“旱魃”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
かんばつ84.2%
ひでり15.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
ことに去年(きょねん)からのここら全体(ぜんたい)の旱魃(かんばつ)でいま外へ遊(あそ)んで歩くなんてことはとなりやみんなへ悪(わる)くてどうもいけないということを云った。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それは寛正の頃、東国大(おおい)に旱魃(かんばつ)、太田道灌(おおたどうかん)江戸城にあって憂い、この杉の森鎮座の神にお祷(いの)りをした験(しるし)があって雨降り、百穀大に登(みの)る。
十五、六丁(ちょう)いった谷間(たにま)に、一つの清水(しみず)がありました。それが、この旱魃(ひでり)にも尽(つ)きず、滾々(こんこん)としてわき出(で)ていました。これはいい清水(しみず)を見(み)つけたものだ。
神は弱いものを助けた (新字新仮名) / 小川未明(著)
旱魃(ひでり)の氷屋か貧乏人が無尽(むじん)でも取ったというようににやり/\と笑いながら、懐中から捲出(まきだ)したは、鼠色だか皮色だか訳の分らん胴巻様(どうまきよう)の三尺(さんじゃく)の中から