“びし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
弥子25.0%
微子25.0%
彌子12.5%
眉子12.5%
糜氏12.5%
菱12.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
衛に於ては顔讎由(がんしゅうゆう)を主(やど)とせり。弥子(びし)の妻と子路の妻とは兄弟なり。弥子、子路に謂いて曰く、孔子我を主(やど)とせば、衛の卿(けい)得べきなりと。子路以て告ぐ。孔子曰く命ありと。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
微子(びし)・箕子(きし)・比干(ひかん)は共に殷(いん)の紂(ちゅう)王の無道を諌めた。微子は諌めてきかれず、去って隠棲した。箕子は諌めて獄に投ぜられ、奴隷となった。比干は極諌して死刑に処せられ、胸を剖(さ)かれた。
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
衞國(ゑいこく)の法(はふ)、竊(ひそか)に君(きみ)の車(くるま)に駕(が)する者(もの)は罪(つみ)、(一〇七)刖(げつ)に至(いた)る、既(すで)にして彌子(びし)の母(はは)病(や)む。人(ひと)聞(き)き、往(ゆ)いて夜(よる)之(これ)を告(つ)ぐ。彌子(びし)矯(いつは)つて君(きみ)の車(くるま)に駕(が)して出(い)づ。
故(ゆゑ)に彌子(びし)の行(おこなひ)未(いま)だ初(はじめ)に變(かは)らざるに、前(まへ)には賢(けん)とせられて、後(のち)には罪(つみ)を獲(う)る者(もの)は、(一〇九)愛憎(あいぞう)の至變(しへん)也(なり)。
すると東野は自分の財産の主要なものは硯だけだと云って笑い、鳩首の彫刻のある蒼黒い硯を出して指先で撫でながら、これが眉子(びし)だと訓えた。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
黄金(こがね)作りの武田菱(びし)の前立(まえだて)打ったる兜をいただき、黒糸に緋を打ちまぜて縅(おど)した鎧を着、紺地の母衣(ほろ)に金にて経文を書いたのを負い、鹿毛(かげ)の馬に跨(またが)り采配を振って激励したが
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)