“やう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ヤウ
語句割合
樣34.2%
様30.7%
夜雨9.6%
如6.1%
陽5.3%
益4.4%
漸4.4%
養1.8%
洋0.9%
用0.9%
羊0.9%
要0.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
昨日(きのふ)の朝(あさ)千葉(ちば)が私(わたし)を呼(よ)びまして、奧樣(おくさま)が此(この)四五日(にち)御(お)すぐれ無(な)い樣(やう)に見上(みあ)げられる、何(ど)うぞ遊(あそば)してかと如何(いか)にも心配(しんぱい)らしく申(まをし)ますので
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この恐ろしい世間の更(かわ)り様(やう)、又た友達の栄枯得失を聞いて、自分の唯だ此処に取残されたことを顧みたリツプの落胆は思ひ遣られます。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
それは唐崎の夜雨(やう)といふのは、夜更けて松の葉のこぼれるのが雨の音に似てゐるからの事で、何も雨に濡れなくともいゝのだといふ事なのだ。
皆は獣(けもの)の如(やう)な声を合せて叫んだ。博士はそのお礼に氷砂糖のやうな点をつけるのを忘れなかつた。
承(うけた)まはり候へば此廓(このさと)の火宅を今日しも御放(おはな)れ候て凉(すゞ)しき方へ御根引(おねびき)の花(はな)珍敷(めづらしき)新枕(にひまくら)御羨敷(おうらやましき)は物かは殊(こと)に殿には木(き)そもじ樣は土(つち)陰陽(いんやう)を起し陽(やう)は養(やう)にして一生(しやう)養(やしな)ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さればこそいにしへの賢(かしこ)き人は、もとめて益(やう)あればもとめ、益なくばもとめず、己(おの)がこのむまにまに世を山林にのがれて、しづかに一生を終る。
覺えて鹽尻峠(しほじりたふげ)も馬に遊ばんと頼み置きて寐に就く温泉にて勞(つか)れを忘れ心よく睡(ねぶ)りたれば夜の明けたるも知らず宿の者に催されて漸(やう)やくに眼を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
〔譯〕凡そ生物は皆養(やう)を資(と)る。天生じて地之を養(やしな)ふ。人は則ち地の氣の精英(せいえい)なり。吾れ靜坐して以て氣を養ひ、動行(どうかう)して以て體を養ひ、氣と體と相資(と)つて以て此の生を養はんと欲す。
私(わたくし)は印度洋(インドやう)の海底(かいてい)の有樣(ありさま)は精密(くわし)くは知(し)らぬが此(この)洋(やう)全面積(ぜんめんせき)は二千五百※方哩(にせんごひやくまんほうマイル)、深(ふか)き所(ところ)は底知(そこし)れぬが、處々(ところ/\)に大暗礁(だいあんせう)又(また)は海礁(かいせう)が横(よこたは)つて居(を)つて、水深(すいしん)五十米突(メートル)に足(た)らぬ所(ところ)もある相(さう)な。
石器時代遺跡(ゐせき)よりは又(また)鹿(しか)の角(つの)にて作りたる噐具(きぐ)も出づ。魚骨器の右(せき)に畫きたるは其一例(そのいちれい)にして、發見地(はつけんち)は相模三浦郡久比利(くびり)貝塚なり。用(やう)は大魚(たいぎよ)を釣(つ)るに在りし事(こと)何(なん)の疑(うたがひ)か有らん
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
明星の夕(ゆふべ)はやがて月の夜となりぬ。ホテルの下に泉あり。清冽の水滾々と湧き、小川をなして流る。甕の婦人来り、牧夫来り、牛(ぎう)、羊(やう)、驢(ろ)、馬(ば)、駱駝(らくだ)、首さしのべて月下に飲む。
石器は何石を以ても隨意(ずゐゐ)に造(つく)るを得と云ふものに非ず。土器も亦何(いづ)れの土(つち)にても造(つく)るを得と云ふものに非(あら)ず。且つ石器を造るには夫々の道具(どうぐ)有るべく、土器(どき)を作(つく)るに於ては之を燒(や)く塲所(ばしよ)を要(やう)す。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)