“純”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
きよ23.1%
じゅん23.1%
じゆん15.4%
もっぱ7.7%
いと3.8%
きよら3.8%
すべ3.8%
なまくら3.8%
もつぱ3.8%
ウブ3.8%
ジュン3.8%
ヅブ3.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
むしろ純潔なる青年が、その何ものをも純(きよ)く見る善き素質から、かえって肉交を肯定しやすいからである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
竹童(ちくどう)は純(じゅん)なものだ。そういわれてまで、かれを敵視(てきし)する気にもなれないので、意気(いき)ごんだ力抜(ちからぬ)けに、またもとの堤草(どてぐさ)へ腰をおろした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若(わか)い女性(ぢよせい)に対(たい)して、純(じゆん)な感情(かんじやう)ももつてゐたから、誘惑(いうわく)と言(い)ふのは当(あた)らないかも知(し)れなかつたけれど、色々(いろ/\)の条件(でうけん)と、同棲生活(どうせいせいくわつ)の結果(けつくわ)から見(み)ると、彼(かれ)の本能(ほんのう)が
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
一人は人に見(まみ)えずに地上を周遊して善人を助け、一人は純(もっぱ)ら牛を護るという(グベルナチス伯とサルキンの説)。
天保二年、抽斎が二十七歳の時、八月六日に長女純(いと)が生れ、十月二日に妻威能が歿した。年は二十六で、帰(とつ)いでから僅に三年目である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
若く雄々しく純(きよら)かな青春の魂
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
詩に曰く「去年買地新移家。家具一担書五車。閑園日渉能成趣。五畝之間純是花。敢期戸外停香騎。却喜門前通古寺。」〔去年地ヲ買ヒ新タニ家ヲ移ス/家具一担書五車/閑園日ニ渉レバ能ク趣ヲ成シ/五畝ノ間純(すべ)テ是レ花/敢テ期ス戸外香ニ停マルノ騎ヲ/却テ喜ブ門前古寺ニ通ズルヲ〕云々。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
庚娘はにげることができないと思ったので、急いで自分の吭(のど)を突いた。刀が純(なまくら)で入らなかった。そこで戸を啓(あ)けて逃げだした。十九がそれを逐(お)っかけた。庚娘は池の中へ飛び込んだ。
庚娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
否(しからざ)るものは英独名を取ること鉱物字彙の如くすべしや否や、此には商量の余地がある。索引は二書皆羅馬字の国語を以てしてあるが、彼は純(もつぱ)ら今言(きんげん)の和名に従ひ、此は所謂漢語が過半を占めてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
而も純(ウブ)な形は、年月を経ても残つてゐた。大伴(オホトモ)ノ坂上(サカノヘ)ノ郎女(イラツメ)の別れを惜しむ娘を諭して「常夜にもわが行かなくに」と言うてゐるのは、後世の用語例をも持ちながら、原義を忘れて居ない様である。
泰子は純(ジュン)生理上の弱さですが、大人への影響のしかたは複雑で、心理的となり、遂にモラリスティックな問題にまで入って来ます。この点がもっともおそろしいところです。
腹は何処までも若立役でありながら、酒の為に道化役のやうな表現をとると言ふ性根(シヤウネ)であり、恭太は純(ヅブ)の阿呆でありながら、笑へぬ所を持つてゐるといふ役。
市村羽左衛門論 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)