『釣れない時(つれないとき):君は何を考へるか(きみはなにをかんがえるか)』
フイロソフイストは、「人は考へる為めに生れて来た」といふが、われわれフアンテエジストは、「人は空想する為めに生れて来た」と云つてもよい程、用もない時は空想ばかり駛らせてゐる。殊に一個の文章を書かうとする前、一つの考案を纏める前、さういふ時に …