“小俣”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
おまた66.7%
をまた33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
こう言って忠右衛門が呼びこませたのが、小俣(おまた)村の百姓源兵衛という男、名主そのほか差添えがついている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さてしばしば引合いに出る遠州京丸(きょうまる)の牡丹(ぼたん)の話、あれは今の周智(しゅうち)郡気多(けた)村大字小俣(おまた)京丸の一部である。人の住む在所である。路が遠くて悪いのは人家の数が少なく経済力が弱いためである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この二柱の王の女、五柱ましき。次に日子坐(ひこいます)の王、山代(やましろ)の荏名津(えなつ)比賣、またの名は苅幡戸辨(かりはたとべ)に娶ひて生みませる子、大俣(おほまた)の王、次に小俣(をまた)の王、次に志夫美(しぶみ)の宿禰(すくね)の王三柱。
かれ兄(このかみ)大俣(おほまた)の王の子、曙立(あけたつ)の王五、次に菟上(うがかみ)の王二柱。この曙立(あけたつ)の王は、伊勢の品遲(ほむぢ)部、伊勢の佐那の造が祖なり。菟上(うながみ)の王は、比賣陀の君が祖なり。次に小俣(をまた)の王は當麻の勾の君が祖なり。