“緯(い)” の例文
和漢古典のあらゆる文辞は『鶉衣』を織成(おりな)す緯(い)となり元禄(げんろく)以後の俗体はその経(けい)をなしこれを彩(いろど)るに也有一家の文藻(ぶんそう)と独自の奇才とを以てす。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
子の緯(い)はその時五歳であったが、くると手を引いたり抱いたりして可愛がった。緯が七八歳になった時には、燈下で読書を教えた。緯もまた聡明であった。
陸判 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
素(もと)『医心方』は巣元方(そうげんぼう)の『病源候論(びょうげんこうろん)』を経(けい)とし、隋唐(ずいとう)の方書百余家を緯(い)として作ったもので、その引用する所にして、支那において佚亡(いつぼう)したものが少くない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
国の本は民にありとは、封建社会において、一般に通用する格言なりき。封建政治は尚武(しょうぶ)を経(けい)とし、重農(じゅうのう)を緯(い)としたり。封建君主の典型たる上杉鷹山(うえすぎようざん)公嘗(かつ)てその相続者に諗(つ)げて曰く
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
後見の父親房は、あの「神皇正統記」の著者(ちょしゃ)でもあった。それでもわかるように身を持(じ)すことみずからきびしく、神国、皇室、万世一系を緯(い)とする主義のほかには生きがいもないかのような人である。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
待ツノ止ム可カラザルニ至レリ居ルコト年余偶々(たまたま)乏(ぼう)ヲ理科大学助手ニ承ケ植物学ノ教室ニ仕フ裘葛(きゆうかつ)ヲ更(か)フル此ニ四回時ニ同学新ニ大日本植物誌編纂ノ大業ヲ起コシ海内幾千ノ草木ヲ曲尽シ詳説(しょうせつ)ヲ経(けい)トシ精図ヲ緯(い)トシ以テ遂ニ其大成ヲ期シ洵(まこと)ニ此学必須(ひっす)ノ偉宝ト為サント欲ス余幸ニ其空前ノ成挙ニ与リ其編纂ノ重任ヲ辱(かたじけの)フスルヲ