“いよ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:イヨ
語句割合
伊予63.2%
居寄10.5%
伊豫7.9%
伊余5.3%
愈5.3%
逾2.6%
伊代2.6%
伊與2.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
豊前(ぶぜん)の築上(ちくじょう)郡などではこの木の棒をネンギ、伊予(いよ)の宇和島(うわじま)ではこれをキネンといい、またネンガリともいうのは日本海側のネンガラと似ている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
目の前なる山の頂(いただき)白雲につつまれたり。炉(ろ)に居寄(いよ)りてふみ読みなどす。東京の新聞(しんぶん)やあると求(もと)むるに、二日前の朝野新聞と東京公論とありき。ここにも小説(しょうせつ)は家ごとに読(よ)めり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
御助け下されし事實(まこと)に有難く此御恩生々世々忘れ申まじ私しは讃州(さんしう)丸龜在(まるがめざい)高野村(かうやむら)の百姓半左衞門の次男半四郎と申者に候が親類(しんるゐ)より頼(たのま)れし急用にて伊豫(いよ)の松山迄參る途中先刻松の尾と申宿にて夜食の機(をり)から雲助ども理不盡に酒代を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
意富(おお)の臣(おみ)・小子部(ちいさこべ)の連・坂合部の連・火の君・大分(おおきた)の君・阿蘇(あそ)の君・筑紫の三家(みやけ)の連・雀部(さざきべ)の臣・雀部の造(みやつこ)・小長谷(おはつせ)の造・都祁(つげ)の直(あたえ)・伊余(いよ)の國の造・科野(しなの)の國の造・道の奧の石城(いわき)の國の造・常道(ひたち)の仲の國の造・長狹(ながさ)の國の造・伊勢の船木(ふなき)の直・尾張の丹羽(にわ)の臣・島田の臣等の祖先です。
進(すす)んで大蘆村に至(いた)れば櫻井郡長之より帰途(きと)に就(つ)かる、村を過(す)ぐれば愈(いよ)いよ無人の境(けう)となり、利根河岸の絶壁(ぜつぺき)に横はれる細逕(さいけい)に入る、進(すす)むこと凡二里にして道(みち)全(まつた)く尽(つ)き、猟夫の通路(つうろ)又見るを得(え)ず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
枕山が席上の作中に「分襟在近意逾親。」〔分襟近クニ在リテ意逾(いよ)イヨ親シム〕また「預想明年重晤日。」〔預メ想フ明年重晤ノ日ヲ〕の語を見る。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたくしはこの作中「天寒客衣単。朔風逾凛冽。」〔天寒ク客衣単ナリ/朔風逾(いよ)イヨ凛冽タリ〕の二句を見て、秋は早く山中に尽きてまさに冬ならんとしていた事を知る。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
仁兵衛がいってそのとおり事情を話したらしい、半刻(はんとき)ほどすると母屋のほうへ移され伊代(いよ)という老女にひきとられて、その夜は煎(せん)じ薬などのまされて寝た。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
伊與(いよ)之助は少し屹(きつ)となりました。屹となると、この若い男は、なか/\良いところがあります。