“屹(き)” の例文
しばらくはわが足に纏(まつ)わる絹の音にさえ心置ける人の、何の思案か、屹(き)と立ち直りて、繊(ほそ)き手の動くと見れば、深き幕の波を描いて
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貫一は食はんとせし栗を持ち直して、屹(き)とお峯に打向ひたり。聞く耳もあらずと知れど、秘密を語らんとする彼の声は自(おのづ)から潜(ひそま)りぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わるい事だが、芸のためには、やむを得まい。私も実行しよう。すぐに屹(き)っと眉(まゆ)を挙げて、女中さん、と声の調子を変えて呼びかけました。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
呉羽は見る見る中(うち)に硝子(ガラス)瓶のように血の気を喪った。屹(き)っと身を起して笠支配人の真正面に正座して、唇をキリキリと噛んだまま睨み付けた。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
美人「夫では貴方の叔父さんへお伝え申しましょう、併し夫もお目に掛って直々(じきじき)にで無くては」余「イヤ叔父は定めし喜びましょう、私が屹(き)っと叔父を ...
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「何(なん)だ。強盜(がうたう)だ、情人(いろ)だ。」と云(い)ひさま、ドンと開(あ)けて、衝(つ)と入(はひ)つて、屹(き)と其(そ)の短銃(ピストル)を差向(さしむ)けて、一目(ひとめ)見(み)るや、あ、と叫(さけ)んで、若旦那(わかだんな)は思(おも)はず退(すさ)つた。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
それでも一度だけ彼は険しい顔をして、自分と相向(あいむか)いに坐っている子供たちを屹(き)っと睨みながら食卓を厳しく叩いた。それはまったく機宜(きぎ)に適した処置であった。
上品な黒のアストラカンの外套(がいとう)を恰好(かっこう)よく着こなした、スッキリとした姿! 屹(き)っと見据えていた切れ長な眸許(めもと)……口惜(くや)しそうに涙ぐみながら、睨(にら)み付けていた姿!
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
中には煌々とした灯火(あかり)が輝いているが、その窓かけの上に映っている影絵、屹(き)っと支えられた頭、角張った肩、峻鋭な風貌、——やがてその影絵は、頭を半廻転させたが
闇太郎は、ふと、屹(き)ッとした目で、女がたを見た——悲哀に閉ざされた横がおを、強く見た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
私が、なにを言うかと屹(き)ッとみる目差(まなざ)しを、その老エスキモーは受けつけぬように静かに
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
心誉僧正に祈られんとて召しに遣はす程に、未だ参らざるさきに、女房の局なる女に物憑きて申して曰く、別の事にはあらず、屹(き)と目見入れ奉るによりて、斯くおはしますなり。
彼女は屹(き)っとなって身ずまいを正した。火鉢の火に被(かぶ)さった白い灰が崩れおちた。
不幸 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
今汝らに告げんとす、告ぐる所は屹(き)と成らむ、 410
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
「いいえ。」青白い顔の眼の大きいその女の子は、名女優のように屹(き)っと威厳を示して、「あなたでは、ございません。」
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
直道は屹(き)と振仰ぐとともに両手を胸に組合せて、居長高(ゐたけだか)になりけるが、父の面(おもて)を見し目を伏せて、さて徐(しづか)に口を開きぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
白糸の眼色(めざし)はその精神の全力を鍾(あつ)めたるかと覚しきばかりの光を帯びて、病めるに似たる水の面(おも)を屹(き)と視(み)たり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「罪あるを許さずと誓わば、君が傍(かたえ)に坐せる女をも許さじ」とモードレッドは臆(おく)する気色もなく、一指を挙げてギニヴィアの眉間(みけん)を指(さ)す。ギニヴィアは屹(き)と立ち上る。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それがいつもの通り、口を屹(き)っと結んでいて、その※(いりやま)形の頂辺(てっぺん)が殆んど顔の真中辺まで上って来ているのだが、その幾分もたげ気味にしている目窪の中には、異様に輝いている点が一つあった。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雪之丞が、まるで容子(ようす)を変えて膝に手を、屹(き)ッとお初を見上げたが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
さはれ汝に今宣んす、宣んする處屹(き)と成らむ
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
「五月三日の今ごろ、またお伺い致します。その時は、よろしくお願いします。」屹(き)っと少女をにらんでやった。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
髷(まげ)の島田の気高いまで、胸を屹(き)と据えていたが、母衣に真白な両手が掛(かか)ると、前へ屈(かが)んだ月の俤(おもかげ)、とばかりあって、はずみのついた、車は石段で留まったのであった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婦人はとにもかくにも遣過(やりすご)せしが、又何とか思直(おもひなほ)しけん、遽(にはか)に追行きて呼止めたり。頭(かしら)を捻向(ねぢむ)けたる酔客は眊(くも)れる眼(まなこ)を屹(き)と見据ゑて、自(われ)か他(ひと)かと訝(いぶか)しさに言(ことば)も出(いだ)さず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と、いって、屹(き)ッと、相手をみつめて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
無駄なことをしては困るね、と私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうを屹(き)っと見て
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
時に立窘(たちすく)みつゝ、白鞘(しらさや)に思はず手を掛けて、以ての外(ほか)かな、怪異(けい)なるものどもの挙動(ふるまい)を屹(き)と視(み)た夫人が、忘れたやうに、柄(つか)をしなやかに袖に捲(ま)いて、するりと帯に落して
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
こまかい雪が芝居のようにたくさん降っているさまを屹(き)っと見て、雪がざあざあ降るといっては、いけない。
千代女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
時(とき)に立窘(たちすく)みつゝ、白鞘(しらさや)に思(おも)はず手(て)を掛(か)けて、以(もつ)ての外(ほか)かな、怪異(けい)なるものどもの擧動(ふるまひ)を屹(き)と視(み)た夫人(ふじん)が、忘(わす)れたやうに、柄(つか)をしなやかに袖(そで)に捲(ま)いて、するりと帶(おび)に落(おと)して
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
良夫(おっと)と誤り、良夫と見て、胸は早鐘を撞(つ)くごとき、お貞はその良人ならざるに腹立ちけむ、面(おもて)を赤め、瞳を据えて、屹(き)とその面を瞻(みまも)りたる、来客は帽を脱して、恭(うやうや)しく一礼し
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まんなかに大きい富士、その下に小さい、罌粟(けし)の花ふたつ。ふたり揃ひの赤い外套を着てゐるのである。ふたりは、ひしと抱き合ふやうに寄り添ひ、屹(き)つとまじめな顔になつた。
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
やがて私も御相伴(ごしょうばん)して一緒にごはんを食べたのであるが、今井田さんの奥さんの、しつこい無智なお世辞には、さすがにむかむかして、よし、もう嘘は、つくまいと屹(き)っとなって
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
咳(しわぶき)さえ高うはせず、そのニコチンの害を説いて、一吸(ひとすい)の巻莨から生ずる多量の沈澱物をもって混濁した、恐るべき液体をアセチリンの蒼光(あおびかり)に翳(かざ)して、屹(き)と試験管を示す時のごときは
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
相手から、あまりしつこく口論を吹っかけられた場合には、屹(き)っとなって相手の顔を見つめ、やがて静かに、君も淋(さび)しい男だね、とこう言え。いかな論客でも、ぐにゃぐにゃになる。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
その十数名の軍夫の中に一人(にん)逞(たく)ましき漢(おのこ)あり、屹(き)とかの看護員に向いおれり。これ百人長なり。海野(うんの)と謂(い)う。海野は年配三十八九、骨太なる手足飽くまで肥えて、身の丈もまた群を抜けり。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
映画で覚えたのか煙草(たばこ)の吸いかたが、なかなか気取っている。外国の役者の真似にちがいない。小型のトランク一つさげて、改札口を出ると、屹(き)っと片方の眉をあげて、あたりを見廻す。
座興に非ず (新字新仮名) / 太宰治(著)
美しい女(ひと)は、そんなものは、と打棄(うっちゃ)る風情で、屹(き)とまた幕に向って立直った。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その十数名の軍夫の中に一人逞(たく)ましき漢(おのこ)あり、屹(き)と彼(か)の看護員に向ひをれり。これ百人長なり。海野(うんの)といふ。海野は年配(ねんぱい)三十八、九、骨太(ほねぶと)なる手足あくまで肥へて、身の丈(たけ)もまた群を抜けり。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そいつを、素早く、さっと顔にかけて、屹(き)っと眉毛を挙げ、眼をぎょろっと光らせて、左右を見まわす。なんということもない。マスクをはずして、引き出しに収め、ぴたと引き出しをしめる。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「あ、」勘蔵は屹(き)っとなって、「てる坊!」と奥のほうへ呼びかけた。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これより前(さき)、看護婦の姿が欄干から消えて、早瀬の病室の扉(と)が堅く鎖(とざ)されると同時に、裏階子(うらはしご)の上へ、ふと顕(あらわ)れた一人(にん)の婦(おんな)があって、堆(うずたか)い前髪にも隠れない、鋭い瞳は、屹(き)と長廊下を射るばかり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と立向って、英臣が杖(ステッキ)を前につき出した時、日を遮った帽子を払って、柔かに起直って、待構え顔に屹(き)と見迎えた。その青年を誰とかなす——病後の色白きが、清く瘠(や)せて、鶴のごとき早瀬主税。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「来たな!」屹(き)っと身構えて、この酒飲まれてたまるものか。
禁酒の心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しっかりと胸にしめつつ、屹(き)と瞰下(みお)ろす目に凄味(すごみ)が見えた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
屹(き)つとなつてしまつて
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
美しい女(ひと)は屹(き)と紳士を振向いた。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
屹(き)っとなってしまって
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)