“葺(ぶ)” の例文
思ったより大仕掛に犬を飼っているらしく、冷たい月の光りのなかに、幾棟かのトタン葺(ぶ)きの犬小屋の屋根が、白々と浮んで見えた。
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
百姓家は恐ろしく大きな草葺(ぶ)きの屋根を持っていて、その脊梁には鳶尾(とんび)に似た葉の植物が生えている。時々我々はお寺か社を見た。
日に光るトタン葺(ぶ)きの屋根、新たに修繕の加えられた壁、ところどころに傾いた軒なぞのまだそのままに一年前のことを語り顔なのさえあった。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その汗を拭いて、床の上に起き直って団扇(うちわ)を使っていると、トタン葺(ぶ)きの家根に雨の音がはらはらと聞える。そのあいだに鳥の声が近くきこえた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
学院の門は殆(ほとん)ど埋没して纔(わず)かに門柱の頭が少しばかり地面に露出しているに過ぎず、平屋建ての校舎も、スレート葺(ぶ)きの屋根だけを残して埋(うず)まっていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
帆村のさしあげた洋杖(ステッキ)の先に、雑木林の上に延び上っているような千早館のストレート葺(ぶ)きの屋根があった。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
新しいこけら葺(ぶ)きの建物が三棟、物置、厩(うまや)などがあり、栽培地は、丘と、斜面と、沼でもあったらしい湿地と、そして建物の西がわの平地とに繩張りがされ
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
トタン葺(ぶ)きで、板壁というよりほんの板囲(いたがこ)いだ。窓らしいものがなくて、たぶん雨戸の古だろうと思われるようなものが押上窓のように上部にとりつけてあるきりだ。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
現に僕は震災前にも落成しない芝居小屋の煉瓦壁(れんがかべ)を見たことを覚えている。けれども今は薄ぎたないトタン葺(ぶ)きのバラックの外に何も芝居小屋らしいものは見えなかった。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二階の間(ま)は電燈で昼間(ひるま)より明るく葉子には思われた。戸という戸ががたぴしと鳴りはためいていた。板葺(ぶ)きらしい屋根に一寸釘(くぎ)でもたたきつけるように雨が降りつけていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
間もなく横のトタン葺(ぶ)きの小舎から、幽霊のように痩せ細った西村さんのお母さんが、白い湯もじ一貫のまま、ヒョロヒョロと出て来た姿を見ると、みんな震え上がってしまった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
家(うち)の屋根と来たら、家主がケチでトン/\葺(ぶ)きが腐りかけているんだもの、物干(ものほし)の下なんか猫が歩いても踏み抜きそうよ、嘘だと思ったら、八五郎親分、あの屋根を渡ってみて下さい
庭樹は手入れが行きとゞき、新しいトタン葺(ぶ)きの自動車小舎まで揃つてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
四方(しほう)を板囲(いたがこ)いにして、僅(わず)かに正面(しょうめん)の入口(いりぐち)のみを残(のこ)し、内部(なか)は三坪(つぼ)ばかりの板敷(いたじき)、屋根(やね)は丸味(まるみ)のついたこけら葺(ぶ)き、どこにも装飾(そうしょく)らしいものはないのですが、ただすべてがいかにも神(かむ)さびて、屋根(やね)にも
草葺(ぶ)きが、固まっているなかに、倉庫体のものさえある。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こけら葺(ぶ)きの屋根も、軒や羽目板も、灰色に乾き曝(さら)されて、家と家はごたごたと肩を寄せあい、地面にしがみついているようにみえ、いかにも土地の季候の荒いことを示していた。
第一、家の屋根と來たら、家主がケチでトントン葺(ぶ)きが腐りかけてゐるんだもの、物干の下なんか猫が歩いても踏み拔きさうよ。嘘だと思つたら、八五郎親分、あの屋根を渡つて見て下さい。
十銭の金もないと云う事は奈落の底につきおちたも同じことだ。トントン葺(ぶ)きの屋根の上を、小石のようなものがぱらぱらと降っている。ここは丘の上の一軒家。変化(へんげ)が出ようともかまわぬ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「その上、庇の脇差は、投り上げたのでなくて、上から滑り落したのだ。二階の窓の敷居に、少しばかり血が付いてゐるし、屋根のトントン葺(ぶ)きの柾(まさ)にも、血の跡があり、滑り留つたところが、庇の雨樋(あまどひ)の上だ」