“元(も)” の例文
ここに面白い事は右のレーズン(raisin)の語は元(も)とは、ラテン語の racemus から由来しこのラセムスはブドウの果穂の事である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
元(も)と劒岳の尊称であったものが、いつの間にか転移して其前面に続く二千七百七十六米の峰名となったものであろう。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
基督教は元(も)とより製作的のものならず、然るを世の変遷につれて追々に製作的進化をなし来りて、始めの純樸透清を失ひたり、今は唯だ其外被のみを残して
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
縱令(たとひ)中頃定家假名遣が出まして、一頓挫を來しましても少し荊棘が生えましても、荊棘を刈除いて、元(も)との道を擴げて、國民が皆歩むやうな道にすると云ふことが
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
新「お母(っか)さん、なんですか、お前さんは元(も)と何処(どこ)の出のお方でございます、多分江戸子(えどっこ)でしょう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
蓋(けだ)し後人元(も)と杜詩の古今に妙絶なる所以(ゆゑん)のもの何処に在るやを知らず、但(た)だ一字も亦た出処あるを以て工(たくみ)と為すも、西崑酬倡集中の詩の如き、何ぞ曾(かつ)て一字の出処なき者あらん
発掘された石壁は、元(も)と直径三十三メートルばかりあった円形の大建築物の周囲壁であって、その内面に法文が牛歩状(bustrophedon)に彫り付けてあるのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
旦那様(だんなさま)が鹿児島の戦争で討死(うちじに)をなされた後は、賃機(ちんはた)織つて一人の御子息を教育なされたのが、愈々(いよ/\)学校卒業と云ふ時に肺結核で御亡(おなく)なり、——大和君の家(いへ)は元(も)と越後の豪農です
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
例へば橋の袂(たもと)に柳が一本風に吹かれてゐるといふことを、そのまま歌にせんにはその歌は客観的なれども、元(も)とこの歌を作るといふはこの客観的景色を美なりと思ひし結果なれば
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これからあと直(すぐ)に、徳蔵おじはお暇(いとま)を願って、元(も)と出た自分の国へ引込みました。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
元(も)と浅草寺の境内なりしが、明治六年二月、収めて公園とし、分ちて七区とす。観世音堂の所在地、之(これ)を一区とし、仁王門前より仲見世の在る処を二区とし、伝法院の所在地を三区とす。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
と云うのは元(も)と私は亜米利加に行きたい/\と云て小野友五郎(おのともごろう)に頼み、同人の信用を得て随行員となった一人であれば、一切万事長者の命令に従いその思う通りの事をしなければ済(す)まない訳(わ)けだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
実父も養父も同姓同名(どうみょう)でござりますから種々(いろ/\)と調べて見ますと、上州沼田の下新田にまだ縁類も残って居りますから聞糺(きゝたゞ)しますと、実父角右衞門は元(も)と阿部伊豫守(あべいよのかみ)様の御家来で
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
○天台(てんだい)の或る和尚(おしょう)さんが来られて我病室にかけてある支那の曼陀羅(まんだら)を見て言はれるには、曼陀羅といふものは元(も)と婆羅門(バラモン)のもので仏教ではこれを貴ぶべきいはれはないものである
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
元(も)と浅草寺の境内なりしが、明治六年二月、収めて公園とし、分ちて七区とす。観世音堂の所在地、之を一区とし、仁王門前より仲見世の在る処を二区とし、伝法院の所在地を三区とす。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
篠田は梅子を顧みつ「只今慈愛館に居りまするが、花と云ふ婦人が在(あ)るのです、元(も)と芸妓(げいしや)でありまするが、余程精神の強固なのですから、将来貴嬢(あなた)の御事業の御手助となるも知れませぬ、」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
主人が元(も)と世に立ち交つてゐる頃に、別荘の真似事のやうな心持で立てた此小家は、只二間(ふたま)と台所とから成り立つてゐる。今据わつてゐるのは、東の方一面に海を見晴らした、六畳の居間である。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
前にいえる如く、少年輩がややもすれば経世の議論を吐き、あるいは流行の政談に奔走して、無益に心身を労し、はなはだしきは国安妨害の弊に陥るが如きは、元(も)とその輩の無勘弁なるがためなり。
経世の学、また講究すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
尚お吹浦の北に在る大師崎は元(も)と御崎と云い、そこの三崎神社は祭神素盞鳴尊(すさのおのみこと)であるといわれているから、海原しろしめす航海の神であったこの神は、同じく新移民に依って奉祀されたものと考える。
二、三の山名について (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
お蘭を生埋(いきうめ)に致した寺がございまして、此処の留守居坊主は元(も)と雁田(がんだ)の地蔵堂に居りました破戒僧でございますが、只今此の寺が焼けて留守居の無いので、頼まれて此の寺に居って
元(も)と田畑なりし故を以て、今名を附すと言伝ふ。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
此の庄左衞門は元(も)と中川山城守の家来で、二百石取りましたものでございますが、仔細あって浪人致し、眼病を煩(わずら)い、一人の娘が看病をして居りますが、娘は孝行で、寒いのに素袷(すあわせ)一枚で
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
多「それでは此処な家(うち)は、あの元(も)と阿部様の御家来であったが、久しく浪人して上州小川村に居て、また此処なお屋敷の御家来になった方で、あんたは鹽原角右衞門様の御内室(おかみさん)のおせいさんと云いやんすか」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)