“教育”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
けういく36.4%
きょういく27.3%
したて9.1%
しつけ6.1%
きやういく6.1%
きよういく3.0%
しこ3.0%
しつけかた3.0%
エデュケーション3.0%
ペダゴオギツク3.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
僕(ぼく)は不幸(ふかう)にして外國(ぐわいこく)に留學(りうがく)することも出來(でき)ず、大學(だいがく)に入(はひ)ることも出來(でき)ず、ですから僕(ぼく)の教育(けういく)、所謂(いはゆる)教育(けういく)なるものは不完全(ふくわんぜん)なものでしよう。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
僕(ぼく)の母親(ははおや)は、子供(こども)の時分(じぶん)から、僕(ぼく)を教育(きょういく)するのに、いつも、いかなる場合(ばあい)でも、卑怯(ひきょう)なまねをしてはならぬといいきかせたものだ。
戦友 (新字新仮名) / 小川未明(著)
性来おとなしき上に我が言ふ事の用ひられねばとかくに物のおもしろからず、父が仕業も母の所作も姉の教育(したて)も
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
処女時代(むすめじだい)に受(う)けた私(わたくし)の教育(しつけ)というのは大体(だいたい)そんなもので、馬術(ばじゅつ)は後(のち)に三浦家(みうらけ)へ嫁入(よめい)りしてから習(なら)いました。
學校(がくかう)の唱歌(しようか)にもぎつちよんちよんと拍子(ひやうし)を取(と)りて、運動會(うんどうくわい)に木(き)やり音頭(おんど)もなしかねまじき風情(ふぜい)、さらでも教育(きやういく)はむづかしきに教師(きやうし)の苦心(くしん)さこそと思(おも)はるゝ入谷(いりや)ぢかくに育英舍(いくえいしや)とて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『兼(かね)て承(うけたまは)る、彼(かれ)の父(ちゝ)なる濱島武文氏(はまじまたけぶみし)と、春枝夫人(はるえふじん)との志(こゝろざし)に代(かは)つて、不肖(ふせう)ながら日出雄少年(ひでをせうねん)の教育(きよういく)の任(にん)をば、之(これ)から此(この)櫻木重雄(さくらぎしげを)が引受(ひきう)けませう。』
技術はこれから教育(しこ)まにゃならんが、技術は何でもない。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
もっとも一人の愛娘(まなむすめ)の芳江姫の教育(しつけかた)をこの老師に託してあったところから、日昼数百人に警護されて吟味所へ輿で来るようなことは一再ならずあった事はあったが。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それで私は日本へ来るちょっと前に映画館を一つ拵(こしら)えよう思い立ちました。映画による教育(エデュケーション)と宣伝(プロパガンダ)の力がどんなに、無智な人々にも大きく働き掛けるかに気が付いたからなのです。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
これ教育(ペダゴオギツク)の道なり。これ積極の法なり。早稻田文學などはこれを司るものか。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)