“屏居”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
へいきょ75.0%
へいきよ25.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
下宿にある岸本は当分客を謝(ことわ)るようにして、殆(ほと)んど誰にも逢(あ)わずに屏居(へいきょ)の日を送っていた。五月の下旬になった頃であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
然(しか)れども彼は亡邸のために、籍を削られ、禄を奪われ、家に屏居(へいきょ)せしめられたり。彼が行路はここに蹉跌(さてつ)したりき。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
国事を言つたために謹慎を命ぜられ、伏見宮家職(かしよく)田中氏にあづけられた。後に失行があつたために士林の歯(よはひ)せざる所となり、須磨明石(すまあかし)辺に屏居(へいきよ)して歿したらしいと云ふことである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
叡山に五大院を構へ屏居(へいきよ)して出でず、著述を事とす、元慶八年勅して元慶寺の座主(ざす)たらしめ、伝法阿闍梨(あじやり)に任ず、終る所を記せず、世に五大院の先徳と称し、又阿覚大師と称す、著、悉曇蔵(しつたんぞう)八巻あり