“孰”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
いず45.2%
いづ23.3%
ど7.1%
いづれ6.2%
いずれ5.2%
たれ2.9%
どつち2.9%
どち2.4%
どちら1.4%
どれ1.4%
どっち1.0%
いづれか0.5%
どツ0.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
私の身のまわりは孰(いず)れも見馴れたもの計りで、トランクは寝台の下に投込んであり、帽子掛には二つの帽子と数本のステッキがある。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
さては相見ての後のたゞちの短きに、戀ひ悲みし永の月日を恨みて三衣(え)一鉢(ぱつ)に空(あだ)なる情(なさけ)を觀ぜし人、惟(おも)へば孰(いづ)れか戀の奴(やつこ)に非ざるべき。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
氏はこの二つの外(ほか)に今一つ博士の肩書を嫌つたが、実をいふと、この三つのうちで、孰(ど)れが一番無益物(やくざもの)であるかが問題であるに過ぎない。
亜(つ)いで男の声は為(せ)ざりしが、間有(しばしあ)りて孰(いづれ)より語り出でしとも分かず、又一時(ひとしきり)密々(ひそひそ)と話声の洩(も)れけれど、調子の低かりければ此方(こなた)には聞知られざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
恵王は打返して「孰(いずれ)か能(よ)くこれを一(いつ)にする」と問うた時に、孟子は「人を殺すを嗜(たしな)まざるもの能(よ)くこれを一(いつ)にせん」といった。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
子大廟(たいびょう)に入りて、事毎に問う。或ひと曰く、孰(たれ)か鄹人(すうひと)の子(こ)礼を知ると謂うか。大廟に入りて事毎に問うと。子之を聞きて曰く、是れ礼なりと。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
與吉(よきち)は卯平(うへい)の側(そば)から斜(なゝめ)に手(て)を出(だ)して居(ゐ)た。卯平(うへい)は與吉(よきち)の小(ちひ)さな足(あし)の甲(かふ)へそつと手(て)を觸(ふ)れて見(み)た。手(て)も足(あし)も孰(どつち)もざら/\とこそつぱかつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
青木君の死の責任が孰(どち)らにありませうとも、青木君が貴女(あなた)を恨んで死んだ以上、青木君の弟に対して丈(だけ)は、慎んでいたゞきたいと思ふのです。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
孰(どちら)も他の西瓜や甜瓜のやうに甘い味を持つて生(なま)の儘稱美されるものではありません。
白瓜と青瓜 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大「何うか御在府中御遠慮なくおいで下されば、清左衞門は如何(いか)ばかりの悦びか知れません、芸者は孰(どれ)がお気に入りました」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「孰(どっち)も孰(どっち)だけれど、鶴さんだって随分可哀そうよお島さん」終(しま)いにおゆうはお島に言かけたとき、お島は可悔(くやし)そうにぽろぽろ涙を流していた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
渉筆に彦の事を叙して、「寛政戊午遊学京師、師事友人玫瑰源先生」と云つてある。わたくしは未だ北条氏の系譜を見ぬから、彦と惟長と孰(いづれか)長、孰幼なるを知らない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「君(きみ)、此(こ)の頃(ごろ)躰(からだ)は何うかね。」と暫(しばら)くして私はまた友に訊(たづ)ねた。私達(たち)は會(あ)ふと必(かなら)ず孰(どツ)ちか先(さき)に此(こ)の事を訊(き)く。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)