“嚮(む)” の例文
好運が急角度で自分の方に嚮(む)きかえり、時節が到来したように思われ、大島の対(つい)の不断着のままの銀子を料亭の庭の松の蔭(かげ)に立たせて
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
四五年前までは、まだ和蘭陀から持て来た、小い黄いろな煉化石で積み上げた、格子窓の附いた、屋根の正面に破風を造つた、その上に風の嚮(む)きを知らする鶏が立つて居る家が、沢山残つて居ました。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
夏の半ば過ぎに、お銀たちの近くのある静かな町で、手ごろな家が一軒見つかったころには、二人の心はまた新しい世帯の方へ嚮(む)いていた。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
目が始終前の方へ嚮(む)いていたが、そのころ時々幼い折の惨めな自分の姿や、陰鬱(いんうつ)な周囲の空気を振り顧(かえ)るようなことがあった。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何を考えるともなく、歩(あし)が自然(ひとりで)に反対の方向に嚮(む)いていたことに気がつくと、急に四辻(よつつじ)の角に立ち停って四下(あたり)を見廻した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
笹村は時々そういう方へ気が嚮(む)いて行った。物欲の盛んな今までの盲動的生活に堪えられないような気もした。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし其と同時に、余り自分を卑下しすぎたり、彼の心の確実さを疑ひすぎるやうな気がして、折角(せつかく)嚮(む)いて来た幸運を、取逃してしまつたやうな寂しさを感じた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかし養父のその考えが、段々分明(はっきり)して来たとき、お島の心は、自(おのずか)ら生みの親の家の方へ嚮(む)いていった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「住替えは赤坂に限る。赤坂へ住み替えれば運は必ず嚮(む)いて来るのう。ほかはいかん。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)