“訪問”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
ほうもん22.5%
おとず22.5%
はうもん15.0%
おとづれ10.0%
おとずれ7.5%
たずね5.0%
ヴィジット5.0%
たず2.5%
たづ2.5%
おとづ2.5%
とう2.5%
オトヅレ2.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
四十一年(ねん)一月(ぐわつ)二十一日(にち)の午前(ごぜん)九時(じ)頃(ごろ)、水谷氏(みづたにし)と余(よ)とは、大森(おほもり)の兒島邸(こじまてい)を訪問(ほうもん)した。然(しか)るに翁(おう)は、熱海(あたみ)の方(はう)へ行(い)つて居(ゐ)られて、不在(ふざん)。
そうしてよく須永の家(うち)を訪問(おとず)れた。一つはいつ行っても大抵留守の事がないので、行く敬太郎の方でも張合があったのかも知れない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助(そうすけ)にも御米(およね)にも思(おも)ひ掛(が)けない程(ほど)稀(たま)な客(きやく)なので、二人(ふたり)とも何(なに)か用(よう)があつての訪問(はうもん)だらうと推(すゐ)したが、果(はた)して小六(ころく)に關(くわん)する件(けん)であつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何(なん)ぞや跡(あと)もかたも無(な)き戀(こひ)に磯(いそ)の鮑(あはび)の只一人(ひとり)もの思(おも)ふとは、心(こゝろ)の問(と)はんもうら恥(はづ)かし、人知(ひとし)らぬ心(こゝろ)の惱(なや)みに、昨日(きのふ)一昨日(をとゝひ)は雪三(せつざう)が訪問(おとづれ)さへ嫌忌(うるさ)くて、詞(ことば)多(おほ)くも交(か)はさゞりしを
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
間(ま)もなく家財は残らず売払(うりはろ)うて諸道具もなければ金もなし、赤貧(せきひん)洗うが如(ごと)くにして、他人の来て訪問(おとずれ)て呉れる者もなし、寂々寥々(せきせきりょうりょう)
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
田舎から用事のある人が訪問(たずね)て来て、或る仏師の店を覗(のぞ)き、「もし、お尋ねしますが、此店(こちら)に仏師の松さんはいますか」
先年歿したDという小説家は、自分には訪問(ヴィジット)の能力がないと零(こぼ)していたが、僕などもそのお仲間らしい。第一に他人の家の門口の戸をわが手であけるということが既に億劫だ。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
ミハイル、アウエリヤヌイチもやはり、しょっちゅう、アンドレイ、エヒミチを訪問(たず)ねて来(き)て、気晴(きばらし)をさせることが自分(じぶん)の義務(ぎむ)と心得(こころえ)ている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ミハイル、アウエリヤヌヰチも猶且(やはり)、初中終(しよつちゆう)、アンドレイ、エヒミチを訪問(たづ)ねて來(き)て、氣晴(きばらし)を爲(さ)せることが自分(じぶん)の義務(ぎむ)と心得(こゝろえ)てゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
訪問(おとづ)れて往くと先づ籐椅子に腰を降して、對向つた永井と語るのは、世間へ出ようとお互に焦慮(あせ)つて居る文學青年の文學談であつた。
永井荷風といふ男 (旧字旧仮名) / 生田葵山(著)
細川は軽く点頭(うなず)き、二人は分れた。いろいろと考え、種々(いろいろ)に悶(もが)いてみたが校長は遂にその夜富岡を訪問(とう)ことが出来なかった。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
此訪問(オトヅレ)は年に稀なるが故に、まれびとと称へて、饗応(アルジ)を尽して、快く海のあなたへ還らせようとする。邑落生活の為に土地や生産、建て物や家長の生命を、祝福する詞を陳べるのが、常例であつた。