“夷(い)” の例文
然レドモ方今(ほうこん)英夷(い)ヲ防グノ術火攻ヲ除イテハ則チ手ヲ措クベキナシ。ケダシ時勢ノ変ニシテ兵法ノ一定シテ論ズベカラザルモノ也。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その後よき関白ありて関東と御一和の事も調(ととの)い候わば、その節妙なり。その内夷(い)事も日々禍深く相見え候に付き、好機会の出る事もあらん。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
されば「都伝摸(とても)年増東(と)夷辺伐(いえば)広夷(い)様」その広夷(ひろい)野(の)に飽き果て散播都天門(さわっても)呉弩(くれぬ)と嘆(かこ)ちて自害した。
昔かの漢学者流は、西洋を観て夷(い)と云い、蛮(ばん)と云い、国字訳本ありといえども捨(すて)て省(かえり)みず、すでにしかして漢訳諸本の航来するに至りてはじめて、その蛮夷にあらざるを知る。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
節(せつ)に死し族を夷(い)せらるゝの事、もと悲壮なり。是(ここ)を以て後の正学先生の墓を過(よ)ぎる者、愴然(そうぜん)として感じ、泫然(げんぜん)として泣かざる能(あた)わず。乃(すなわ)ち祭弔(さいちょう)慷慨(こうがい)の詩、累篇(るいへん)積章(せきしょう)して甚だ多きを致す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
天兵一下、千里流血、君は頡利の俘(とりこ)に同じく、国は高麗の続とならむ。方今聖度汪洋、爾が狂悖を恕す。急に宣しく過を悔い、歳事を勤修し、誅戮を取りて四夷(い)の笑となる毋(なか)れ。爾其れ三思せよ。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
婢の思量感懐は悉(ことごと)くおいらんを中心として発動している。婢の目を以て視れば、吉原は文、吉原以外は野、吉原は華、吉原以外は夷(い)である。それは吉原がおいらんのいますレジダンスだからである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
六月の末江戸に来るに及んで、夷(い)人の情態を見聞し、七月九日獄に来り天下の形勢を考察し、神国の事なおなすべきものあるを悟り、初めて生を幸とするの念勃々(ぼつぼつ)たり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
吐谷渾(とこくこん)と申す夷(い)に阿豺(あさい)と申す人、子二十人あり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)