“號外”の読み方と例文
新字:号外
読み方割合
がうぐわい100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
宗助(そうすけ)は五六日前(にちまへ)伊藤公(いとうこう)暗殺(あんさつ)の號外(がうぐわい)を見(み)たとき、御米(およね)の働(はたら)いてゐる臺所(だいどころ)へ出(で)て來(き)て、「おい大變(たいへん)だ、伊藤(いとう)さんが殺(ころ)された」と云(い)つて
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と思(おも)はず身(み)の毛(け)を慄立(よだ)てたのは、昨(さく)、十四年(じふよねん)五月(ごぐわつ)二十三日(にじふさんにち)十一時(じふいちじ)十分(じつぷん)、城崎(きのさき)豐岡(とよをか)大地震(おほぢしん)大火(たいくわ)の號外(がうぐわい)を見(み)ると同時(どうじ)であつた。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其時(そのとき)は無論(むろん)、新聞(しんぶん)の號外(がうぐわい)によつて、市井(しせい)の評判(へうばん)によつて、如何(いか)なる山間(さんかん)僻地(へきち)の諸君(しよくん)と雖(いへど)も更(さら)に新(あたら)しき、更(さら)に歡(よろこ)ふ可(べ)き事(こと)を耳(みゝ)にせらるゝであらうが、私(わたくし)は殊(こと)に望(のぞ)む! 西(にし)、玄海灘(げんかいなだ)の邊(ほとり)より