“敬”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
うやま57.1%
けい14.3%
うやも3.4%
つつし3.4%
ウヤマ3.4%
うやまひ2.5%
うやうや2.5%
うや1.7%
うやまい1.7%
ゐやま1.7%
つゝし1.7%
きやう0.8%
つつ0.8%
あが0.8%
うやまへ0.8%
けえ0.8%
たかし0.8%
つゝ0.8%
ゐや0.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
私がこの村に参りましてから満八ヵ月になりますが、村人らは全くこの村に私が生れた人かのように親しみ敬(うやま)うようになったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
五百が強いて帰ろうとすると、宗右衛門は安の生んだお敬(けい)お銓(せん)の二人の女(むすめ)に、おばさんを留めいという。二人の女は泣いて留める。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
敬(うやも)うて聞かれよ。——呉の黄蓋(こうがい)、字(あざな)は公覆(こうふく)、すなわち三江の陣にあって、先鋒の大将をかね呉軍の軍粮総司(ぐんろうそうし)たり。この人、三代があいだ呉に仕え、忠節の功臣たること、世みな知る。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今秋マサニ鎌倉移住ノ命アラントス。都ニ出デゝ三日奄然(えんぜん)トシテ寂セリ。(中略)哀(かなし)イカナ。戊午晩秋十三夜月明ノ窓下(そうか)ニ涙ヲ拭(ぬぐ)ヒ敬(つつし)ンデ書ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
宮殿裡(リ)、一祖廟(ソビョウ)ヲ建テ、号シテ家鬼ト敬(ウヤマ)イ、四時牛馬ヲ屠(コロ)シテ、之ヲ祭ルヲ卜鬼(ボッキ)ト名ヅケ、年々外国人ヲ捕エテ牲(イケニ)エニ供(ソナ)ウ。採生(サイセイ)の類略〻(ホボ)カクノ如シ。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こゝにわが身に近くたゞひとりの翁(おきな)ゐたるをみたり、その姿は厚き敬(うやまひ)を起さしむ、子の父に負ふ敬といふともこの上にはいでじ 三一—三三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
中(ちゆふ)老人の帳場番頭の居ること、制服のギヤルソンが二三人敬(うやうや)しさうに立つて居ること、此(これ)等はどの国の旅館(ホテル)も少しの違ひがない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
實(じつ)の親(おや)の如く敬(うやま)ひ給ひしが其後は將監々々と御呼(および)なさるゝ故(ゆゑ)加納將監も是よりして徳太郎君を主人(しゆじん)の如くに敬(うや)まひ侍(かし)づき養育(やういく)なし奉つりける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
孝行には敬(うやまい)の心が大切だ。もしそれがなかったら、犬馬を養うのと何のえらぶところもない。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
儛(まひ)を列ねて賊(あた)を攘(はら)ひ、歌を聞きて仇を伏しき。すなはち夢に覺(さと)りて神祇を敬(ゐやま)ひたまひき、所以(このゆゑ)に賢后と稱(まを)す一〇。烟を望みて黎元を撫でたまひき、今に聖帝と傳ふ一一。
すつと入りて座につきたまへば、二人は恭(うやま)ひ敬(つゝし)みて共に斉しく頭を下げ、少時上げも得せざりしが、嗚呼いぢらしや十兵衞が辛くも上げし面には
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
当時霞亭は既に江戸嚢里(なうり)の家に歿してより九十五日を経てゐた。妻井上氏敬(きやう)は神辺(かんなべ)に帰る旅が殆ど果てて、「帰宅明日にあり」と云ふことになつてゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おたがい、心に敬(つつ)しみを持ち、その心をもって社会生活を整えて行く努力をしさえすれば、四海到るところに兄弟は見出せる。何も肉親の兄弟ばかりが兄弟ではあるまい。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「使われているうちは主人と敬(あが)め奉っていたが、もうこうなれば、主(しゅ)でもねえ下僕でもねえ、おれはむかしの天城四郎の手下になってみせるぞ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ましてや神々しきを敬(うやまへ)ば霊威(れいゐ)ある冥々(めい/\)の天道(てんだう)は人の知を以てはかりしるべからず。
マン坊の方はそんな気でも、まあだ、敬(けえ)やんはあんたのこと、あきらめんというぞ。根が狡ン坊のうえに、大学出の智慧者じゃけえ、惚れたがメッチャラで、なにを企らむか知れん。気を
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
然(しか)るに賢明なる原(はら)〔敬(たかし)〕内相が熱心に画策されたる選挙法の改正が、この点にまで及ばざりしは甚だ遺憾とするところである。
選挙人に与う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
『面持ちにこやかに敬(つゝ)しみいやまひたる、聊さか驕慢の気なく云々』と書してあり、対手小野川に対しては『面持ちむづかしく(中略)此の道にては我はと思ひあがりたるさましたる云々』
初代谷風梶之助 (新字旧仮名) / 三木貞一(著)
功名富貴(こうめいふうき)はいふに足(た)らず。吾いま母公(ぼこう)の慈愛(めぐみ)をかうむり、四八賢弟(けんてい)の敬(ゐや)を納むる、何の望(のぞみ)かこれに過ぐべきと、よろこびうれしみつつ、又日来(ひごろ)をとどまりける。