに窮(きわみ)なき怨(うらみ)を訴へをはりて、いまや諸声(もろごえ)たてて泣響(なきとよ)むやうなるとき、訝(いぶか)かしや、城外に笛の音(ね)起りて
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
人にも志誠(まごころ)ありながら、一一七世に窮(せば)められてくるしむ人は、一一八天蒼氏(てんさうし)の賜(たまもの)すくなくうまれ出でたるなれば、精神を労しても、一一九いのちのうちに富貴を得る事なし。
葉子が田端の家ですっかり行き窮(づま)ってしまった結婚生活を清算して子供にも別れたのは、その年の大晦日(おおみそか)の除夜の鐘の鳴り出した時であった。彼女は子供たちを風呂(ふろ)へ入れてから旅の支度(したく)をさせた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の考へでは、一夜の中に、秋祭り・冬祭り・春祭りが、続いて行はれたものであつて、歳の窮(キハマ)つた日の宵の中に、秋祭りが行はれ、夜中に冬祭りが行はれ、明け方に春祭りが行はれるのである。
大嘗祭の本義 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
むしろ、窮(キユウ)スレバ通(ツウ)ズ——としていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)