“擁(だ)” の例文
わずか一本の芭蕉でも、根土を擁(だ)き込んだ重量は、それが二三本立のものになると荷車につけないと、重くて肩では運べなかった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
女は栄一に愛想を云つて置いて、土間から三尺許り高い床に、うつ伏にもたれて包みを擁(だ)いたまゝ泣いて居る息子に
半狂乱となった南条左馬之助が、危うく小袖幕の中へ飛び込もうとするところを、日頃仲の好い朋輩が二、三人駆け付けて、危ういところで擁(だ)き止めました。
妊娠のために感じ易くなっているダーリヤはマリーナを擁(だ)きしめたい程感動した。彼女は、立って室内を歩き出した。マリーナは吐息をつき、頭を振り、編物をとり上げた。
街 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この娘は両手で膝を擁(だ)いて悲しげに点滴(しずく)の落ちている窓の外を見ているのだ。
赤い羽二重の寛衣(シャツ)をつけた人形は、わざとらしい桃色の唇に永劫変らない微笑を泛べ、両手をさし延して何かを擁(だ)き迎えようとしながら、凝っと暗い空洞(うつろ)の眼を前方に瞠っているのだ。
或る日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と呻(うめ)いて、骨が砕けそうに伸子を擁(だ)き締めた。彼の眼から涙が溢れ落ちた。これ以上の承諾がどこにあろう! 伸子は自分が、幸いに誤らず、彼の内心にもあった希望を切り出したのを知った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は掃かない座敷の真中に突立って、確りみのえを擁(だ)きよせた。そして、幾つも幾つもキスし、自分の体をぐうっとかぶせてみのえを後へ反せるようにした。一度目より二度、もっときつく反らせた。
未開な風景 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)