“温(ぬ)” の例文
生温(ぬ)るいものがこみ上って来たかと思うと、ドロッと口の中に咳出された。吐くと、白い砂の上に鮮やかに赤かった。頭上で声がした。
ひとりすまう (新字新仮名) / 織田作之助(著)
マルセーユへ上陸した夜、足の強直病にかかり腕を支えてくれたのも、この同じ黄鼬鼠の外套の温(ぬ)くさだったと彼は思った。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
岩の軒からは私達を匝(めぐ)って雨垂れが太い水晶簾を懸る。それを水呑に受けて渇いた喉を潤した。温(ぬ)るいが旨い味だ。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
草紅葉まだ温(ぬ)くけれど、その上(へ)にも落葉うごけり。向ひ山、こなたの小丘、見るものはみな枯木のみ。
温(ぬ)く温(ぬ)くと午後の日影は、松林の中にもさし込めば、此山肌の黄褐色の上をも照らしてゐる。
山岳美観:02 山岳美観 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
そして、冴えてゐるがしだいに温(ぬ)くもりの増して来る日は、何だかのうのうと、つまり誰もゐないので日そのものが路一杯にひろがつて日向(ひなた)ぼつこをしてゐるみたいであつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
五月の陽光は原っぱの隅々から私たちの懐中から、シャツの中まで満ちてしまい、ある温(ぬ)くさがわけのわからぬ悩ましさを感ぜしめ、のどを渇かさしめ、だるく疲らしてくれた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「温(ぬ)くうなって歩きよいせに、ちっと東京見物にでも連れて行って貰おういの。」
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
さういふ未来を浮べながら、まだうで立てで温(ぬ)くまつてゐるその皮をむいた。
続重病室日誌 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
慈愛の炎は、凍(こご)えきッていた五体を、母のふところのように温(ぬ)くめてくれた。閉ざされていた氷心は春に逢い、人心地をよびさまされた。赤々と見える周(まわ)りの顔は、みな美しい好い顔に見えた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飛び込みながら「箆棒(べらぼう)に温(ぬ)るいや」と云った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
厨房(くりや)のやうに温(ぬ)くいことが知れた
わがひとに与ふる哀歌 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
草紅葉まだ温(ぬ)くけれど、その上(へ)にも落葉うごけり。向ひ山、こなたの小丘、見るものはみな枯木のみ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
橇の脇板へ肱をついている矢代の指先だけ、千鶴子の肩の外套の毛に触れ温(ぬ)くかった。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「この方が温(ぬ)くうてえい!」
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「えらい温(ぬ)るそうでんな」
秋深き (新字新仮名) / 織田作之助(著)
谿くまの湿地(しめち)に生ふる鼬羊歯(いたちしだ)かすかなる陽(ひ)の温(ぬ)くもりにあり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
泥酔漢(のんだくれ)のおくびと、殺人(ひとごろし)の温(ぬ)るい計画(たくらみ)とにふりそそぐ雨。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
魚すくふ童が叉手(さで)の水あかりほの温(ぬ)るむらし尻はからげつ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
灰色(はいいろ)黄(き)ばむ小蒸汽(こじようき)の温(ぬ)るく、まぶしく
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
饐(す)え温(ぬ)るむ空(そら)のをち、薄(うす)らあかりに
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大理石(なめいし)の苦悩(なやみ)に湯気(ゆげ)は濃(こ)く、温(ぬ)るく
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)