“醋(す)” の例文
彼は醋(す)の臭のする黄色いどろどろしたものを毎日局部に塗って座敷に寐ていた。それが幾日(いくか)続いたか彼は知らなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「醤ニ清濃ノ分アリ、油ニ葷素(くんそ)ノ別アリ、酒ニ酸甜(さんてん)ノ異アリ、醋(す)ニ陳新ノ殊アリ、糸毫(しごう)モ錯誤スベカラズ……」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お庄は汚れた茶道具や、食べ残しの芋を流しへ出しておいて、それから寝しなに、戸棚のなかから醋(す)を茶碗に汲んで、暗いところで顔を顰(しか)めながら飲んだ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「その代わりわたしがまたお醋(す)をあとから入れたからすっぱすぎる所があるかもしれなくってよ。も少しついでにお葉(は)も入れればよかってねえ、愛ねえさん」
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
我見るに、彼はふたゝび嘲られ、ふたゝび醋(す)と膽(い)とを嘗(な)め、生ける盜人の間に殺されたまふ 八八—九〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
朽ちた古い柴の葉と、萌え出づる新しい栗や、樫や、蝋燭のような松の芽が、醋(す)く、苦く、ぷん/\かおる。朝は、みがかれた銀のようだ。そして、すき通っている。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「皆さん、この絵は、四聖吸醋之図(せいきふさくのづ)と申しまして、四人の聖人が、お醋(す)を嘗(な)めてゐるのです。」
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
水野越前守は、そのだらけ切った江戸の町人に三斗(さんど)の醋(す)を喰わせたのでした。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ところが刺身は綺麗に退治てしまってあったので、女中が疾(と)っくに醤油も一しょに下げてしまった。跡には殻附の牡蠣(かき)に添えて出した醋(す)があるばかりだ。瀬戸は鮪の鮓にその醋を附けて頬張った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
鮓は、それの醋(す)が醗酵(はっこう)するまで、静かに冷却して、暗所に慣(な)らさねばならないのである。寂寞たる夏の白昼(まひる)。万象の死んでる沈黙(しじま)の中で、暗い台所の一隅に、こうした鮓がならされているのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
橡の枯木のもとに画架を立てたる青年画家は静物の硝子杯と皿と水さしと醋(す)ゆき林檎とを描(か)きくづしたる古カンヷスの上に、まづ新しき樹の幹の White と Blue とを塗りはじめたる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そこでハンニバルはこの大きな岩へ醋(す)をかけて火を焚(た)いて、柔かにしておいて、それから鋸(のこぎり)でこの大岩を蒲鉾(かまぼこ)のように切って滞(とどこお)りなく通行をしたそうだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「このサラダは愛ねえさんがお醋(す)とオリーブ油を間違って油をたくさんかけたからきっと油っこくってよ」
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あはれ、はや、焼酎(せうちう)は醋(す)とかはり、人は轢(し)かれて
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「おお、厭(いや)だ」と眉(まゆ)をあつめる。艶(えん)なる人の眉をあつめたるは愛嬌(あいきょう)に醋(す)をかけたようなものである。甘き恋に酔(え)い過ぎたる男は折々のこの酸味(さんみ)に舌を打つ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あな悲し、あな暗(くら)し、醋(す)の沈黙(しじま)長くひびかふ。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
醋(す)の甕(かめ)のふたならび人もなき室(むろ)に沈みて
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)