“事(じ)” の例文
何人(なんびと)も大半は婦人に由(よつ)て教育せられるのであると云ふ一事(じ)を見ても、婦人は男子と対等の生活を営み得(う)る権利を有(も)つて居るのは明(あきら)かである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
さういひながら、玄関(げんくわん)つゞきの茶(ちや)の間(ま)へはひると、青木さんは紙(かみ)にくるんだ額面(がくめん)十円の△△債劵(さいけん)を背広(せびろ)の内がくしから、如何(いか)にも大事(じ)さうに取(とり)出した。
夢 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
自分(じぶん)もチヨークで畫(か)くなど思(おも)ひもつかんことであるから、畫(ゑ)の善惡(よしあし)は兔(と)も角(かく)、先(ま)づ此(この)一事(じ)で自分(じぶん)は驚(おどろ)いてしまつた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
最後(さいご)に此新横穴(このしんよこあな)からの發見物(はつけんぶつ)に就(つひ)て、最(もつと)も注意(ちうい)すべき點(てん)を附記(ふき)して置(お)く。それは、供物(ぐぶつ)らしき魚骨(ぎよこつ)の發見(はつけん)と、俵形土器(ひやうけいどき)の中(なか)から、植物(しよくぶつ)らしき物(もの)の出(で)た二事(じ)である。
何(いず)れにしてもこの一事(じ)は私(わたくし)にとりてまことに意外(いがい)な、又(また)まことに意義(いぎ)のある貴(とうと)い経験(けいけん)でございました。
此年文政八年の秋には、蘭軒の家に猶一事(じ)の記念すべきものがあつた。それは吉野山の桜を園内に移し植ゑたことである。蘭軒の識る人に斎藤某と云ふものがあつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わたしは女(をんな)と眼(め)を合(あは)せた時(とき)、たとひ神鳴(かみなり)に打(う)ち殺(ころ)されても、この女(をんな)を妻(つま)にしたいと思(おも)ひました。妻(つま)にしたい、——わたしの念頭(ねんとう)にあつたのは、唯(ただ)かう云(い)ふ一事(じ)だけです。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いまは亡(な)き前(さき)の上皇白河ではあるが、白河に致されたその一事(じ)が、よほど御青年時代を暗澹(あんたん)たるものにし、いとも口惜しい、おん悩みであったにはちがいなく、いまなお
矢張(やはり)男(をとこ)が恋(こひ)しく、其学生(そのがくせい)が田舎(ゐなか)から細君(さいくん)を連(つ)れて来(く)るまで附纏(つきまと)つたと云(い)ふだけの、事実談(じじつだん)に過(す)ぎぬのであるが、文(ふみ)を脊負揚(しよいあげ)に仕舞(しま)つて置(お)いた一事(じ)が、何(なん)となく私(わたし)の記憶(きおく)に遺(のこ)つてゐる。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
会(え)すれば則(すなわ)ち事(じ)同一家(け)、不会なれば万別千差、不会なれば事同一家、会すれば則ち万別千差。討つのもよい。忠孝両全の道じゃ。討たぬのもよい。神仏と心を同じゅうするものじゃ。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
シカシまだまだこれしきの事なら忍んで忍ばれぬ事も無いが、茲処(ここ)に尤も心配で心配で耐(たえ)られぬ事が一ツ有る。他(ほか)でも無い、この頃叔母がお勢と文三との間を関(せく)ような容子が徐々(そろそろ)見え出した一事(じ)で。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「菜根(さいこん)を咬(か)みて百事(じ)作(な)すべし」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
終日行(ぎょう)じて一事(じ)も行(ぎょう)ぜず。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
事(じ)にもな
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
わたくしは此に内容の梗概に筆を著けむとするに臨んで、先づ読者に一事(じ)を告げて置きたい。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
事(じ)もな
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
事(じ)にな
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)