“広場”のいろいろな読み方と例文
旧字:廣場
読み方割合
ひろば47.4%
ひろっぱ10.5%
プラス5.3%
スクエア5.3%
ホール2.6%
プラザ2.6%
プラッツ2.6%
には2.6%
にわ2.6%
ひろッぱ2.6%
スクワアル2.6%
ニハ2.6%
ピアツァ2.6%
ピヤッツア2.6%
プラツ2.6%
マラエ2.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
白鳥(はくちょう)は、注意深(ちゅういぶか)くその広場(ひろば)に降(お)りたのであります。そして、そこに、一人(ひとり)の少年(しょうねん)が草(くさ)の上(うえ)にすわって、笛(ふえ)を吹(ふ)いているのを見(み)ました。
港に着いた黒んぼ (新字新仮名) / 小川未明(著)
死んだのは鼓ヶ嶽の裾だった。あの広場(ひろっぱ)の雑樹へ下(さが)って、夜(よ)が明けて、やッと小止(こやみ)になった風に、ふらふらとまだ動いていたとさ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
コンメルスの大通(おほどほり)に出て土地に過ぎた程立派な二つの大劇場を眺め、美術学校前の広場(プラス)を横ぎつてヷン・ダイクの新しい石像を一瞥(べつ)して旅館(オテル)へ帰つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
大広場(グラン・プラアス)——夜あけから八時まで、朝露と大きな日傘と花のマアケットだ。ようろっぱで最も美しい中世紀広場(スクエア)のひとつ。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
隧道(トンネル)を通って、広場(ホール)の向う、地下の客室を開くと、そこはもう山の向側で、八百年来秘められた財宝が、初めて真夏の陽下に曝(さら)されたのです。
水中の宮殿 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
新しい王様の市場(コンゲンス・ニュウトルフ)。馬像(ヘステン)の主クリスチャン五世がつくった広場(プラザ)。そのむこう側のシャアロッテンボルグ宮殿は五世の后(きさき)シャアロット・アメリアの記念。現今は帝室美術館。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「こっちにあるもので、モスクヷになさそうなものっていうと、さし当りこんなところだね、そのほかにはあの広場(プラッツ)の白い輪だ」
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
其が次第に官人(つかさびと)らしい姿に更つて来ても、家庭の生活は、何時まで立つても、何処か農家らしい様子が、家構へにも、屋敷の広場(には)にも、家の中の雑用具にも、残つて居た。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
家構えにも、屋敷の広場(にわ)にも、家の中の雑用具(ぞうようぐ)にも。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
峠で力餅(ちからもち)を売りました、三四軒茶屋旅籠(はたご)のございました、あの広場(ひろッぱ)な、……俗に猿ヶ馬場(ばんば)——以前上下(のぼりくだり)の旅人で昌(さか)りました時分には、何が故に、猿ヶ馬場だか
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
右足を軽く跛(びっこ)にひきながら、公爵とタヌのあとに附きそって、ブウルガムの広場(スクワアル)をひょろめき下り、しかるのち、オテルサヴォイの露台(テラス)に坐り込んで
家構へにも、屋敷の広場(ニハ)にも、家の中の雑用具(ザフヨウグ)にも。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
本通(コルソ)といっても裏道のようであり、広場(ピアツァ)といっても狭くるしく、どの建物も小さく、低く、せせこましく、それが却って古代・中世の生活の姿を残しているのが、旅行者には此の上もなく興味があり
エトナ (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
ただひとつの心の広場(ピヤッツア)だと思ひますね。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
その間にコンコルディア広場(プラツ)とかアレッチュ氷河(グレッチャ)とか呼ばれる氷河時代からの千古の氷原が横たわって、遠くローンの渓谷までも見渡せるというので、扉を排して出ては見たが
吹雪のユンクフラウ (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
村の広場(マラエ)には武装した男達が充満。会議室の中にも人々が満ち、その出口の所から外を向いて、一人の演説者が大声でしゃべっている。誰の顔にも歓ばしげな昂奮(こうふん)がある。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)