“鐺”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
こじり91.9%
かま1.6%
くさり1.6%
たう1.6%
なべ1.6%
はた1.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
古風に揷(さし)たり袋棚(ふくろだな)の戸二三寸明し中より脇差(わきざし)の鐺(こじり)の見ゆれば吉兵衞は立寄(たちより)て見れば鮫鞘(さめざや)の大脇差なり手に取上(とりあげ)鞘(さや)を拂て見るに只今人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
持皈(もちかへ)りて主(ぬし)を尋(たづね)ばやと鐺(かま)を手(て)にさげて二町ばかりあゆみしにしきりに重(おも)くなり、鐺(かま)の内に声(こゑ)ありて我をいづくへ連(つ)れ行(ゆく)ぞといふに胆(きも)を消(け)し鐺(かま)をすてゝ逃(にげ)さりしに
此の如く因果の鐺(くさり)を手繰(たぐ)りもて行くに、われは神の最大の矜恤、最大の愛憐を消受せしこと疑ふべからず。唯だ凡慮に測り知られぬは我とアヌンチヤタとの上なり。
缺脣の罌(あう)、沒耳の鐺(たう)、雜然紛然として亂堆歪列すべき情勢がある。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
『近江輿地誌略』に、ある説に鐺(なべ)は、蒲生忠知の室は内藤帯刀(ないとうたてわき)女(むすめ)なり、故に蒲生家断絶後内藤家に伝う、太刀は佐野の余流赤堀家に伝う(蒲生佐野ともに秀郷の後胤(こういん)だ)
賣(うる)術(すべ)など知らざる上に都(みやこ)は知らず在方(ざいかた)では身の賣買(うりかひ)は法度(はつと)にて誰に頼(たの)まん樣もなく當惑(たうわく)なして居たりしが十兵衞鐺(はた)と膝(ひざ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)