“襄”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
じょう50.0%
さき12.5%
のう12.5%
のぼる12.5%
ノボル12.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
それから五、六日を過ぎないうちに、王確は酔って襄(じょう)という所へ出かけた。帰りには日が暮れて、趙(ちょう)という村まで来かかると、路のまんなかで兄の王に出逢った。
私の手元には此の写真(襄(さき)の譚(はなし)に云へる民友社の揷絵に似たるもの是也)一枚だけしか有りませむ。
「往昔十四五、出デテ遊ブ翰墨(かんぼく)場、斯文崔魏(しぶんさいぎ)ノ徒、我ヲ以テ班揚ニ比ス、七齡思ヒ即チ壮、九齡大字ヲ書シ、作有ツテ一襄(のう)ニ満ツ」
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
頼春水の松雨山房を訪。(国泰寺の側(かたはら)なり。)春水在家(いへにあり)て歓晤。男子賛亦助談。子賛名襄(のぼる)、俗称久太郎(ひさたらう)なり。次子竹原へ行て不遇(あはず)。談笑夜半にすぐ。月升(のぼり)てかへる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その時の使者の復命に、『書經』に堯時代の洪水の有樣を記してある文句をその儘に、蕩蕩懷(ツツミ)レ山襄(ノボル)レ陵と述べて、大眼玉を頂戴した笑話がある。
支那人の文弱と保守 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)